第107話 開戦理由

 レオルさん他、青狼族の人達が離反したことで、この辺り一帯の帝国軍部隊は完全に壊滅した。


 そんなわけで、今は一旦その勝利を祝って息抜きしようということになり、平原でキャンプファイヤーが行われていた。


「改めて名乗ろう。俺の名はレオル、セオの父で、獣人戦士団突撃隊長を務めていた。よろしく頼む」


 グランベルの騎士達や、解放された青狼族の男達が夜空の下で勝利の喜びを叫んで大騒ぎする中、レオルさんは俺にそう言って頭を下げる。


「よろしくお願いしま……え、突撃隊長?」


 あまりにも変な肩書きに、俺はこてんと首を傾げた。

 そんな俺の疑問に、レオルさんではなくライガルさんが答えた。


「コイツは実力こそ確かだが、いつも考えなしに突撃しては一人で大暴れして怒られるバカだからな。獣人戦士団の中に、コイツ専用の役職を作ったんだ。ちなみに、部下はゼロだぞ、誰もついて行けないからな。他の青狼族も別の者を隊長に据えている」


「おい、娘の前で変なことを言うな!! セオにまで勘違いされたらどうするんだ!!」


「お父さん……大丈夫」


 レオルさんが胡座を組んだ足の上に座っていたセオが、父の肩にポンと手を置く。


 そしていつも通りの、あまり感情を覗かせない表情で、一言。


「お父さんがおバカさんなのは、とっくに知ってる」


「待てセオぉ!! お前はバカなんて言葉使っちゃいけません!! どこで覚えたそんな言葉!!」


「お父さんが、いつもライガルさんのことバカ虎って呼んでたから」


「…………」


 子供は親の言動を見て育つ、とはよく言ったものだな。


 何も言い返せず固まってしまったレオルさんに、セオはびったりと体を寄せる。


「大丈夫……おバカでも、お父さんのことは大好きだよ」


「セオ……! って、いや待て、だから俺はバカではない!!」


 娘からの大好き発言に喜ぶべきか、娘からもおバカ認定されている事実を嘆くべきか、全く逆の感情で混乱しているレオルさんの姿は、確かにバカっぽいけど……でも、見てるだけで笑顔になれる。


 これが、愛すべきバカってやつかな?


「いいお父さんですね、セオ」


「ん……ありがと、ユミエ」


 思ったままを口にすると、セオは嬉しそうに小さく微笑みながら俺の方まで来て、甘えるように顔を擦り付けて来る。


 いつもの仕草に、俺もまたいつものように撫でてあげると、気持ち良さそうにトロンとしながらゆらゆらと尻尾を揺らし、更に強くぎゅっとしがみつく。


 そんなセオの姿に、俺の隣にいたお兄様はポカンと口を開けたまま固まっていた。


「……手紙で仲良くなったとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかったよ。なあユミエ、こんなこと他のヤツにもやってないよな? 特に男。男には絶対やっちゃダメだぞ?」


「……? まあ、ここまでするのはセオくらいですけど、膝枕ならグレイ君にもしましたね」


「はあぁぁぁぁ!?」


 お兄様のギロリとした眼差しが、みんなに食事や飲み物を配膳していたグレイに突き刺さる。一応、グレイを従者見習いとしてグランベル家で雇うって話は既に手紙で伝えてあったからか、その眼差しには容赦がない。


