第86話 トラブル発生
「セオさん、本当に大丈夫ですの?」
「ん……調子良いよ」
先ほど、見知らぬ男の子と出会してから何度目かになるモニカの質問に、セオもまた義手を動かしながら同じ答えを返す。
神獣国ユーフェミアは、獣人達の国だ。
とはいえ、獣人以外の人が全くいないわけではないし、獣人と結婚してユーフェミアに骨を埋めたオルトリア人だって何人もいる。
ただ、そういう人達の多くは、各部族の里ではなくユーフェミアの中心地である港町で暮らしていることが多いし、観光客ともなれば尚更、里まではやって来ないものだ。
それなのに、一度も顔を見たことがない男の子がこの里にいたことに、モニカは不審なものを感じているらしい。
「うーん、あの男の子は悪い子じゃないと思いますけど……」
「ユミエさん、悪さをする人が必ずしも悪い人とは限りませんわ。人が良いからこそ、騙されて悪事に荷担させられることだって……っと、すみません、セオさん」
「……ううん、大丈夫」
まさに、自分が騙されたせいで家族を奴隷にしてしまったというセオが、少しだけしゅんと肩を落とす。
あまり詳しく聞いたわけじゃないけど、やっぱりまだ気にしてるんだろうな。
まあ……未だに家族の行方も分かってないんだから、それも当然か。
セイウス先生達も犯人の金狐族や青狼族の行方は追ってるらしいけど、未だに有力な手掛かりは掴めていないみたいだし。
シグートからも、ナイトハルト家の残骸……残骸? から証拠を集めたものの、ベゼルウス帝国との関わりを示唆する文章がいくつか出てきただけに留まるみたいだ。
現状では、青狼族はベゼルウス帝国に囚われてる可能性が高い。でも、帝国のどこにいるのかも分からないし、本当に帝国にいるのかも確証が持てない。
こんな状況で、気にするなって方が無理だろう。
「セオ、ぎゅってしましょう」
「ん……」
心配せずとも大丈夫だなんて、そんな無責任なことは言えない。
だからって、セオが負い目を感じて苦しんでるのを、そのままにしておくことも出来ない。
こんなことしか出来ない自分を歯痒く思いながらも、俺はセオの体を抱き締めて、精一杯慰める。
少しでも……今この時だけでも、その苦しみが和らぐようにと。
「ありがと、ユミエ……好き」
「ふふ、ありがとうございます。私も好きですよ、セオ」
セオがふわりと笑みを溢してくれたことに、俺はホッと胸を撫で下ろす。
そうしていると、モニカがこほんと一つ咳払いした。
「全く、ここは人の往来もあるんですから、いちゃつくのもほどほどにしなさいな。私だって我慢しているんですのよ」
「あ、すみません」
確かに、今いる場所は道の端っことはいえ、人目につくのは確かだ。ほどほどにしておかないとな。
そう思ってセオを離すと、セオはそのままモニカの下へ向かい、ぎゅっとしがみつく。
「……ごめんなさい。でも、私、モニカのことも好き、だから……ちょっとだけ、こうさせて」
「……仕方ありませんわね、ちょっとだけですわよ」
甘えるように擦りつくセオを、モニカは優しく受け入れる。
うーん、こうしてみると、本当に親子みたいだな。身長的には姉妹の方が近いけど。
「モニカさんは、良いお嫁さんになりそうですね」
「ユミエさん、それは合意と見てよろしいですわね?」
「ほえ??」
思ったままを口にしたら、何かに合意したことになったらしい。
なんだろう、シグートとの結婚でも決まったのかな? 確か、元々婚約者になる予定だったって聞いたけど。
もしそうなったら、シグートが王様で、モニカが王妃か。まだ子供だから、正式な結婚は先だと思うけど、二人ならきっとオルトリアを良い国にしてくれるだろうし、将来が楽しみだなぁ。
「ユミエさん、絶対何か勘違いしてますわ……」
「……モニカ、頑張れ?」
「ありがとうございます、セオさん……」
俺がそう思っていると、なぜかモニカが溜め息と共に肩を落とし、そんなモニカをセオが励まし始めていた。
……あれ、何か間違えたの、俺?
自分が何を勘違いしているのかも分からなかったけど、それを確認するよりも早く、俺達はセイウスさんのお孫さん夫婦の家に到着した。
まあ、確認は後でいいかと、俺は扉をノックする。
「ごめんくださーい、セイウス先生のおつかいで来ましたー!」
声をかけるも、反応はない。
留守なのかな? と思っていると、やがてドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「すまない、今立て込んでいて……祖父の風邪薬を持ってきてくれたのかい?」
「はい、そうです。……立て込んでるって、何かあったんですか?」
姿を現した男性は、見た目だけならセイウス先生よりも年上に見える。
こういう言い方も変だと思うけど、セイウス先生が成長したらこうなるんだろうなって感じの、精悍な男性だ。
そんな彼の表情はどこか切羽詰まっていて、とても「ちょっとトラブルが」という感じには見えない。
疑問に思って尋ねると、男性は少し迷うように視線を彷徨わせ……私達にも無関係な話じゃないと思ったのか、事情を話してくれた。
「他の里から連絡が入ったんだ。里と里を繋ぐ花の道が荒らされていたらしくて……何が起きたのか分からないから、君たちも、今は里から出ない方がいい」
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