第100話 事件の結末と望まぬ急報
俺の誘拐事件から数日経ち、ユーフェミアにもようやく元の牧歌的な雰囲気が戻ってきた。
捕まった金狐族の人達の処分がどうなるかは分からないが……そちらは、これ以上俺に関与出来ることじゃないし、気にしても仕方ないだろう。
一応、中には子供の存在を盾に無理やり協力させられた人もいるみたいだから、情状酌量の余地くらいはあると思うけど。
本当に何の罪もない金狐の子供達は、各部族の里で少しずつ受け入れて育てていく方針になったみたいだ。少し心配だし、今度様子を見に行ってみようかな?
ただ、それより今は。
「あの……セオ、モニカさんも、そろそろ離れてみてはどうでしょうか……?」
事件以来、比喩抜きで片時も俺から離れなくなった二人への対処が、俺にとって喫緊の課題である。
「嫌。もうユミエから、絶対離れたくない……」
「私もですわ。ユミエさんがいない三日間、私がどれほど心細かったことか……私をユミエさん抜きでは生きられない体にした責任を取ってくださいまし」
「あ、あはは……」
やんわりと離れるように促す俺の言葉を、二人は息ぴったりに否定した。
セオは俺の膝とかお腹とか胸に頭を押し付けてゴロゴロ犬みたいに甘えて来るし、モニカも鼻先を俺の首筋に押し付けたまま喋るもんだから、さっきから息がくすぐったい。
なんか妙に息が荒い気がするんだけど、息苦しいなら一回離れよう? ……え、そうじゃないって?
「ええと、セオはお母さんに甘えなくていいんですか?」
「お見舞いに行く時にたくさん甘えるから、大丈夫」
金狐族に捕まってた青狼族は、今現在避難所を臨時の病院として使い、経過観察中だ。
長い間捕まってたからな、体も心も異常がないか、ちゃんと調べなきゃならないってことで、今はまだ離れ離れ。
セオがこうして甘えて来るのも、お母さんに甘えに行きたい気持ちを我慢するためなのかもしれないな。
……そうだよな?
ちなみに、俺を助けるためにまたしても魔物因子を体に取り込んだというセオ自身も、本来なら絶対安静で経過観察するべきところだったんだが……セイウス先生曰く、「取り込む前よりも状態が安定している」とのことで、早々に退院することになったという経緯がある。
これには、魔物因子の研究者であるグレイも意味が分からないと頭を抱えていたんだが……どうもセオは、因子を完全に自分の一部として同化させ、活性・不活性状態を自由に行き来できるようになったとのこと。
つまり、通常時青白ケモっ子モードと、戦闘時褐色魔物っ子モードを切り替えられるようになったらしい。
なんだその一人で二粒美味しい可愛さの塊は。セオ最強じゃん。
「そもそも……私とお母さんのことを言うなら、モニカは? モニカのお父さん……最近モニカが甘えてくれないって、泣いてたよ……?」
「私はそろそろ親離れする歳というだけですので、これでいいんですわ」
セオからの問いかけに、モニカは鼻で笑って答える。
うーん、公爵、ドンマイ。男親の宿命だと思って諦めてくれ。
え、俺? 俺は親離れなんてしないよ、死ぬまでお父様に甘えるから。
そんな俺が言うのもあれだけど、今の二人はちょっと甘え過ぎ。
「ほら、セオ。モニカさんも」
俺は二人の顔を持ち上げ、その額に順番にキスを落とす。
びっくりして目を丸くする二人を、俺は纏めて抱き締めた。
「心配をかけてしまった私が言えたことではないかもしれませんけど……大丈夫ですよ、私はどこにも行きません。何があっても乗り越えて、またこうして戻って来ますから。安心してください」
ね? というと、二人は照れたように顔を赤くしながら、こくりと頷く。
良かった、分かってくれたか──
「それは信頼しておりますが、それはそれとしてユミエさんの成分が足りないのでもうしばらくはこうしていますわ」
「ユミエ……好き……!」
「……あれぇ?」
なぜか余計に強くくっ付かれてしまい、俺は首を傾げる。
どうしようこれ、と困っていると、そんな俺達の元にリサともう一人、男の子が歩み寄ってくる。
