休日について
『布団の中の男曰く、休日は月曜日に向かうためのスイングバイなり』
○
「休日というものほど、怖いものはありません。なぜなら、常に時間を消費していくような気分になるからです」
と、いきなり言ってはみましたが、本当のことを言うと休日は大好きなのです。三度の飯よりも、お気に入りの小説や漫画よりも大好きなのです。いつだって休日が待ち遠しいのです。
ただ……僕は何度も何度もこの休日を迎えるにあたって、経験則から帰納法的に『実は休日こそが日々の中で一番恐ろしいものなのではないか』と考えるようになりました。
どういう事なのか、説明させていただきたいと思います。
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僕は土日が休日の勤務形態なのですが、休日の中で一番晴れ晴れとして高揚した『ピークポイント』はどこなのかというと、実は金曜の夜なのです。仕事が終わった直後から始まる金曜の夜。そのなんとも表現し難い、美しい刹那。このまま一生金曜の夜が引き伸ばされればいいと願うほど、僕はそのピークポイントを愛しています。あらゆる探偵が視聴者からの依頼に応える面白い深夜番組も、ある種の特別な感情をもってより一倍楽しめるのです。
「明日は何しようかな?」
「映画でも観に行こうか……もしくはカフェに行くのもいいかもしれないな」
そんなふうにじめっとした布団の上で希望ある休日の妄想を膨らまし、そしてただただひたすらそれを咀嚼するのです。
「あぁ、今週も疲れたなぁ」
不思議な麻酔効果のようなものなのでしょうか?僕の頭は軽くなり、自分こそが世の中で最も幸せな人間なのではないかと思えるほど、優雅な気分になるのです。
しかしそれは、ピークタイムだということを忘れてはいけません。
先に待っているのは、没落と仄かな不幸への予感なのでした。
○
土曜の朝。目が覚めると、何かが着実に減っていくような虚しさが胸を締め付けていることに気が付きます。
減っているもの……。
それは、時間です。もう少し詳しく述べると、それはあくせくと慌ただしい社会の中を再び奔走しなければならない『月曜日』までの時間なのです。
まるで砂時計の細やかな砂が音も立てず落ちていくように、それはとめどなく淡々と減っていきます。
「昨日まであったはずの、湧き上がる精神力はどこへ行ったのでしょうか? 未来を信じて疑わない、あの心の火は一日にして消えてしまったというのでしょうか?」
そんな途方もない呟きは、近くの工場のフォークリフト警告音にかき消され、無情にも口を半開きにした僕は、たった一人汚い部屋に取り残されるのでした。
昨晩頭に描いていた外出の計画も、迫り来る月曜日の暗い影に脅かされて、霧のように消えていきます。
「月曜日まで時間がない! 休日が少しずつなくなっていく!」と思えば思うほど、時間を死守するように家に居続けてしまう。そして土曜の夕方あたりで、「なぜ、今日は何もしなかったのだろう?」と、言ってはいけない言葉を鏡に向けて吐き捨てる。
『時間がないから外に行ってる暇はない』という思考になりながら、家にいることでより一層活動的になりたくなるジレンマ。
こんな負のメビウスの輪を、僕は誰がために巡っているのでしょうか。
そしてやってくるのは、感情のるつぼ『日曜日』なのです。
○
日曜日は、ほとんど記憶がありません。
後悔だらけの土曜日と、肩を叩いてニヤける月曜日に挟まれ、圧縮されたように存在感を無くした日曜日は、焦りと不安と緊張と絶望と、おそらく僕以外の人間の感情もとことん入り乱れて、カオスになっています。
朝ぼんやりと目が覚めたと思ったのに、気がつけば夕方になっている。まるで月曜日へ向かうためのスイングバイのように、日曜日という大切な休日を呆気なくやり過ごすのです。
国民的長寿アニメのエンディングに、どれだけの大人が落涙するかと思うと、どうもやりきれない思いがあります。僕もじゃんけん結果のいかんにかかわらず、ポトリと大粒の涙を流すのです。
そして日曜日の夜は、少しでも運命に抗おうと、布団の上で小説を書き続けて、休日のロスタイムを狙うのですが、結果前章の睡眠のところで述べたように、また後悔するのです。
こんな哀れな休日があるでしょうか?
僕は不思議と平日の方が元気なのです。
「もうちょっと頑張ったら休日だ!」
そして休日になれば……。
「もうすぐ月曜日が来てしまうよ」
これの繰り返しです。
こんなのは、まったくもって矛盾しているのです。人生は、休日をいかに素晴らしくできるかが重要なのです。いつだって楽しく生きていくべきなのです。
しかし、それでも僕は餌をぶら下げられた馬のように、空虚な休日へ向かって走り出すのです。
学ばない僕。
また、スイングバイの計画を練っております……。
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