入浴について
『布団の中の男曰く、入浴は掃除をすれば良いと思う』
○
家にいる間、ほとんどの時間を汚い布団の上で過ごす僕ですが、たまにはちょこちょこ
動きます。水を飲んだり、お菓子を食べたり、歯を磨いたり。ゆっくりではありますが、もちろん牛歩戦術よりも機敏に動いていると思います。
そんななか、どうしても根気強く、身体に鞭を打ちながら動かなければならないのは、入浴の時間です。
『入浴』といっても、正確にはシャワーのみの簡単なものですが、これがとてつもなくめんどくさいのです。川でさっと水を浴びるカラスの気持ちがわかるほどで、人間に『においのエチケット』という概念がなかったら、僕も1分ほどでシャワーを終えたいのですが、現代社会がそれを許しません。
『スメハラ』という言葉も最近知りました。まったく、においが個性とされた時代はどこへやら、今は直接目に見えない身体の特性に対しても、他人を意識しなければならないのでしょう。
僕は小学校の高学年くらいから、頭がちょっとだけ臭いような気がしまして、そこからシャンプーの時間が指数関数的に増加してしまいました。そこから年齢を重ねるごとに身体の至る所に関しても不安になり、ついにはシャワーだけで50分近くかかってしまうようになりました。
今では一人でいる時間も多く、だいぶ落ち着きましたが、それでもやはり他人と比べてみると浴室からあがるまで時間がかかるようです。
そう、極めてめんどくさい。
有益な時間をスメハラ対策のために費やすことが歯痒いのです。
『故に、入浴が嫌いなのである』
僕はそんなふうに結論付けたのです。
○
ただ、入浴嫌いの理由は他にもあります。
それは『浴室の汚さ』です。
「それくらい掃除しろよ!」と聞こえてきそうなものですが、掃除の回数としましては、週刊誌の連載頻度よりも少なく、月刊誌の連載頻度よりもやや多いといった感じでしょうか。これは頻度として少ない方なのかもしれませんが、排水溝のネットに引っかかったもずくのような毛髪が、流れていく水を押し留めるまでは大丈夫かと思います。
じゃあ、いつやるか?
億劫な僕はなかなか『今!』とは答えられません。毎日掃除する人もいるそうですが、尊敬します。僕には到底できそうもありませんから……。
うちの場合は浴槽の縁が鶏むね肉のような赤みを帯びてくるといざ掃除のサインなのです。もしくは乾き切った浴室に入った瞬間に海の香り(もう少し詳細に書くなら磯のにおい)がすれば、それもまた掃除の合図なのです。
つまり僕は日次や週次など期間・回数で掃除間隔を調整しているのではなくて、自分自身の視覚と嗅覚のみを頼りに、限界を見極めて泣く泣く掃除をしていくのです。
掃除がきちんとできる人は、何もかも上手にやりくりできるというのは本当かもしれません。掃除を後回しにしがちな僕が不器用で受け身な人間だという事を逆説的に捉えれば、おそらく間違いないでしょう。
一見すると清潔そうな浴室。
アメリカのホワイトハウスを思わせる完璧な佇まい。しかしぬめり・カビの用意周到さには呆れて溜息が出るほどです。彼等はすぐには姿を見せませんしこちらの手が行き届かない隅っこや壁の端にコロニーを形成します。この部屋全体が、『僕の浴室』ではなく『彼等の温床』だという事をその度に思い知らされます。青色リトマス紙を置いてみると赤色に変色させる彼等は、日頃から溜まった鬱憤でも晴らすかのように恐ろしい繁殖力をもって広がっていき、とうとう赤身となって姿を現すのです。
僕がなかなか掃除をしない事をいいことに、カビ達が僕のシャワーシーンを覗いているようで、やはり気味が悪いのです。
「あぁ、どうしようか。掃除しないと」
そう思うたびに、また一段と入浴への意志が弱まっていきます。
ただ、それでもひとつだけ分かっていることがあります。それは本当に単純な事なのですが、毎回僕の頭から忘れ去られてしまう大事な真理なのです。
今日、僕は重い腰を上げて浴室掃除をしたので、まだはっきりと頭に残っています。
その真理とは……。
『掃除後の入浴は気持ちいい』
これに尽きると思います。
全国の掃除アマチュアの同志達に、僕はこの話を捧げます…………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます