第87話 事件と対策

 ユリアの花。

 神獣国ユーフェミアにとって、各部族の里と里とを繋ぐ道標であり、里そのものを魔物から守る防波堤でもある。


 もちろん、ただの花である以上は、雨や野生の獣など、色んな要因でダメになることもあるだろう。


 でも、セイウス先生のお孫さん──デイジさんが言うには、人為的な破壊工作によるものである可能性が高いらしい。


「赤虎族の里に続く道が、一晩のうちにほとんどやられてしまったようでね。里の周りに植えてあった花もダメにされていたそうだから、単なる悪戯というには度が過ぎている」


「……花の、正確な位置は……獣人にしか、分からないはず。それを、ダメにした人がいるとしたら……」


「同じ獣人……もしかしたら、また金狐族が糸を引いているのかもしれない」


「っ……!!」


 セオが自分の肩を抱き、ガタガタと震え出す。

 大丈夫、と伝えるように手を握ると、そのまますがり付くように俺に抱き着いて来た。


「とにかくそういうわけで、僕は念のため赤虎の里に救援に向かう。何か続報があれば祖父に連絡が行くはずだから、君達もそれまで、あまり外を出歩かない方がいいよ」


「分かりましたわ。ご忠告、ありがとうございます」


 モニカがデイジさんに頭を下げ、約束の薬を渡したらその足で病院へと戻る私達。


 事態が事態だから、来る時とは違って私はリサに抱っこされ、急いで戻ったんだけど……その間も、セオはずっと俺の服の裾を掴んでいた。


「セオ……少し休みましょう」


「……ん……」


 特に何事もなく病院に着いた私達は、セイウス先生から今日のところは病室で大人しくしているよう指示された。


 震えるセオに毛布をかけ、横になって休むよう促すけれど、セオは横になるよりも私に抱き着く方が良かったらしい。がっしり掴んで離れようとしなかった。


「大丈夫ですよ。デイジさんも向かいましたし、赤虎族にはライガルさんもいます。何かあっても、きっと何とかなります」


「……でも……青狼族にもパパがいたのに、ダメだった」


「セオのパパさんですか?」


「うん……自慢の、パパだった」


 青狼族は元々、赤虎族と並ぶ獣人戦士団のエースだったらしい。

 中でもセオの父親は、青狼族最強の戦士として、ライガルさんともタメを張る実力者だったんだと。


「でも、パパは……私が食べさせちゃった毒団子のせいで、ほとんど戦うことも出来ないまま、捕まっちゃって……」


「……それは、セオのせいじゃないですよ」


「ん、分かってる」


 その時のことを思い出して震えていたセオだけど、気付けばそれも止まっていた。


 自責の念とは違う、強い決意の籠った瞳で。


「私も、ユミエにたくさん励まして貰ったし、モニカにたくさん怒って貰ったから……自分が悪いって言ってるだけじゃ何にもならないって、もう、分かってる」


 だから、と、セオは拳を握り締める。


「金狐族は、どんな手を使ってくるか分からない。ライガルさんが強いことは、向こうも分かってるから……きっと、また何か卑怯なことをしてくると思うの。それを……私は、止めたい。ユミエ、モニカ……力を、貸して」


