第98話 褐色の化け物
「セオ、大丈夫ですの……?」
「うん……思ってたのと違って、苦しくない。むしろ……調子良い……」
ユミエが拐われてから一日経った今日、約束通り調整を終えたグレイの魔物因子が、セオに注入された。
心配するモニカとは裏腹に、肌がほぼ全身褐色になるほど変色しきったセオは元気そのもので、見た目以外は何も異常がなかった。
これには、調整したグレイでさえ驚いている。
「セオの適性が特別高かったのか……? それとも、翠猫族の治療が何か影響して……どちらにせよ、今のところは問題ないと思う」
「分かった。それじゃあ、行ってくる」
「って、待ちなさいセオ!! 急ぎたいのは分かりますが、ちゃんとみんなで固まって動きなさいな!!」
グレイのお墨付きが出るや否や、すぐさま一人で走り出そうとしたセオの手を、モニカが慌てて掴み取る。
そんなモニカに対し、セオはもどかしそうに顔を歪めた。
「でも……もう、連れていかれてから丸一日経ってる。もし、ユミエが私みたいに、酷いことされてたらと思うと……っ!!」
ギリッ、と噛み締められた歯の音に合わせ、セオの体から紫色の魔力が立ち上る。
昨日から今までの間、単にグレイの因子調整を待つだけでなく、当然大掛かりな捜索作業も行われた。
しかし、元より危険な場所も多く、森に囲まれたユーフェミアで、隠れ潜むことに長けた金狐族を探し出すのは困難を極める。何の手掛かりも得られないまま今日を迎え、セオは見た目以上に焦っていた。
たった一日、されど一日だ。その間に、ユミエがかつての自分のような扱いを受けていたらと思うと、それだけでセオは自分の身を引き裂かれるような痛みを覚える。
だがそれは、セオだけの話ではない。
「分かっています。だからこそ、落ち着きなさい。焦って視野を狭めては、見つかるものも見つかりませんわ」
モニカに力強く手を握られて、セオはハッとなる。
無意識のうちに、モニカを握り返す手に力が入っていた。
ただでさえ強靭な獣人の握力が、今は因子の影響で更に強くなっている。そんなセオの力で手を握られては、痛いどころではなかったはずだ。
それなのに、表情一つ変えることなく真っ直ぐセオを見つめるその瞳が、彼女の内心に渦巻く激情をこれでもかと物語っていた。
「……ごめんなさい、モニカ……」
「謝らなくていいですわ。さあ、一緒にユミエさんを探しに行きますわよ」
「……ん!」
少女二人、改めて力を合わせてユミエを探すことを決意する。
しかし、セオの感覚が強化されてもなお、ユミエや金狐族の足取りはなかなか掴めなかった。
捜索範囲を広げながら、昼夜を問わず探し続けること丸二日。セオだけでなく、モニカの表情にも徐々に余裕が失われ始めて来た頃……。
「えっ……?」
セオの鼻が、想像だにしなかった匂いを嗅ぎ取った。
「セオ? 何か見つけましたの? ……って、セオ!?」
匂いに釣られ、セオは走り出す。
モニカの制止も耳に入らないままセオが向かった先には……青狼族の女性が立っていた。
「おかあ、さん……?」
「セオ……?」
互いに立ち尽くし、しばしの間ただじっと相手を見つめ続ける。
やがて、セオの方からゆっくりと歩みより、女性──レナに抱き着いた。
「おかあさぁん……!!」
「本当に、セオなのね。無事でよかった……!! でも、その姿は……?」
「ん……ちょっと、色々あって……それより、お母さん……みんなも、どうしてここに……?」
よく見ればレナだけでなく、青狼族の人々が何人も森の奥から現れる。
ユミエを探していたのに、捕らえられていたはずの家族と突然再会出来てしまったことに、セオは喜びと同時に戸惑ってしまっていた。
「金狐族に捕まっていた私達を、ユミエって子が助けてくれたの。あなたの友達だ、って言っていたけれど……」
