第95話 牢獄の出会い

 どれくらい、馬車に揺られていただろうか。

 ひたすら御者の男と喋り続けていたら、ある時急に馬車が止まった。


「着いたぞ、ここが目的地だ」


「分かりました」


 素直に言うことを聞いて、俺は馬車を降りる。

 まだ足が完治してないから、男に抱えられながらの乗り降りになるのが少し屈辱だ。どうせ抱えられるならリサがいいよ、今いないけど。


 そして、到着するまでに男から聞き出した情報によれば、ここはまだユーフェミア国内らしい。

 青狼族丸ごと拉致なんて大胆たことして、どうやって国境を超えたのかと思ってたけど……拠点はユーフェミアの中に置いておいて、バレないように一人ずつ国外に“輸出”する形式を取っていたのだと聞かされた。


 主な輸出先はベゼルウス帝国で、奴隷部隊の戦力として男達が買い取られ、今はほとんど女子供や老人しか残っていないらしい。


 ……今、この場にセオがいなくて良かったと心底思った。


 売れていった青狼族の値段や人数を、まるでトロフィーか何かのように語る男の話は、俺でも胸糞悪くて吐き気がしたくらいだから。


「お前さんはどこに買われていくのかねぇ……金があれば、俺が買ってやりたかったんだがなぁ」


「あはは、そうして貰えたら良かったんですけどね」


 人に好かれるのは喜ばしいと思ってたけど、こういうやつに好かれるのは正直嫌悪感しか湧かないな。


 そのお陰で、今の俺や青狼族の置かれている状況を詳しく知ることが出来たんだから、悪いことではないんだけど。


 そんなことを思いながら連れて行かれたのは、森の中にあった小さなボロ小屋──その地下にある大きな収容施設だった。


 イメージは、戦争で使われる避難シェルターとか、そんな感じだろうか?

 地下らしいジメジメとした空気がきにはなるけど、人が暮らす上で不自由しないようにちゃんと整備されてるみたいだ。


 その辺りは、良くも悪くもちゃんと奴隷“商人”ってことなのかね。


「ようこそ、待ちかねていましたよ」


 そんな地下を進んでいくと、俺を浚った金狐族の長・コーラスが俺の前に現れた。


 さっきまで、少し軽薄な感じで俺と話していた御者の男も、彼を見るなりピシリと背筋を正す。


「お疲れ様です! ご指示通り、ユミエ・グランベルを運搬して参りました!」


「ご苦労。念のため聞きますが、尾けられてはいないでしょうねえ?」


「問題ありません、そこは抜かりなく。能力は絶えず使っておりましたので」


「そうですか、ならいいでしょう」


 御者の男と会話したコーラスが、俺に目を向ける。


 俺の体を舐め回すようにじっくりと観察するその視線に、俺はゾッと背筋が凍るのを感じた。


「コーラス様、到着した奴隷をそうやって改めて観察する癖止めた方がいいと思いますよ? 怖がってるじゃないですか」


「ふむ? これは失敬。しかし……まさかあなたがその子を庇うとは、随分と仲良くなったようで。余計なことは喋ってないでしょうね?」


「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ、ここがどこで、これからどうなるのかって話しかしてませんって」


「それが余計なことだと言うのですが……まあいいでしょう、その子を特設牢に入れておいてください。その体で脱出など不可能でしょうが、万が一もありますからね」


「了解です」


 特設牢? と首を傾げながら、俺は御者の男にとある一室まで連れて行かれる。


 そこは、牢屋と言うには綺麗な場所だった。

 ただし、窓もないし扉は一つ、しかも入るときに目についた金属製の魔道具を見るに、部屋全体に魔法が使えなくなる結界を常時作動させているらしい。


 手錠には発信器まで取り付けられ、外した瞬間に遠隔で体を麻痺させる電撃の魔法まで込められてるっていうんだから、徹底してるな。


「飯は一日三回持ってくる。シャワーとトイレは中に備え付けられてるものを使え、後は他に何か要望があれば、出来る範囲でなら叶えてやるよ」


「……それなら、ここに捕まってる青狼族の人達と話せませんか? 少しでもいいので」


「うん? んー、そうだな……」


 渋る男に、やっぱりダメか? と緊張しながら続く言葉を待っていると……仕方ないな、とばかりに、肩を竦めた。


「後でこっそり、糸電話作って持ってきてやるよ。魔道具はさすがに渡せねえし、ここから出してやることも出来ねえが……それくらいならいいだろ」


「ありがとうございます!」


 まさか通るとは思わなかったけど、これは嬉しい。


 糸電話なんてアナログ過ぎるし、ちゃんと聞こえるかはやってみなきゃ分からないから、ダメでも泣くなよとは言われたけど……何もないよりはマシだろう。


 そんなわけで、俺が特設牢に入れられてからおよそ二時間後。ネズミくらいしか通れない小さな通気孔から糸を通した、簡単な糸電話が届けられた。


 本当はこういうの駄目だから、内緒だぞ、なんて言っていた男にお礼を言いつつ、俺は早速それを使用してみることに。


「もしもし、聞こえますか?」


 青狼族の人が入れられている牢までどの程度距離があるのか、どれくらいの声量なら届くのか。


 何も分からないけど、ひとまずやってみようと声をかけると──返事が返ってきた。


『……聞こえていますよ。あなたは、誰なんですか?』


 優しそうな女性の声が聞こえてきたことで、俺はホッと息を吐く。

 その上で、かなり警戒している様子の相手に俺のことを分かって貰うため、出来るだけ丁寧に名乗る。


「私の名前はユミエ・グランベル。オルトリア王国の貴族で……セオの、友達です」


 信じて貰えるだろうか? と、緊張しながら続く言葉を待つ。


 すると向こうから、俺が期待した以上の反応が返ってきた。


『セオ? セオと言いましたか!? セオは、セオは無事なんですか!?』


「はい。五体満足、とは言えない状態でしたが……今は、元気に笑ってくれるまで回復しています。安心してください」


『っ……良かった……!!』


 啜り泣くような声が、糸電話越しに聞こえてくる。


 セオは今も、青狼族のみんなにちゃんと心配されてる。愛して貰っている。

 それが分かって、俺はこんな状況なのに心が温かくなった。


『……すみません、取り乱して。私の名前、まだ言っていませんでしたね』


 でも……俺にとって喜ばしかったのは、それだけではなかった。


『改めて、私も自己紹介しますね。私の名前はレナ……セオの、母です』


 セオの大切な家族がここにいて、ちゃんと話せる状態にある。


 その事実に、俺は口には出さないまま、やった、と心の中で歓喜の声を上げるのだった。

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