 セオも、まだ過去の辛い記憶から完全に立ち直れたわけじゃないんだろう。握り締めた拳は、小さく震えていた。


 だからこそ、余計に思う。ただ怯えるだけでなく、今また苦しめられようとしている仲間のために立ち上がろうとするのに、どれほどの勇気を振り絞ったんだろうかと。


「もちろんですよ。私達に出来ることなら、なんでも力になります。私にとってももう……ユーフェミアは、とっても大切な場所ですから」


 二度と治らないと言われていた怪我を、ここまで治療してくれた恩もそうだし……この一ヶ月以上の間、たくさんの獣人達と関わって、顔見知りだって増えた。


 そんな獣人達が、得体の知れない“誰か”に害されようとしてるなら、まだ満足に走れない体だなんて言い訳したくない。


 俺に出来ることで、精一杯この国を守るんだ。


「私も協力しますわ。とはいえ、お二人の体はまだまだ万全とは言い難いのですから、危ないことは禁止ですわよ」


「分かってますよ、心配してくれてありがとうございます、モニカさん」


 体調が万全なら、俺だって赤虎族の里に向かって直接援助したいけど、今の俺が行ったところで足手まといだろう。


 直接乗り込む以外で、出来ることを探すんだ。


「よろしい。では、まずは状況整理と、敵の仮定ですわ。セオさん、仮に今回の事件が金狐族の手の者だったとして、そいつらはどんな部族ですの?」


「金狐は……翠猫族と同じで、戦闘力はそんなに高くない代わりに、能力を持ってるの。自分の姿を完全に透明にして、いろんな所に隠れ潜む力」


 だから、青狼族が拐われた時も、金狐族を誰も捕まえることが出来なかったらしい。


「頭も良くて、商売上手で……里を繋ぐ花の道や、港町も……元々は、金狐の先祖が作ったものだって、聞いた」


「かなり深くこの国の中枢に関わっていたんですのね……」


「うん……だから、私も……あんなことされるなんて、思ってもみなかった……」


「となると、獣人達の対応は概ね全て把握されていると思った方が良いですわね」


 リサがさりげなく用意した紙をモニカが受け取り、さらさらと情報を書き連ねていく。


 金狐族は姿を隠すのに長けた部族で、見付けることは困難。知恵が周り、この国のことをよく知っている。


 そんな金狐族が、仮に今回の事件を起こしたとして、その目的は何か。


「普通に考えれば、里同士の分断と孤立が狙いでしょうね。花の道標がなければ、満足に往来することも難しいんですもの」


「で、でも……花がなくても、行き来出来る獣人の方が多い、よ? 特に、強い人達や議員さんはみんな……」


「そういった人達だけが行き来出来る、ということが重要なんですわ。もし今、どこかの里が襲撃に遭ったとして、非戦闘員を避難させることが困難になりますもの。それこそ、避難のどさくさに紛れて誰かを拐ったとしても、単なる遭難と見分けは付かないでしょうね」


 モニカの言葉に、セオはハッとなる。

 まさか、と顔に出して問いかけるセオに答えるように、モニカは“敵”の狙いを口にした。


「青狼族の時と同じように、どこかの部族を拐って売り捌こうとしている……私は、それが狙いではないかと思いますわ」


 ギリッ、と、セオが歯を食い縛る音が聞こえた。


 モニカが語ったのは、あくまで予想だ。それも、予想に予想を重ねたような“最悪のシナリオ”と言ってもいい。


 だけど、“そうかもそれない”と思うだけで、セオにとっては耐え難い怒りが沸き上がって来るみたいだ。


「仮にそうだとして、どうすれば回避出来るでしょうか……」


「そうですわね……無難なところでは、既に国を出た金狐族の知り得ない、新しい避難経路を確保すること、でしょうか」


 金狐族が作った道が危険なら、新しい道を作ってしまえばいいってことか。

 確かに、それなら対策としては良いかもしれないな。


 問題は、ただでさえユミアの花が荒らされてるって時に、新しい道を作るほどの花が用意できるのかってことだが。


「ユミアの花って、成長するのにどれくらいかかるんですか?」


「種からだと、早くても、三週間は……」


「うーん……」


 やっぱり、ちょっと時間かかるよなぁ。今からだと、少し遅い気がする。


 それ以外で、何か良い手は……。


「モニカ、ユミエ嬢、調子はどうだ」


「お父様! 如何されたんですの?」


 悩んでいると、モニカのお父さんであるカース公爵が病室に現れた。


 彼もまた、問題が起きたことを把握していたのか、娘の元気な姿を見てホッと胸を撫で下ろしている。


「私も赤虎族の里へ様子を見に行かなくてはいけなくてな、その途中、一度こちらに抜けてきたんだ」


「いや、待ってくださいまし。赤虎族の里と翠猫族の里は結構離れていますわよ? まさか一人で来たんですの?」


「心配はいらん、モニカとうちの騎士隊長には、魔道発信器が取り付けてあってな……魔法を使えば、獣人の案内がなくとも森を抜けられる」


「ちょっとお父様!? そんなものどこに仕込んだんですの!? 聞いてませんわよ!!」


「あっ」


 やっべ、と、公爵の表情にこれ以上ないほど分かりやすく表れる。


 それを見て、モニカはぷくっと頬を膨らませた。


「全くお父様は、娘をなんだと思ってるんですの!? いつもいつも過保護なんですから、大体……」


「モニカさん!! それです!!」


「それ? ……ユミエさん、どうしたんですの?」


 ヒートアップするモニカに、俺は声をあげる。


 そうだ、何も避難経路を用意するのに、必ずしも花である必要はないはずだ。


「魔道具で、新しい避難経路を作りましょう。魔法を使わないと分からない道なら、獣人の金狐族には絶対にバレないはずです!」

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