第2話 なんか夢オチ…ではなかったっぽい

私こと『真山里奈』は、今年大学に入学したばかりの、花も綻ぶ18歳女子だ。

生まれは青梅。日本の首都圏にありながら限り無く自然豊かな山々に囲まれた長閑すぎる地域でのびのびと育った。


そして生まれ育った家は割りと裕福な中流階級だった為、私は様々な習い事に行かせてもらえた。


しかし、その習い事の内容は『茶道、華道、ピアノにヴァイオリン』などといった可憐なものではなく、『空手、剣道、合気道』といった武術系に片寄っていた。


「娘が脳筋になってしまう!」と危惧した父母の必死の懇願で、ピアノ教室にだけは渋々通ったが、突き指やら捻挫を繰り返し、休みまくる私の姿を見た両親は最終的には諦め、私の好きな様にさせてくれた。


それにしても何故、私がこんなにも武術系ばかりを好き好んで学んでいたかと言えば、小学校の友人達が嵌まっていたのが、スポコン漫画やヒーローもののアニメだったから。

単純ですぐ感化される質の私は、周囲と同様スポコン漫画にどっぷりと嵌まり、未来のヒーロー目指して汗水垂らして頑張ったのだった。


…今から考えれば、何の為のヒーローを目指してたんだよと、自分自身に激しくツッコミを入れたい。


そんな私に転機が訪れたのは、高校二年生の頃。

掛け持ちしていた弓道部の友人から見せられた少女漫画が切っ掛けだった。


美少女、美少年が繰り広げる綺羅綺羅しい青春劇。その花咲き乱れる華やかな世界に、私は衝撃を受け、すっかり魅了されてしまったのだ。


だが、ひたすら何のヒーローだかよく分からないものを目指して走り続けてきた私は、スポーツ強豪校の特待生として汗臭い青春の真っただ中だった。しかも運悪く女子高だ。少女漫画やラノベのような華やかな世界とは程遠い場所に身を置いていたのだ。


ならばと私は、持ち前のやる気と根性をスポーツにではなく、大学受験へと向けた。しかも、目標にしたのは『なんか華やかそうだ』と言うふざけた理由で、首都圏のど真ん中に鎮座している、超名門大学。


周囲からは「無理だ」「無謀だ」「気が狂ったか」と幾度となく止められたものの、私は新しい世界への扉…すなわち合格を見事もぎ取ったのだった。


両親や友人達はみな、私の成し遂げた快挙を笑顔で祝福してくれたが、私の不純な動機を知っていた為か、その笑顔は若干、生温かいものであった。


――さあ!いっぱい勉強して、沢山の友達を作って、あわよくば二次元のような素敵な彼氏と出逢うぞ!


そんな希望と夢に胸膨らませながら、『まあ、まずは執事喫茶で一人祝いだな!』と、ワクワクしながら大学の門をくぐった…所までは覚えているのだが、何故かその後の記憶が無い。


『………』



「ああ、エレノア可哀想に。何で君がこんな目にあわなければならないんだ…!」


「兄様…」


――…ひょっとして…この状況。夢…じゃあなくて、現実だったりする…?


いつまで経っても訪れない目覚めに、脳内で焦りが広がっていく。これはあれか?所謂転生したって事なのか?


いやいやいや!いくらラノベや少女漫画、最近では乙女ゲームが密かな楽しみだったとはいえ、そんな夢のような展開有り得ないだろ!?大体、お約束のトラックにドンとかいう不慮の事故になんて遭った覚えないぞ?あんな中途半端に人生終わってたまるか!


ちなみに今現在、私は再びベッドの住人となり、沈痛な面持ちの兄様に頭を撫でられている。この目の前にいる兄とやらが呼んだ医者だが、『原因不明の記憶障害』という診断を終え、先程帰ったところだ。


――記憶障害…ね。違う記憶なら持っているんですけども。でもそれ言ったら、今度は確実に狂ったとみなされるよな。


「あ、あの…兄様。よろしければ、この世界の事を教えていただけないでしょうか?」


とりあえず、前向きになろう。

本当に転生なんぞしてしまったと決定した時の為に、少しでも情報収集しておかなくては。まあ…ひょっとして、手の込んだドッキリ大作戦かもしれないしけどさ。


「そう…だね。このまま何も知らない状態では、君も不安だろう」


――はい、めっちゃ不安です。


「ではまず、僕達の事について教えていこうかな?」


まず、私の名前はエレノア・バッシュ。年齢は9歳。アルバ王国の侯爵家のご令嬢らしい。凄いな…私ってば、お貴族様かよ!


そして兄の名はオリヴァー・クロス。年齢は15歳。クロス子爵家の長男だそうだ。


――あれっ?何で私と兄様の家名が違うんだ?


「ああ。僕とエレノアは父親が違うからね」


なんてことないようにサラリと爆弾発言をかましてくれたけど、それってどういう事なんだ?!

ま、まさかお貴族様あるあるで、兄様ってば、父親が産ませた不義の子…って感じですか?!そんでもって、本家では女の私しか出来なかったから、オリヴァー兄様が引き取られたって、そんな訳ですかね?!


……ん?まてよ。たしか兄様、『父親が違う』って言っていなかったか?


「あ、そうそう。他にも父親違いの兄弟が何人かいるから」


――母ー!!不倫したのはてめーの方かっ!!