「お、お嬢様。モニカ様もセオ様も、お茶が入りました……えと、いかがでしょうか?」
小さな執事服に身を包み、慣れない口調でそう告げるのは、グレイ・ナイトハルト。
この度、グランベル家の執事となるべく、リサの下で修行を積むことになった少年だ。
「はい、喜んで! ほら、モニカさんもセオも、お茶の時間ですよ! 離れてください!」
「ユミエ、飲ませて……」
「だーめーでーす。ほら、ちゃんと座ってください」
「ん……」
駄々っ子になったセオを座らせながら、俺達はグレイの給仕を待つ。
慣れない手つきで、ちょっと震えながら配膳してるのが何とも微笑ましい。
「ふぅ……まだまだこれからですね」
「うっ……すみません、リサさん」
「まだ始めたばかりですから、多少のことでとやかくは言いませんよ。ですが、出来るだけ早く習得してください、お嬢様のために」
「……はい!!」
リサに怒られつつも、彼の瞳にはこれまでにないやる気と、未来への希望が映し出されていた。
セオの専属技師もするつもりだって言ってたけど、忙しくて倒れたりしないだろうな? そこだけ心配だ。
「グレイさんは、執事としての作法よりもまず、グランベル家に無事受け入れて貰えるかを心配した方が良いと思いますけれどね……」
「グレイ君がナイトハルト家出身だからですか? お父様達は、そんなことで差別したりしないですよ」
何せ、俺だって婚外子なわけだし。お父様達が、出身地なんかで人を差別するはずない。
そう告げると、モニカはやれやれと肩を竦めた。
「
「……??」
意味が分からず、俺はこてんと首を傾げる。
男の子を紹介って、執事見習いなんだから男の子なのは普通じゃないの? あ、いや、女執事もいないことはないか? あんまりイメージがないだけで。
けど、それは的外れな考えだったのか、モニカどころかリサやセオにまで呆れの眼差しを向けられた。
……え、セオにも何のことか分かるの? 分からないの俺だけ? ちょっとショックだ。
「ま、まあ、なんとかなりますよ! いざとなれば、泣き落としでもなんでもして、グレイ君を受け入れて貰います!」
「余計に話が拗れると思いますので、普通に懇切丁寧に説明することをおすすめしますわ」
誤魔化そうと口にした発言すらモニカにバッサリと切り捨てられた俺は、口笛を吹きながらお茶菓子をセオに「あーん」と食べさせる。
ご満悦そうなセオを見て、モニカもまた「私も!!」などと便乗し始めたので、上手く話を逸らすことに成功した。よし!
「ともあれ、んっ……これでようやく、落ち着いてユミエさんの治療に取り組めますわね」
「はい、もう少しで完治だって、セイウス先生にも言われました」
お茶菓子を飲み込みながら呟かれたモニカの言葉に、俺は思わず笑顔になる。
いい加減、松葉杖なしに歩き回れるようになってきたし、そろそろ走り回れるくらいになれそうだ。
「楽しみです、本当に」
完治したら、俺はオルトリア王国に戻るつもりだ。
不安定な情勢の中、今のところ大きな事件もなくみんな無事に過ごしているみたいだけど、やっぱり心配だからな。
それに……俺もそろそろ、家族が恋しい。
「でしたら、少しでも早く治るように、リハビリも頑張らなければいけませんね」
「はい、もちろんです!」
ふんすっ、と気合いを入れ、俺はやる気を漲らせる。
この時、俺は何も疑っていなかった。怪我を治して、オルトリア王国に戻って、また前みたいに家族みんなで笑い合える日常が戻ってくることを。
けれど、この世界は──そう簡単に“幸せ”をくれるほど、優しくはなかった。
俺の誘拐事件から、凡そ一ヶ月後。
保護された金狐族の子供や、セオやモニカ達と過ごしていた俺に、急報が届く。
──ベゼルウス帝国が、オルトリア王国に宣戦布告。交戦状態に入った、という一通の手紙が。
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