第88話 広がる友好の輪

 魔道具で道を作る。

 そうは言ったものの、簡単なことじゃない。


 まず、魔道発信器の仕組みは、親機となる魔道具が発した魔力を子機が受け取ると、それを吸収。細く絞って跳ね返し、親機がその方向を割り出す、と言った形になる。


 つまり、子機の方には魔力はいらないが、親機を扱うには必要な距離に応じてかなりの魔力量が要求されてしまうのだ。


 獣人は魔法が使えない種族だし、翠猫族みたいな例外を含めても体内魔力量はさほど多くない。そんな彼らにこの魔道具を使って貰うには、二十メートル程度に一つは子機を用意しなきゃいけないらしい。


 各部族の里から、二十メートルごとに最低一つずつ、子機となる魔道具を用意する──どれだけの数になるか、考えただけで気が遠くなりそうだ。


 幸いなのは、子機を作るのにあまり専門的な技術は必要ないってことか。親機の方は素人には無理だけど。


 となれば、俺達のやることは一つ。


 魔道発信器の子機を、とにかくたくさん作ることだ。


「えーっと、これをこうして、こう……」


 翠猫病院の病室にて、俺は公爵から貰った作り方の解説書を見ながら、カリカリと木の板を削って魔法陣を刻んでいく。


 それが終わったら、布に包んで紐を通し、お守り風の形にする。


「よし、出来ました!」


 まず最初の一つを作り上げた俺は、それを高々と掲げた。


 ちゃんと動作するか、傍でリサがチェックしてくれているのを横目に、モニカが感心したように呟く。


「さすがユミエさん、早いですわね。腕は大丈夫ですの?」


「はい、元々、指を動かすのに支障はありませんでしたしね」


 折られたのは二の腕であって、手じゃないからな。

 ある程度腕が動かせるようになれば、細かい作業をするには問題ない。


 逆に、手先まで完全に義手になっているセオは、こういう細かい作業はやりづらそうだった。


「あ……失敗した……」


 力を入れすぎたのか、魔法陣を刻んでいた板がバキッ! と音を立てて砕けてしまう。


 しゅん、と肩を落とすセオを、俺は優しく撫でて励ました。


「大丈夫ですよ、まだ時間はありますから、焦らずゆっくりやっていきましょう。……そうですね、ここはこうして……」


「ユ、ユミエ?」


 俺はセオの後ろに回り、手を添えながら直接やり方を教えていく。

 思った通り、ちょっと力み過ぎてるな。セオは俺とくっついてるとフニャッてなるから、これで良い感じになるといいけど。


「はい、良い感じです。上手ですよ、セオ」


「ん……ありがと……」


 俺の予想通り、体から余計な力が抜けたセオは、さっきまでの苦戦が嘘みたいにスルスルと発信器を作り上げていく。


 そんな俺達を、モニカはどことなく羨ましそうに眺めていた。


「むぐぐ、私もユミエさんに教わりたかったですわ……いえ、私が教える側というのもアリですわね。ユミエさんを後ろから抱き締めながら手を添えて、二人で共同作業を……」


「あはは……それはまた今度ということで」


「約束ですわよ?」


 いつも通りの明るい調子で、モニカが俺にウィンクを飛ばす。


 少し情勢が不穏だからこそ、空気が重くなり過ぎないように気を遣ってくれてるんだろうな。現に、セオもそんなモニカを見て、くすりと笑ってくれた。


 三人で、いつものように楽しい時間と共に作業を進める。そんな雰囲気だからか、やがて病院の子供達が遊びの気配を察知して集まってきた。


「ねーねー、今日はユミエたちで何してるのー?」


「みんなでお守りを作ってるんですよ。ほら、赤虎族の里で何かあったのは聞いているでしょう? みんなが無事に過ごせますようにって、私達でお願い事をしてるんです」


 質問してくる子供達に、俺は事前に考えていた嘘の説明を口にする。


 発信器なんて、正直に話してもこの子達には分からないだろうし、万が一分かってしまうと、思わぬ形で金狐族に情報が伝わってしまうかもしれない。


 ちょっとだけ良心は痛むが、みんなが無事に過ごせるようにと願いを込めた代物なのは本当のことだ。