 びくぅ! っと、天敵に見付かったウサギのように体が跳ね上がったグレイに、お兄様は阿修羅すら凌駕する迫力でにじり寄る。


「怪しいとは思ってたけど、やっぱりか……悪いけど、ユミエが欲しければ俺を倒してからにして貰おうか……」


「い、いえ、滅相もありません!! 僕みたいな人間は、お嬢様と釣り合いませんし……ただ、お嬢様の側で、少しずつでも家門の恥を償えたらそれで……!!」


 何なら剣すら抜きそうな勢いのお兄様に、たじろぐグレイ。


 放っておいたらヤバそうだと思った俺は、慌てて二人の間に割り込んだ。


「もう、お兄様、膝枕くらいいくらでもしてあげますから、落ち着いてください! グレイ君が怖がってるじゃないですか!」


「だけどユミエ、こいつ絶対お前のこと単なる主従以上の関係になりたいと思ってるぞ! シグートと同じ目だ!!」


「シグートと同じなら違うと思います! というか、仮にそうだったとして、いちいち戦ってたらお兄様だってキリがないですよ」


「え? それってどういう……」


「プロポーズだけなら、ユーフェミアでたくさん受けましたし、私」


「「はあぁぁぁぁ!?」」


 俺の発言に、お兄様だけでなくお父様まで立ち上がり、大絶叫を上げた。


 信じられない、と言わんばかりの二人に証拠を呈示すべく、俺はライガルさんへと視線を投げる。


「……まあ、二十人以上はいたな」


「というわけで、私はこれでもモテモテなんです! ふふん!」


 どやぁ、と、俺は胸を張ってみる。


 もう友達すらいないぼっちじゃないもんね! という意味で自慢してみたのだが、お父様とお兄様は何やら真剣な表情で顔を見合わせ、こそこそと相談し始めた。


「どうしよう父様、ついにユミエの魅力に世界が気付き始めたんだけど!?」


「むぅ……オルトリア国内であればプロポーズの手紙なんぞいくらでも握り潰せたのだが、ユーフェミアはさすがに管轄外。これは盲点だった……!! 至急、何か手を打たなければ!!」


「……やはり、俺よりもカルロットの方がバカではないか?」


「あんまり、変わらないと思う……」


 おバカな二人をレオルさんが呆れ顔で見つめ、そんなレオルさんにセオが容赦ない一言を放つ。


 これに関しては、正直俺もフォロー出来ない。


「というか、お父様とセオのお父さんって、知り合いだったんですね。どういう関係なんですか?」


 ずっと気になっていたことを尋ねると、「ああ、そのことか」とお父様が話してくれた。


「俺とリフィアが、新婚旅行でユーフェミアを訪れた時に、魔物の大発生が起きてな。“獣魔大戦”などと呼ばれるほどの事態になったんだが……その時、肩を並べて戦った仲だ」


「あの頃はお互い、子供もいなかったからな。随分と無茶をしたものだ」


「……今も大して変わってないと思うが?」


 お父様とレオルさんが昔を懐かしむように遠い目をしていると、ライガルさんがボソリと呟く。


 ……ライガルさんって、俺の目には結構喧嘩っ早いというか、過激な印象あったんだけど、そんなライガルさんにすら引かれるお父様達って一体……。


「さて、騒いで気分転換するのも良いが……そろそろ教えてくれないか? 一体、この国に今何が起きている? 帝国はなぜ攻めて来たんだ」


 ほのぼのと(?)会話していたら、ライガルさんが雰囲気を戻すようにそう問いかけた。


 確かに、それは俺も気になる。

 ユーフェミアではまだ、「帝国が王国に宣戦布告した」ってくらいしか把握出来てなかったしな。


 そんなライガルさんの疑問に、表情を真面目なものに戻したお父様が答える。


「単純に、目的というなら王国そのものの乗っ取りだろう。政変で揺らいだ今なら、この国を落とせると判断されたんだ」


 腹立たしいことにな、とお父様は吐き捨てる。

 確かに、政変で揺れてる国なら簡単だと思われても不思議じゃないけど……。


「どうして、そこまでして王国が欲しいんでしょうか。帝国って、かなり発展した国ですよね?」


 ユーフェミアで襲ってきた連中もそうだし、海で交戦した艦隊だってそう。帝国はかなり近代的で、オルトリアをわざわざ攻める理由なんてなさそうなもんなんだけど。


「確かに技術力は高いが、元々複数の小国を束ねて作られた国だ。皇帝の権威は絶対ではないし、求心力の低下は即座に下克上を生む。だからこそ、古くからあるオルトリア王国を支配下に置くことで、皇帝としての威信を高めたいのだろうな」


「そんなものなんですか……」


 つまり、ベゼルウス帝国の皇帝が、自分の立場を守るためだけにこんなことをしでかしたってことだ。


 そんなの、あまりにも身勝手すぎる。


「ただ、帝国側もバカ正直にそんな理由を口にしたりはせん。表向きは、王国との間にある貿易によって不当な不利益を被っているため、それを是正する、というのが主な要求だな」


 不平等条約を突き付けて、それを突っぱねさせることで、無理矢理戦争の口実にしたらしい。

 益々身勝手だな、と俺が憤慨していると、更に予想外の理由が飛び出して来た。


「それと、もう一つ……不当に囚われている皇帝の子供を取り返す、というのも要求にあったそうだ」


「皇帝の子供……そんなの、この国にいるんですか?」


「いや、いない。……はずだ」


 微妙に歯切れが悪いお父様に、俺は首を傾げる。


 すると、お父様はしばし悩んだ末、大きく溜め息を溢しながら続きを口にした。


「その、帝国側が言っている皇帝の子供というのが……お前なんだ、ユミエ」


「…………はい?」

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