第94話 囚われのユミエ

「えーっと………どうしましょう、これ」


 現在の俺の状況を、簡潔に説明しよう。


 夜中に目が覚めたのでトイレに向かったら、帰り道に金髪の狐獣人に拉致されました。以上。


「手錠なんて初めてかけられましたね……」


 鎖付きの枷で手足を固定され、馬車に載せられてガタガタとどこかへ運ばれていく。


 これ、どこに向かってるんだろ……どうしたものか。


「魔法も使えないみたいですし……困りました」


 魔法さえ使えたら、鍵なんてなくても枷を外して逃げられるのに……そこは抜かりないみたいだ。


「モニカさんやセオ、今頃心配してますよね……どうしましょう」


 いや、モニカはまだ寝てるかもしれないけど、セオのやつ、俺がベッドから抜けようとしたら、すぐに目を覚まして「どこ行くの……?」って聞いてきたからなぁ。


 俺を探そうとして、無茶しないといいけど。

 何せ、俺を拐ったのは多分、セオの家族を誘拐したのと同じ“金狐族”って奴らだ。


 部族丸ごと拐うなんて大胆なことしておいて、尻尾一つ掴ませなかった連中だ。俺一人拐うくらい簡単だったろうし、いくら獣人の人達やベルモントの騎士団でも俺を助けるのは難しいと思う。


「……どうしましょう、何も出来ないんですけど」


 何で俺を狙ったのかはさっぱり分からないけど、一つ確かなのは、俺に出来ることがほぼ何もないってこと。


 魔法が使えなかったら、今の俺はまだ走ることも難しい障がい者でしかない。


 そんな俺に出来ることがあるとしたら、いざって時のために体力を温存しておくくらいか。


「……運良く逃げられたとしても、この足じゃあみんなのところに戻るのも難しい気はしますけど、諦めるわけにはいきませんしね。それに、ある意味チャンスかもしれません」


 セオの家族を拐った奴らに俺も拐われたんなら、同じ場所に連れていかれる可能性が高い。


 つまり、この馬車が向かう先に、セオの家族がいるかもしれないんだ。


 本当は、グレイが落ち着いたら聞き出せないかと思ってたんだけど、ある意味手間が省けた。

 そう考えることにしよう。


「それまでは……寝ますか」


 方針を固めたところで、それ以上どうすることも出来ない俺は、一旦その場で横になる。


 ……揺れが酷すぎて、全然寝れなかった。


「あのー、すみません!」


「なんだ、うるせえな」


 俺が声を上げると、壁越しに男の人の声が返ってきた。


 俺を拐った人とは声が違うけど、この人も金狐族なんだろうか?

 まあ、今はどっちでもいいか。


「揺れが酷くて眠れないので、もう少しゆっくり走らせて貰えませんか?」


「状況分かってんのかテメェ!? 今は港町から逃げてる真っ最中なんだよ、速度なんか落とせるか!!」


「でも、一度は青狼族の人達を纏めて誘拐してるんですよね? そんなあなた達なら、私一人くらい余裕なんじゃ?」


「そりゃあ、コーラス様が本気を出せばな!! あの人が先に拠点で受け入れ準備をするって行っちまったから、新米の俺だけになっちまったんだよ!!」


 へー、そうなのか。

 拠点って、奴隷を売り飛ばすための収容先ってことかな? それなら、やっぱりそこにセオの家族がいる可能性は高いな。


「それは大変ですね。周りに凄い人がいると、失敗出来ないってプレッシャーもかかりますし」


「全くだよ! しかも、なんか知らねえけどお前は青狼よりも価値のある商品だから、丁重に扱えとか言われるし……そんな大事なものなら、俺なんかに預けてどっか行くなよ……」


 ……ほほー、何をもって俺にそんな価値があると思ったのか知らないけど、それは良いことを聞いた。


「でも、それだけあなたもコーラス様に期待されてるってことじゃあないですか? 大事な商品を預けても大丈夫だって、信頼されてるんですよ」


「……そ、そうかな? 俺、期待されてる?」


 少しすり寄ってみたら、今の今まで怒声混じりだった男の声に、明らかな喜びの感情が見てとれた。


 うん、チョロいなこの人。


「きっとそうですよ。でも、私を早く運んだ方が良いっていうのも分かるので、それは私が我慢します。その代わり……到着するまで、もう少し私とお喋りして貰ってもいいですか? 私、こんな風に一人きりだと、寂しくて……」


「おう、それくらいで良ければ話相手になってやるよ」


「ありがとうございます! 優しいんですね!」


 いいってことよ! と、名も知らぬ男は調子良く応え、あれやこれやと語り出す。


 金狐族の中にある上下関係の愚痴や、ユーフェミアを出てからの苦労話。奴隷商人とのコネを築き、帝国に新たな居場所を作ったこと。


 そんな話を、私は始終笑顔を絶やさないように聞き続けた。


 相手から見えないって分かっていても、“これ”を崩したら、声にまでそれが現れそうで。


「じゃあ、私が向かう先にも、青狼族の人達がいるんですか?」


「おうよ。だがまあ、安心しろよ。よくある物語みてえに、飯もロクに食わされねえで二束三文で売られて貴族の玩具になるなんて、そんなひでぇことにはならねえからよ。自由がねえこと以外は、そう悪い暮らしでもねえさ」


 中には、元の生活よりも良い暮らしになった奴隷もいるんだぞと、男は自慢気に語る。


 “中には”ってことは、そうじゃない人だっているはずだろうけど、それを気にした様子はない。


 セオは、売られた先で“玩具”よりも酷い扱いを受けて、腕さえ失くしたっていうのに。


「そうなんですね! 楽しみです!」


 内心の嫌悪感を圧し殺しながら、俺はとにかく媚びを売って男の心に入り込む。


 魔法が使えない今──“可愛さ”だけが、俺の取り柄だから。


 このまま、男に連れられて向かう先に、セオの家族がいるのなら。

 リサ達に散々傾国レベルだなんだとからかわれたこの力で、セオの家族を助け出したい。


「待っててください、セオ。私は、約束は守ります」


 自分の話ばかり続けている御者の男には聞こえない、小さな声で。

 俺は、自らの目標を心に刻み込む。


「私は、どこにも行ったりしません。セオの家族と一緒に……必ず、あなたの傍に戻ります」

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