第105話 平原の決闘・後編

 カルロットとレオルの激突は、グランベル近郊の草原が原形を留めないほどの激しさを伴い、両軍の誰一人として介入出来ない頂上決戦の様相を呈していた。


「まさか、お前が奴隷堕ちしていたとはな、レオル。お前ほどの戦士に、一体何があった!?」


「油断、としか言い様がないな。俺自身の不甲斐なさで、愛する妻と娘まで奴隷にされ、苦しませてしまっている」


 だが、と、レオルの筋肉が脈動する。

 魔法を使えないはずのその体が、バチバチと電撃を迸らせたかと思えば、握り締めた拳が青い閃光となって放たれた。


「だからこそ、俺はここで退くわけにはいかんのだ!!」


「ぐぅ……!?」


 レオルの拳がカルロットの剣を押し退け、大きく後退させる。

 大地に二条の線を引きながら体勢を崩すカルロットに、後方に控えていたニールは目を見開いた。


「父様が……押し負けた……!?」


 父親の実力をよく把握していたからこそ余計に、その衝撃は大きかった。


 普段からよく稽古を付けて貰い、模擬戦とて幾度となく行ってきたニールだが、彼ではカルロットに土を付けるどころか、その場から一歩動かすことさえ出来たことはない。


 そんな父と、互角以上の戦いを繰り広げている。

 一体あいつは何者なのかと、誰もが心に疑問を抱いた。


「やるなレオル。“蒼雷”の名は健在か」


「お前もな、カルロット。“一騎当千”、お前にぴったりの名だと、後で知って笑ったものだ」


 昔を懐かしむように、レオルの目が細められる。

 しかし、それも一瞬のこと。すぐに拳を握り直す。


「ここでお前を倒さねば、娘と妻を殺すと言われてしまっている。助けようにも、今どこにいるかも分からんのでは手の打ちようがない。悪いが、手加減は出来んぞ」


「ふっ……相変わらず、家族想いなヤツだ。俺も父親となったからな、気持ちは分かるぞ」


「……そうか、リフィアとお前の子が。それは、可愛いだろうな」


「ああ。息子も、娘も……何より大切な、自慢の子だ」


 そんな言葉と共に、カルロットもまた剣を握り直す。

 最初に見せたような、全てを薙ぎ払う巨大な剣ではない。


 薄く、鋭く、ただ目の前の敵を叩き切るためだけに特化させた魔力を剣に纏わせ、レオルへと挑みかかる。


「だからこそ、私も退くわけにはいかん。私の後ろには、守るべき家族と民がいるのだからな!!」


「ぐっ……!?」


 先ほどのお返しとばかりに叩き付けた剣によって、レオルを大きく後退させた。


 一体どんな体の造りをしているのか、魔力で強化された刃は筋肉の鎧だけで受け止められ、薄皮一枚捲らせただけに留まっている。


 しかし、ダメージがほぼないのはカルロットとて同じ。両者の力が完全に拮抗しているという事実に、二人はどちらからともなく笑みを浮かべた。


「本当に、こんな形での再会となってしまったのが残念だ。あの時のように、リフィアやレナに見守られながら、拳と剣を打ち合わせたかった」


「おいおいレオル、“業炎”のを忘れてやるな。あいつも混ざっていただろうに」


「ふん!! あんなバカ虎のことなど知らん!!」


 どこかの赤虎を思い出し、腹立たしげに吐き捨てるレオル。

 拗ねたようなその態度の裏で、本当は誰よりもその“バカ虎”を信頼していることを知るカルロットは、素直じゃないやつめ、と内心で呟く。


 そのカルロットもまた、カース・ベルモントに対して似たような態度を取っていたりするのだが、残念ながらその自覚はない。人間、自分の頭に刺さったブーメランだけは見えないものである。


「お互いに退けない理由がある者同士、こうして戦場で向き合ってしまったからには……やるしかあるまいな」


「ああ、そうだな。……死ぬなよ、レオル。ここから先は、私も手加減出来んぞ」


「それこそ、お互い様だ。小手調べもここまでにしよう」


 まだ本気じゃなかったのかと、当事者である二人以外の誰もが同じことを思った。


 そんな周囲の疑問に答えるように、二人は更に力を高めていく。


「はあぁぁぁ!!」


「うおぉぉぉ!!」


 片や、昂る魔力が剣に宿り煌々と周囲を照らし出し、片や、盛り上がった筋肉の脈動が生み出す稲妻が柱となって天へと昇る。


 互いに、どれほどの数の差があろうと関係ない。この決闘の勝者こそが、この地の戦闘における勝者となるだろう。


 余人の入り込む隙のない、絶大な力のぶつかり合いを予感し、誰もが固唾を呑んでそれを見守る。

 両者が各々の全力を込めた一撃を、今まさに解き放とうとした──その瞬間。


 戦場を、褐色の影が駆け抜けた。


「「なにっ……!?」」


 突如現れた小さな影に、カルロットとレオルはギリギリのところで踏み留まる。


 二つに別れたその影は、それぞれに男達の方へと向き直り──彼らの蛮行を咎めるように、声を上げた。


「お父様、やめてください!! この人は敵じゃありません!!」


「お父さん……!! その人を……傷付けたら、ダメ……!!」


「ユ、ユミエ……!?」


「セオ、セオなのか!?」


 地形を書き換えるほどの力を秘めた男達による、歴史に残るほどの大激闘。


 それを止めたのが、まだ十歳程度の幼い少女達だという事実は、その現場を目撃した者以外、誰も信じることはなかったという。

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