しかも複数人とかよ!どんだけアグレッシブなんだよ!


「ほ…他にも…いるん…ですか?」


「うん。まあ、いずれ紹介される筈だろうけどね。ああでも、その内の一人とはすぐ会えるよ」


「お…お兄様は…その、そういう状況が嫌ではないのですか?」


「そういう状況?」


「ち…父親違いの兄弟が…沢山いる事…」


「え?でもそうしないと、子供が増えないよね?」


「で、でも…それぞれの家庭の夫婦でちゃんと子供を作ればいいのでは…」


「だって、女性は物凄く数が少ないから。一人の夫とだけ子供を産んでいたら、たちまち人口が激減してしまうよ?」


――はあ!?女が少ない!?


「ああ、エレノアはそういう事も全部忘れてしまったんだったね」


納得した様子の兄が話してくれたところによれば、この世界は女性が50人に一人程度しか生まれないらしい。それゆえ一夫一妻なんてものは存在せず、女性は少なくとも5人以上の夫、もしくは大勢の愛人を持つのが一般的なのだそうだ。いわゆる、一妻多夫?


…マジか…。それってどういう男大奥?


ちなみに私達の母親は、私の実の父親と正式に結婚しつつ、気に入ったあらゆる男とヤリまく…いや、恋愛しまくっているらしく、ひょっとしたら兄も知らない兄弟がいるかもしれないとの事。

母…貴様…!


そして私は今のところ、母親が産んだ唯一の娘であるらしい。

彼氏いない歴=実年齢の私にとって、何とも刺激の強い話だ。というか、想像がつかない。


「そしてね、エレノア。僕は君の婚約者として、侯爵家に入ったんだよ」


――…はい?…え?この兄、今なんて言った?


「あ…あの、兄様。もう一度…」


「うん?」


「こ…婚約者うんぬんのところを…」


「ああ。君と僕が婚約してるって事?」


「え…?…ええええええー!!?き、兄妹で婚約ー!!?」


「え?普通だよ?まあ、同じ父親から産まれた兄妹は一般的じゃないみたいだけど、それでもいない訳じゃないからね」


キョトンとした顏の兄にうっかり萌えそうになるが、あかん…!あかんだろそれ!!いくら女子が足らないからって、手近なところで済まそうとするなよ!!

確かに私が元いた世界でも大昔は近親婚盛んだったよ?エジプトとか日本の飛鳥時代とか…。

ああ、そういえば中世でも兄妹とまではいかなくても、かなり血の濃い者達同士で婚姻が繰り返されていたな。


「エレノアは…僕の事が嫌かい?」


少し寂し気な顔で微笑む兄に、うっかり見惚れてしまう。くっ…!この美少年めが!


「まあ…君と僕が初めて会ったのも一年前だし、君は最初から僕があまりお気に召さなかったみたいだったしね」


――何だと!?エレノア貴様、こんな好みどストライクな美少年のどこが不満だったと言うのだ!?


「い…嫌じゃありませんっ!!」


思わずそう叫んでしまったが、『エレノアが嫌がったのって、相手が実の兄だからじゃない?』との可能性に後で気が付いた。でもこの世界では兄妹婚が常識って言っていたし…。単純に好みじゃなかったとかか?


「エレノア…有難う。でも無理しなくていいんだよ?相手を選ぶ権利は女性…つまり君にある。ひょっとしたら、僕の事が嫌で君は記憶を失くしてしまったのかもしれない。だとしたらいっそ、この婚約は無しにしてもらって、僕は君の傍から離れた方が…」


――えええっ!?ち、ちょっと待って!


私はパニックを起こした。


だって、こんな何も分からない世界に一人で放り込まれた今現在の私にとって、彼は多分一番頼りになり、尚且つ守ってくれる存在だ。その彼が離れていってしまったら、私は明日からどうやって生活していけばいいのだ?


しかも…たった今出来たばっかりの兄を兄と思えないというか…。ぶっちゃけ好みなので、折角の婚約を破棄するなんて勿体ないって思ってしまったのだ。


「ち、違います!私が記憶を失くしたのは兄様のせいではありません!これはその…きっと、我儘な私に神様が下された罰なのです!」


「は?」


「決して兄様が嫌だったからじゃないと思います!」


だって、私が素直に謝っただけであの反応。絶対私ってば、超絶我儘娘だった筈だわよ。侯爵令嬢でその上一人娘で、多分蝶よ花よとちやほやされて生きて来たんだろうから…そりゃー我儘にもなろうってもんだわ。


「いや…エレノア…あのね…?」


「ですから兄様、私の傍からいなくならないで下さい!私、これから心を入れ替えて、兄様に相応しい、まともな令嬢目指して頑張りますから!」


必死に『だから見捨てないで!』アピールをする私を困惑顔で見つめていた兄だったが、少し考え込むようなそぶりを見せた後、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。


「そう。エレノアの気持ちはよく分かった。僕の為に努力してくれるなんて、とても嬉しいよ。僕も協力するから頑張ってね」


「はいっ!」


――良かった、見捨てられずに済んだ!


安堵し、思わずへにゃりと笑顔になった私を見た兄は一瞬目を見開いた後、蕩ける様な極上の笑顔を浮かべた。

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