「ユミエが……!?」
これまた予想外の流れに、セオは開いた口が塞がらない。
誘拐されていったかと思えば、どこにいるかも分からなかった家族を解放してくれたというのだ。驚くのも無理はない。
「じゃあ、ユミエもここに……?」
「……いいえ。あの子は、逃げるのに自分は足手まといだから置いていけって、金狐の拠点に残ったわ。助けを呼んできて欲しいと、そう言って……」
「っ……!?」
だが、全ての物事が都合よく収まるほど、世の中は優しくないらしい。
ユミエは未だ敵の手にあると聞いて、セオの心に再び火が灯る。
「──いたぞ、こっちだ!!」
そのタイミングで、レナ達を追って金狐族の男が二人現れた。
ユーフェミアでは見られない、高価な魔道具で身を固めた戦士。いくら数が多くとも、非戦闘員の青狼族ではどうしようもない相手だ。
「大人しくしろよ、こっちも変な傷をつけて商品価値を落としたくはないんだ。……ん? そのガキは?」
レナ達を捕らえようとにじり寄って来た男は、見慣れない褐色の少女を見て首を傾げる。
それが、致命的な隙になるとも知らないで。
「金狐族……やっと、見つけた」
それまでの子供らしい喜びの表情がセオから消えてなくなり、能面を貼り付けたかのように無表情のまま顔を上げる。
その瞳は血のように真っ赤な紅に染まり、激しい憎悪を伴った感情が金狐族の男達を射抜く。
「な、なんだこのガキ!?」
「この、気配……魔物、なのか……!?」
セオの体から立ち上る紫色の魔力は、おおよそ人が発していい代物ではなかった。
なまじ、戦士として魔物と戦った経験があるからこそ、男達はそれを察してしまう。
「ユミエは、どこにいるの……? 教えなかったら……」
「くそっ、くたばれぇ!!」
セオの放つプレッシャーに耐え兼ね、金狐の一人が剣を手に飛び掛かる。
しかしそれは囮であり、金狐の能力で気配を消したもう一人が、背後から同時にセオに襲い掛かっていた。
腐っても獣人らしい、仲間同士の信頼からなる緊密な連携攻撃。それは確かに、普通の獣人相手をなら十分に仕留め得る動きだっただろう。
だが。
「──殺す」
セオは既に、“普通”ではなかった。
全身から立ち上る紫色の魔力に呼応するように、彼女の服から無数のナイフが飛び出した。
それは、カイデルの部下達が所持していた装備品。
魔物因子を活用した、魔力による身体拡張技術。特殊な魔法陣を刻み込んだ武装を、魔物因子を活用したリンクによって手足のごとく操る、“飛翔剣”と呼ばれる魔道兵装。それを拝借したものだ。
そのナイフが、目にも止まらぬ速度で宙を飛び交い、背後から襲ってきた男を切り刻む。
「ぐあぁぁぁ!?」
「な、なに!?」
奇襲に失敗し、血だらけになって倒れ込む仲間を目の当たりにしたことで、囮の男は足が止まってしまう。
そんな男の首を義手で掴んだセオは、そのまま地面に叩き付けた。
「ぐはぁっ!?」
あまりの衝撃に息が詰まり、口から血が飛び出す。
内臓にまでダメージが及んだのか、呼吸すら上手く出来なくなった男へと、セオは変わらぬ無表情のまま再び口を開いた。
「もう一度、聞くよ? ……ユミエは、どこ?」
それを言おうにも、首が締められた状態では上手く発言さえ出来ない。
だが、目の前の少女──否、少女の姿をした化け物がそれに気付いているのかどうか、何の感情も読み取れないその表情からは判断が付かなかった。
「早く言わないと……死んじゃうよ?」
ヒッ、と、金狐の男の心が恐怖に染まり、震え始める。
その直後、やや遅れて追い付いたモニカが制止しなければ、どうなっていたことか──
想像すらもしたくないと、後の取り調べで男は語ったという。
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