第85話 少年の葛藤
どうして、こんなことになったんだろう。
心の中で、グレイ・ナイトハルトはそう呟く。
彼の生まれはオルトリア王国、ナイトハルト侯爵家。由緒正しき名家に生まれた三男坊だ。
類いまれなる魔法の素質と明晰な頭脳を併せ持ち、順当に成長していけばナイトハルトの──そして、オルトリア王国の発展に大きく寄与する才能の持ち主であったことは間違いない。
だが、彼がその才能を発揮するには、ナイトハルト家はあまりにも環境が悪かった。
権力への飽くなき欲求と自己顕示欲の塊である父と長男だったが、彼らにはお世辞にも才能があるとは言えない。
ナイトハルト家の者として持つべき技術者の才はあったのだが、魔法の才には乏しく、社交の場ではやや下に見られがち。そんなコンプレックスを抱いていた彼らによって、一つの大事件が起こった。
──グレイ同様、高い魔法の素質を持っていた次男が、実の兄・ローランによって殺されてしまったのだ。
このままでは自らの家長としての座が危うくなると考えたが故の、半ば衝動的な犯行。
証拠の隠滅は図られたが、当時まだ七歳にも満たなかったグレイでさえ、誰が犯人なのかハッキリと分かってしまった。
だが……父であるアルウェは、それを分かっていながらローランを責めなかった。
彼自身もまた、次男の高い魔法の素質に嫉妬していたのだ。消えてなくなればいいと、そう考えるほどに。
それを理解してしまった幼いグレイは、自分の身を守るべく、自らに枷を嵌めてしまった。
決して、兄や父よりも出来が良いなどと思われないように。
技術者としても、魔法使いとしても、二人より劣っていると思われるように。
彼らの機嫌を、損ねないように。
そんなグレイの健気な努力は、確かに“殺されない”という結果をもたらしたが……それでも、幸せな日々などやって来なかった。
殺されない代わりに、“使えない無能”だと蔑まれ、ベゼルウス帝国と密かに繋がるための手土産として、半ば奴隷のように引き渡されてしまったのだから。
「どうすれば……よかったんだろう……」
今度は声に出し、グレイは一人呟く。
理不尽極まりないナイトハルト家を出てからも、グレイの苦難は続いた。
ベゼルウス帝国では、結果が全て。無能を演じる暇などなく、持てる力の限りを尽くさなければ食事にすらありつけない修羅のような生活。
それでいて、どれほど頑張ろうとただ一言も褒められることはなく、代わりにもたらされたのはナイトハルト家滅亡の報告のみ。
もう、この世界のどこにも自分の居場所はないのだという、少年にはあまりにも辛い現実だけだった。
「…………」
いっそ死のうかとも考えた。だが、それを実行に移す勇気もない。
あまりにも情けなくて涙が出そうになりながら、グレイは今、神獣国ユーフェミアに来ていた。
主人であるカイデルの無理難題にどうにか応えた直後、金狐族の長・コーラスが主導する、翠猫族鹵獲作戦。その手伝いのために、どうせ暇だろうと駆り出されたのだ。
こんなことに手を貸すべきではない、と理性が訴える。
手を貸さなければ自分が殺されるだけだ、と本能が泣き叫ぶ。
板挟みになりながら悩み続けていた彼はそこで、ハッと気付いた。
全く周りを見ていなかったせいで、コーラス達とはぐれてしまったのだ。
「ど、どうしよう……」
慣れない国で、ずっと心ここにあらずだったのだ。迷子になるのも自明である。
このままでは、コーラスから主へどんな報告を送られるか分からない。
焦るあまり、自分が不法入国者であることも忘れウロウロと途方に暮れていると……声をかけられた。
「こんなところでどうしたんですか? 両親とはぐれました?」
少し足の不自由そうな、銀髪の少女。
顔に僅かな火傷の痕が残るものの、それを隠すでもなくさらけ出し、得体の知れない存在にも臆することなく話し掛けてくる彼女……ユミエの笑顔を見て、グレイはドキリと胸が跳ねた。
──可愛い。
「あの……?」
「あ……その……ええと……」
こてんと首を傾げる仕草さえ可愛いと思いながら、グレイはなんと答えるべきか迷った。
正直に全てを話すわけには行かないし、適当に誤魔化すべきか──と考えた時、グレイはユミエの隣に立つもう一人の女の子に気付き、愕然とした。
機械仕掛けの義手と、顔に僅かに残る魔物因子の侵食痕。
今回の作戦における最重要目標、青狼族のセオだと。
「…………」
グレイの視線に気付いたのか、セオは彼を警戒するようにユミエの後ろに隠れる。
逆に、もう一人の少女であるモニカもまた、どこか不審そうに彼を見ていた。
まずい、驚き過ぎて少し見すぎた。
何か言い訳を、と考えた時、彼の目に再びセオの義手が飛び込んできた。
「その義手……少し取り付けが甘いです。そのままだと、その、負担が大きくてすぐに痛くなると思うので……直した方が」
「え……」
ポカンと、少女達全員がポカンと口を開けたまま固まってしまう。
どうしたのだろうかと、グレイの頭は疑問符で埋め尽くされる。
これくらい、普通なのに。
「もう少し、こう……サイズが合ってないから、ここで調整して……」
義手に手を伸ばし、軽く確認する。
やはり、ただ取り付けただけで微調整がされていない。技師は何をやっているのかと憤慨しながら、グレイは簡単な微調整を施した。
「……どうかな?」
「……ん、なんだか、動かしやすくなった、かも」
「調整なしの義手じゃあ当然だよ。体の大きさと、まだ成長期なことも考えたら、こんな金属製のしっかりしたものより、もっと軽くて作り替えやすい義手の方がいいし、それに……」
つらつらと、口から言葉が溢れだしていく。
やがて、グレイが自らの語りすぎに気が付くまでに、凡そ五分ほどの時間が経っていた。
「……ごめん、一人でやたらと喋っちゃって……」
「いえ、私達、義手のことは誰も分からなかったので、凄く助かります! 本当にありがとうございます!」
グレイの手を取り、真っ直ぐに感謝するユミエ。
彼女からすれば言って当たり前の、ごく普通のお礼の言葉だ。
しかし──グレイからすれば、それは生まれて初めて耳にする、誰かからの温かい称賛だった。
ドクン、と、また一つ、胸が高鳴る。
心の内から溢れ出す未知の感情に、グレイは戸惑った。
「でも凄いですね、オルトリア王国にはもう技術者もいなくなってるのに、オルトリア製の義手にこんなに詳しいなんて……どちらの国からいらしたんですか? また困ったことがあったら相談したいので、出来ればお名前と連絡先も教えていただけると……」
ユミエの何気ない言葉で、グレイは別の意味で心臓が跳ね上がるのを感じた。
そう、グレイはナイトハルトの……既に一族郎党処刑された家系の生き残りであり。
自分の出自に気付かれれば、殺されるかもしれないということを思い出したのだ。
「それは、その……ご、ごめん!!」
「あっ!!」
何も答えず、グレイは逃げるように走り去っていく。
そんな彼の背を、突然の事態についていけない少女達と、メイドが一人。そして──遠くから見つめる金色の瞳が見つめていた。
「少し想定外ですが、これは使えそうですねえ……くくく、やはり私は運が良い……!!」
狐の尻尾を降りながら、不審な影は誰に気付かれることもなく、忽然と姿を消すのだった。
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