第106話 蒼雷の拳(手加減)

 グランベル騎士団が交戦してると聞き、救援に駆け付けたら……なんと、セオのお父さんとうちのお父様が決闘してた。


 慌てて、セオと一緒に間に飛び込み、その戦いを止めたんだけど、代わりに俺はお父様に説教されることになった。


「ユミエ、いきなり戦場に飛び込むなど、何を考えている!? 危うくこの手で斬ってしまうところだったではないか!!」


「す、すみません……でも、あのままだとセオのお父さんを斬ってしまいそうな勢いだったので……」


 まさかこんな流れになるとは思ってなかったけど、俺なりに必死だったのだ。


「はあ……まあいい」


 やがて、お父様は一度大きく息を吐くと、俯く俺の頭にポンと手を置いた。

 金属の籠手で傷付けないように気を付けるような、そのゆっくりとした手つきには、お父様の不器用な優しさがこれでもかってくらい籠っていて……心地好い。


「おかえり、ユミエ。リハビリ、大変だったろうに……一人で、よく頑張ったな」


「ただいまです、お父様。確かに、寂しかったですけど……でも、一人じゃありませんでしたよ。モニカさんもいましたし……友達だって出来ました」


 そう言って俺は、俺達と同じように……いや、俺達以上に感動の再会を果たしたセオに目を向けた。


「セオっ、お前っ、生きて……いや、だが、その腕は……!!」


「うん……私、生きてるよ。お母さんも、ここにいない他のみんなも、全員無事。腕は、失くなっちゃったけど……腕よりも、ずっと大事なものが見付かったから、平気だよ」


 そう言って、セオは俺の方へちらりと目を向けた。

 そんな風に思って貰えるなんて、照れ臭いというか、なんというか。


 でも、それだけ大切な友達だと思ってくれてるってことだし、やっぱり嬉しいな。


「そうか……っ、すまない、セオ……俺が不甲斐なかったばかりに……!! 本当に、すまないっ……!!」


「もぉ……お父さん、見ないうちに泣き虫になっちゃったの……? ちょっと、苦しいよ……」


 おいおいと男泣きしながら、セオを力の限り抱き締めているお父さん。


 ……セオが苦しいって言うくらいだし、俺があれをされたら潰れそうだな……なんて、余計なことを考えたのがいけなかったんだろうか。


 直後、俺の体は金属の体に抱き潰された。


「ユミエぇーー!! いつの間に戻ってたんだ!? 体、ちゃんと治ったんだな、良かった!! でも、今戻ってくるなんて危なすぎるだろ!? ほんといつも無茶ばっかりして心配させやがって!!」


「お、お兄、様……く、くるし……」


 お父様は慣れた感じでそっと撫でてくれたけど、お兄様は鎧なんて着るのは初めてだからだろうか。自分の体が今どうなっているのか頭からすっぽりと抜け落ちているみたいで、俺のことを思いっきり抱き締めて来た。


 痛いし苦しいし、何ならこのまま死にそう。


「あ、ご、ごめんユミエ!! ユミエと久しぶりに会えたと思ったら、つい我慢が出来なくなって……!! ああもう、この鎧邪魔!! 脱いでいい!?」


「ダメに決まっているだろう、ここはまだ戦場だぞ」


 ようやく解放され、三途の川が遠のいていくのを見送っていると、お父様が気を引き締め直すようにそう言った。


 見れば、お父様とセオのお父さんの決闘を遠巻きに見ていたらしい帝国軍の指揮官が、泡を飛ばしながら叫んでいるのが見える。


「おい!! 勝手に戦いを止めるんじゃない!! 分かっているのか? 貴様らはまだ我ら帝国の奴隷なのだ!! 逆らえば首輪の力でぶち殺すぞ!!」


 奴隷の首輪って、どんな魔道具なのか俺自身よく知らないんだけど、一般的には“主人の指示で首を絞めて即座に殺す”、“現在位置を常に発信し続ける”みたいな機能が備わってるらしい。


 セオの場合は、主人の指示に絶対服従させる効果まであったみたいだけど、そういうのは手間もコストもかかる上に、相手の精神抵抗力次第で効果が弱まったりするからあまり好まれないんだと。


 事実、セオのお父さんは指揮官の言葉を意に介さず、セオを抱いたまま立ち上がった。


「ドロンド、貴様は状況が分かっていないようだな。俺が……俺達青狼の戦士が貴様らに従っていたのは、家族を人質に取られていたからだ。その無事が確認された以上、もう貴様らの下で戦う理由はない」


「このっ……痛い目を見なければ分からないようだな!!」


 ドロンドと呼ばれた指揮官が手を掲げると、セオのお父さんに付けられた首輪が不気味な輝きを放ち、その首をねじ切らんばかりに食い込んでいく。


「お父さん……!!」


「心配するな、セオ。ぬぅん!!」


 慌てて首輪に手を伸ばそうとするセオを制したお父さんは、気合いの咆哮をあげる。


 その瞬間、首の筋肉がボコッ! と傍目からも分かるほどに盛り上がり、首輪が砕け散った。


「……は?」


 流石に意味が分からなかったのか、指揮官の男は呆然と固まってしまう。


 その間に、他の青狼族の戦士達も……さすがに首の筋肉だけで壊すようなことはしなかったけど、素手で首輪を粉砕していた。


 ……いやあの、その首輪って頑丈な金属で出来てるんだよね? 魔法で強化されて、絶対に奴隷が自力で外せないようになってるはすだよね? 何を当たり前みたいにバキバキへし折ってんの?


「カルロット、迷惑をかけたな。詫びと言ってはなんだが、ここにいる帝国兵の首を全てお前達に差し出そう。狩りは得意なのでな」


「指揮官級は残してくれ、情報を抜かなければならんのでな。それから……ちゃんと加減しろよレオル、娘達の前だからな。過激な光景は目に毒だ」


「分かっているさ、俺もこの十四年で、ちゃんと“手加減”というものは覚えたからな」


 セオを離したお父さん……レオルさんが、全身に力を込め始めた。


 バチバチと青い稲妻を全身に滾らせたレオルさんは、ぐっと拳を握り締める。


「これが──俺の渾身の“手加減”だ。これまで、我ら青狼の誇りを散々踏みにじってくれた礼を、たっぷりくれてやろう!! 覚悟するがいい、帝国の蛆虫どもめ!!」


 バゴンッ!! と、盛大な音を立てて、レオルさんがいた場所が砕け散り──気付けば、その姿は帝国軍を飛び越え、草原の奥地にあった。


「《蒼雷拳》!!」


 レオルさんのその言葉と同時に、草原を蒼い雷が駆け抜ける。


 それが収まった時、そこに残っていたのは……あまりの高熱によってガラス化した黒焦げの大地と、たった一人、泡を噴いて気絶した敵の指揮官だけだった。


「見たか、カルロット、そしてセオ。これが、“手加減”というものだ」


 絶対に違うと思う。


 そう思ったのは、多分、俺だけじゃなかったようで……セオですら若干引いていたことは、レオルさんには言わないであげようと思った。

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