 その気持ちが伝わったのか、子供達も奮起するように拳を掲げた。


「なら、ぼくたちもやるー!」


「赤虎のみんなを守るんだー!」


「お守りじゃ守れないよ?」


「こーゆーのは気持ちがだいじなのー!」


「おれもとーちゃんのためにお守り作る!!」


 ワイワイガヤガヤと、次々に子供達が集まっては、発信器作りに参加していく。


 そしてそれは、病院の子供達だけに留まらなかった。


「ほほう、お守りですかな。そいつはいいですな」


「うむ、いざというとき、こういうものがあるとないとでは全然違うものじゃ。ワシらが若い頃にはのぉ……」


「またじーちゃんの長話がはじまったぞー!」


「にげろー!」


 同じく翠猫病院に入院していたお爺ちゃん達も、昔話に花を咲かせながら参加してくれて。


「へえ、お守りかい。俺らにも作れるのかな?」


「うちの家内も、赤虎のために何か出来ないかって話してたところなんだ。ある程度出来たら送るんだよな? うちで作って持ってきてもいいか?」


 病院に差し入れに来た他の人にまで、その波は伝播していった。


 一部の人には、実は単なるお守りではなく、新しい避難経路を作るための魔道具なんだという話をしておいたけど……まさか、こんなにたくさんの人が製作に協力してくれることになるとは思わなかったな。


「ユーフェミアって、本当に良いところですね」


 現状、被害があったのは赤虎族だけ。それも、まだ人的被害が出たわけですらない。


 それなのに、みんなが赤虎族の人達のことを心配して、自分にも出来ることはないかと心を砕いている。


 獣人のみんなが当たり前のように持つ優しさに、思わずほっこりとしながら呟くと、そんな俺にモニカは「何を言っているんですか」と笑った。


「そのユーフェミアを動かしたのは、ユミエさんでしょう?」


「ほえ?」


「獣人の皆さんの仲間意識が高いのは、確かにその通りですわ。でも、だからって……何の意味があるかも分からない“お守り”を一緒に作ってくださるのは、それだけユミエさんが信頼されているからでしょう」


 いくら獣人の仲間意識が高くても……いや、仲間意識が高いからこそ、本来なら“部外者”であるはずの俺が発起人となって始めた怪しげなお守りなんて、誰も作りたがらないはずだとモニカは語る。


「呼び集めることすらせずに、これだけの人を巻き込んで一つの目標に向かって纏められるのは、間違いなくユミエさんのお力ですわ。そんなユミエさんを、私は尊敬しております」


「……え、えっと、その……ありがとうございます、モニカさん……嬉しいです」


 こんな風に言って貰えるとは思ってなくて、俺は顔に熱が籠っていくのを感じる。


 照れ臭くてモニカの顔もまともに見れないまま俯いていると、そんな俺のおでこに、モニカがちゅっとキスをした。


「そんなユミエさんだから……私は、心からお慕いしておりますわ」


 驚いて顔を上げた俺の前に、ほんのりと赤くなったモニカの顔があった。

 そんなモニカの表情が、いつになく色っぽく見えて……俺は、慌てて立ち上がる。


「え、えっと、その、私、ちょっとトイレに行ってきますねー!!」


 逃げるようにその場を──ひょこひょこ歩きで──去っていく俺を、集まったみんなが微笑ましげな眼差しで見つめている。


 そんな気配を背中に感じ、益々顔が熱くなっていくのを感じながら、気付けば俺は病院の待合室まで来ていた。


「はぁー……びっくりした……」


 まさかモニカにあそこまで言って貰えるなんて……さすがにびっくりだ。


 以前、お兄様に突然キスされた時以来の胸の高鳴りを必死に落ち着けていると、病院の扉を開けて誰かが入ってくる。


 こんな時に誰!? と思いながら目を向けると……そこには、以前一度だけ出会った、黒髪の少年が立っていた。


「あ……えっと……」


 予想外の再会で驚く中、男の子は口を開く。

 やけに緊張した面持ちで、声を絞り出すように。


「その……お守り作り、僕も……手伝いに、来ました」

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