第120話 夜の一時
オルトリア王国が戦争状態に突入し、早三ヶ月以上。帝国内で侵攻……侵攻? 作戦が始まってから数えても、既に一ヶ月が経過している。
いや、まだ一ヶ月しか経ってないって言った方がいいのかな? だって俺達、もう帝国の東側半分くらい攻略しちゃったもん。
何を言ってるのか分からないって? 大丈夫、俺も意味が分からない。
町に入って、その町出身の兵士さん達を解放して、町の責任者とお話して、後は数日そこで過ごしながら町の人達と交流してると、気付けば俺が聖女になってて、みんな仲良く俺を崇め始めるんだ。
なんかもう、自分が新興宗教の教祖にでもなった気分だよ。
「さあ、今晩もやっていきますわよ」
「ん……!」
「いざ、勝負なのだ!」
そんなこんなで、順調過ぎる帝国攻略の日々の中、戦争中とは思えないくらい平和な光景が目の前に広がっている。
もはやいくつ目か数えるのもやめた町の宿、すっかり夜も更けてそろそろ寝ようかという時間に始まった、仁義なき女の子達の真剣勝負。
……俺と添い寝する権利を賭けた、ババ抜き大会である。
「こんなことしなくても、みんなで仲良く一緒に寝ればいいと思うんですけど……」
「ユミエさんが勝ったらそうしますわ! さあ始めましょう!」
ほぼ毎日している俺の呟きを華麗に流し、ノリノリでトランプを配り始めるモニカ。
このババ抜きで一位抜けした子が俺と添い寝するっていうルールなんだが、俺が一位抜けした場合は全員で川の字になり、寝る場所の選択は抜けた順で決めるってことになってる。
なんでも、俺が寝てる最中寝返りを打つ方向は右側になる頻度が高いとかで、俺の右側に寝るのが一番人気だったりする。
俺自身は全く無自覚なので、俺以上に俺の寝相に詳しいモニカ達にはちょっとびびる。
「今日は……負けない……!」
「ふふん、そうはさせん、今日も妾がユミエをいただくのだ!」
ただまあ、みんな熾烈なデッドヒートを繰り広げながらも、なんだかんだでこの勝負を楽しんでいるようなので、そこまで心配はしていない。
言い出しっぺのモニカも、「将来的にもっとたくさんのライバルが出来るでしょうから、今のうちに公平なルールを作っておきませんと」とかなんとか言ってたが、本音ではセオやリフィネともっと仲良くなりたかったんだろう。
みんなで夜中にパジャマパーティーと称してゲームに興じるのは楽しいからな。俺との添い寝権なんてのはオマケだ。
……そうだと信じたい。
「むむむ……こっち……!」
そんなこんなで、ババ抜きをやっていくことしばし。
手札が残り一枚になったセオが、必死に悩み抜いた末に俺からカードを引き──ぱぁっと瞳を輝かせた。
「やった……! 一番……!」
「ぬあー!! 負けたのだ!!」
「負けましたわ……!!」
歓喜に湧くセオの傍で、リフィネとモニカがこの世の終わりみたいに悲嘆に暮れる。
大袈裟だなぁ、なんて思いながら、俺は勝者であるセオの頭を撫でる。
おめでとうございます、と褒めてあげると、セオは幸せそうに俺の胸に顔を擦り付けた。
「えへへ……ユミエのこと、一晩独り占め……えへへ……」
うん、本当に嬉しそうだ。
ここ数日はセオの負けが込んでたから、その反動だろうか?
……いや、そもそも夜に一緒かどうかってだけで、日中は大体常に一緒にいるんだから、反動も何もないと思うんだけど。
「昼と夜は違うの……むぅ……」
正直にそれを聞いてみたら、セオは不満そうに口を尖らせてしまった。
可愛らしい仕草に、俺は思わず吹き出してしまう。
「ふふふ、すみません。なら、ここ最近一緒じゃなかった分も含めて、今晩はたくさん一緒にいましょうね」
「ん……!!」
名残惜しそうに部屋を後にするモニカやリフィネを見送った俺は、セオを抱っこしてベッドに潜る。
獣人だから、ってわけじゃないだろうけど、セオの温かな体温が心地好くて、すぐに眠気が襲って来た。
「ユミエ……」
「うん……? どうしましたか……?」
うとうとと、寝惚け始めた俺の耳に、セオの声が響く。
なんとか意識を保って問い掛ける俺に、セオは甘えるようにおねだりした。
「お、おやすみの、ちゅー……私にも……ほしい……」
「いいですよぉ……」
「ふえ……」
セオの体をより一層強く抱き寄せながら、ちゅっとキスしてあげる。
そのまま頬擦りしつつ頭を撫で、ぼんやりしたまま耳元で囁いた。
「おやすみなさい、セオ……良い夢を……」
「っ!! ~~~~っ!!」
なぜかセオの体温が一気に上がった気がするけど、なんでだろう?
まあ、ポカポカしてて気持ちいいし、別にいいか……。
「ユミエ……いつもみたいにおでこだと思ったのに……唇に……は、初めて……ふあぁ……!」
セオの独り言がずっとぶつぶつ聞こえてくるけど、全然不快に思わない。何なら、子守唄みたいに余計に眠気を誘われる。
ドキドキと規則正しく聞こえてくるセオの心音をBGMに、俺はそのまま意識を手放した
「ん……」
セオと一緒に眠りについてから、どれくらい時間が経っただろう?
まだ朝日も上らない時間帯、暗闇の中で薄目を開けた俺は、目の前で心地好さそうに眠るセオの顔が視界に入る。
可愛らしい寝顔に癒されながら、もう一眠りしようと瞼を閉じて──
「お前が、ユミエ・グランベルだな。悪いが、その首を貰いに来たぞ」
「……え?」
俺の首筋に、冷たい刃が添えられる感触がした。
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