第108話 束の間の平穏

「私が皇帝の子供って……どういうことですか?」


「分からん。単なる言い掛かりの一つだろうとは思うが……お前は生まれが生まれだ、絶対にあり得ないと否定することも出来ない」


 俺は、お父様と一介のメイドとの間に出来た婚外子だ。

 でも、お父様自身変な薬を飲まされて、意識が朦朧としていたらしいし……確実にお父様の血を引いてるって、証明してくれる存在はいない。


 そもそも……これだけ強いお父様の意識を半ば失わせるほどの劇薬を、本当にたかがメイドが一人で用意出来たのかって疑問もあるしな。


「……そういえば俺の時も、俺にだけ特別製の団子を用意されていたな」


「ん……お父さん用に、特別強いお酒が入ってるから……お父さん以外、食べさせちゃダメ、って」


 かつての記憶を掘り起こすように、レオルさんとセオがそれぞれ呟く。


 よくよく聞いてみると、レオルさんが食べたのは“睡眠薬”ですらなく、普通なら毒殺前提の猛毒だったんじゃないかとのこと。


 ……それを食べてやっと“まともに戦えなかった”程度なの、おかしくない?


「となると……本当に、私はお父様の子供じゃないのかもしれないですね……」


 とはいえ、それでも皇帝の子供だっていうのは突拍子もなさすぎるけどなぁ……まだ、お父様を混乱させて少しでも力を削ごうとした、って言われた方がしっくり来る。


 そんな風に考えていると、俺の体はお兄様に思い切り抱き締められていた。


 戦場で再会した時みたいな鎧越しじゃない、息苦しくも温かい抱擁を。


「そんなこと気にするな! 言っただろ、ユミエがどんなになっても、誰の血を引いてたって、お前は俺の妹なんだよ! 帝国なんかに渡すもんか!!」


「お兄様……はい、ありがとうございます」


 気にしてたわけじゃなかったんだけど……それでも、こういう風に言って貰えるだけで嬉しくなる。


 お兄様の胸に顔を擦り付け、甘え顔でその温もりを堪能していると、後ろからボソリと声が聞こえた。


「ユミエのあんな顔……初めて見た……むぅ……」


 どことなく拗ねた表情のセオに、はてと首を傾げる。


 まあ、確かにリサからも、「お嬢様はお坊ちゃんと一緒にいる時が特別幸せそうですね」なんて言われたけど。


 だって仕方ないじゃん、家族だもん。


 とはいえ、それでセオが疎外感なんて感じたら可哀想だ。


「セオも来ますか?」


「「えっ」」


 羨ましいのかなと思って、セオに手を伸ばす。

 セオだけでなく、お兄様にまで驚かれたけど、恐る恐る近付いてきたセオをちゃんと受け入れてくれた。


「えへへ、こうしてみんなでくっついてると、なんだかセオも家族になったみたいですね。嬉しいです」


「ん……私も……嬉しい……かも」


 少しぎこちない動きでお兄様に体を寄せながら、俺の方を見てふんわりと微笑む。


 分かりづらい変化だけど、はっきりと幸せそうなその笑顔に、俺もまた笑顔で応えた。


「……父様、妹が増える予定とか……ある?」


「……この戦争が終わって落ち着いたらな」


「分かった、俺、頑張るよ」


 セオを見て何を思ったか、お兄様とお父様がとんでもない約束を交わしていた。


 えっ、家族増えるの? いやまあ、俺の問題が片付いて以来、お父様とお母様もかなりのおしどり夫婦に戻ったし、そのうち増えるかな~なんて期待はしてたんだけど。


 ちょっと将来が楽しみになってきたな。


「おいカルロット、いくら可愛いからと他人の娘を盗るんじゃないぞ」


「盗るとしても、それは俺じゃなくてユミエだろう。何せ、うちの娘は世界最高に可愛いからな」


「確かに可愛いが、うちのセオだって負けてないからな!」


 やいのやいのと、謎の娘自慢を始めた父親達。


 正直恥ずかしいから止めて欲しいんだが、言っても聞かなそうだし放っておこう。


「それで、お兄様。これからどうするんですか?」


「あー、俺に聞かれても困るんだけど……でも、ここの帝国軍は撃滅出来たし、ここからはしばらく移動しながら各地の帝国軍を撃滅してく感じになると思う」


 グランベル家が守っていたこの平原ですら、位置としては王国領内。つまり、帝国の侵略を許している。


 これからは、ここを守る戦力を最低限残しつつ、他の地域にも救援部隊を派遣して、完全に国内から帝国軍を排除したいらしい。


「ただ、それをするにも俺達は情報が足りてないから、一度王都に行ってシグートから指示を仰ぎたいって感じ。ユミエも一緒に行こうな」


「はい! 分かりました!」


 王都にはモニカも向かっていたはずだし、シグートやリフィネとも久し振りに会いたい。


 怪我とか、何もしてないといいけど。シグートとか、すぐに無理して抱え込むからなぁ……疲れが溜まってるんじゃないかって、心配だ。


「……シグートに会ったら、また前みたいに添い寝してあげましょうかね……」


「えっ。ちょっと待ってユミエ、なんだそれ。俺聞いてないんだけど!?」


「あれ、言いませんでしたっけ? シグートと一晩一緒に寝たことありますよ、私」


「ぬぁぁぁにぃぃぃ!? シグートの野郎ぉぉぉ!!」


 俺が何気なく言った一言で、お兄様が発狂し始めた。

 そのあまりの剣幕に、セオがびっくりしてそそくさと俺の後ろに隠れてる。


「王都に着いたら問い詰めてやるあの野郎……」


「もう、お兄様、そんなことで怒らないでください。添い寝くらいいくらでもしてあげますから」


 相変わらず過保護なお兄様に、俺は呆れながらそう言って窘める。


 けれど、お兄様としては落ち着ける話でもなかったらしい。


「あのなユミエ、お前は自覚ないかもしれないけど、お前と添い寝する権利なんて、それがたった一回でも決闘騒ぎが起こるレベルなんだからな? あんまり軽々しくしちゃダメだ」


「それはいくらなんでも大袈裟過ぎますよ。そんなことするのはお兄様とお父様だけです」


 何を言ってるんだか、と俺は溜め息を溢すのだが……どうやら、そう思っているのは俺だけのようで。

 次から次へと、反対意見が寄せられた。


「いや、決闘しているのは私とニールだけじゃなく、グランベル騎士団のほぼ全員だ。全員すぐにボコボコにしているから、ユミエは知らんだろうがな」


「ユミエと、添い寝するためなら……誰でも、相手になる……がるる……!」


 お父様とレオルさんとの戦いの凄まじさを見ていたはずなのに、セオはやる気満々でお父様を睨み付けている。


 何なら、ライガルさんでさえどことなく混ざりたそうな顔してるし……あれぇ?


 その後、本当に添い寝の権利を賭けて決闘を始めようとするセオを宥めるのには、しばしの時間が必要だった。

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