第76話 翠猫病院

 翠猫族の里っていうだけあって、猫獣人が多い場所なのは間違いないが、それ以外の獣人も普通に住んでいる。


 特に、俺達が案内された先──翠猫族が運営する病院には、色んな部族の人達が集まり、様々な治療を受けていた。


「これはこれはジャミリー様。それに皆さんも、お話は聞いております。ささ、どうぞ中へ」


 ここは他の国の要素を取り入れているのか、ナース服っぽい服装に身を包んだ年若い猫獣人に案内されて中へと向かう。


 するとそこには、港に到着した時に出会った議長さんが、白衣に身を包んだ状態で準備万端待ち構えていた。


「やあやあ、よく来たのぉセオ、それにオルトリアの客人も。ワシの診療所にようこそ、歓迎するのじゃ」


「あんたのってわけじゃないだろうセイウス……というか、公爵との会談はどうしたんだい、ワシらが出発する時には、まだ話し合いが続いていたと思うんだがね?」


「ジャミリー達が出発した後、すぐに纏まったとも。それで、ただ追い掛けるのも味気ないと思ってな、先回りして待ち構えておったのじゃよ」


「……相変わらず、神出鬼没なやつだねぇ」


 やれやれと、ジャミリーさんが肩を竦める。


 よっぽど長い付き合いなのか、呆れつつもどこか信頼を感じさせる親しい会話に、入り込む余地もなく黙っていると、それに気付いたジャミリーさんがにこりと笑いかけてきた。


「なに、心配しなくてもいい。こんなやつじゃが、腕は確かじゃ。お前さん達の体も、ちゃんと治るじゃろう。……流石に、失った腕は戻らんが、な」


「……分かって、ます。大丈夫です」


 辛い現実に、セオは気丈な答えを返すけど……やっぱり悲しそうだ。


「それなら、尚更早く治さないといけないですね、この体」


 自分の体を指してそう言うと、その場にいた誰もが疑問符を浮かべる。


 そんな中で、俺はセオに向かって、まだ動かない右手をゆっくりと伸ばした。


「私が体を治して、セオの片腕になります。だから、元気出してください」


 ね? と笑みを向けると、セオはしばらく俺の言ったことの意味を咀嚼するように停止し……ボン、と赤くなった。


 ……なんで?


「そ、それって、ユミエがずっと一緒にいてくれるってこと……?」


「はい、そうですよ。あ、でも私も一度オルトリアに帰らないといけないんですよね……やっぱり、セオはユーフェミアの方がいいですよね?」


「い、いく! ユミエと一緒にいられるなら、私もまたオルトリアにいく!」


「待ってくださいまし!! ユミエさん、私の騎士になってくださる約束は!?」


「もちろん覚えてますよ? 私はモニカさんの騎士で、セオの片腕です」


 なんだか役目が増えちゃったけど、まあこれくらいなら問題ないだろう。


 ジャミリーさんの言い分からして、多分俺がこうして治療を受けられるのも、セオが口利きしてくれたからっぽいし……それなら、受けた恩はちゃんと返さないとな。


「かっかっかっ、良いのぉ~、ワシにもこんな時期があったもんじゃ、懐かしくなるわい」


「あんたがこの子らの歳の頃は、女の子に悪戯して回って泣かせていただけじゃろうが。……じゃがまあ、気持ちは分かるよ」


 議長さんとジャミリーさんが、どこか昔を懐かしむような温かい眼差しで俺達を見つめている。


 ……流石にちょっと恥ずかしくなってきたな。


 未だにヒートアップしているセオとモニカの二人をどうどうと宥め、俺は話を元に戻した。


「それで、治療って具体的にどんなことをするんですか?」


「ああ、そんなに気構える必要はないぞ。別に痛みがあるわけじゃないでの」


 なんでも、翠猫族の能力というのは、他人に魔力を流し込むことで、その人物の免疫力や治癒力を限界を越えて高め、怪我や病気を癒していくものらしい。


 即効性はないので戦闘の役には立たないが、普通の治療では対処不能な不治の病や、怪我の後遺症なんかには効果抜群なんだと。


「あまりもったいぶるものでもない、今日の分はここでやってしまうかの」


 そう言って、議長さんは俺とセオの手を取る。


 その途端、俺の手から温かな魔力が流れ込んで来るのを感じた。


「わぁ……」


 お兄様やリフィネから魔力を貰った時にも、同じような感覚は味わったけど……その時とは違って、体の中に入った魔力が俺の体を包み込んでいくような、不思議な感じだ。


「ひとまずこれで、普通の治療を進めながら様子見じゃの。セオの腕に関しては、オルトリアに良い義手がないか問い合わせてみるわい。そういった技術は、オルトリアの方が進んでるでの」


「でしたら、私の方からもお父様に頼んで、探して貰いますわ」


「うむ、そうして貰えると助かる」


 モニカの提案に、議長さんが鷹揚に頷く。


 義手かぁ、見たことはないけど……出来るだけセオが気に入るような、便利なやつがあるといいな。


「さて、今日のところはここまでじゃ、長旅で疲れたじゃろう、ゆっくりするといい」


「ありがとうございます」


 俺がお礼の気持ちを込めて頭を下げると、議長さんはそこでふと、「あ、しまった!」と頭を抱える。


「セオの病室はあるが、ユミエ君の病室を準備するのを忘れておった。まだ空きはあったかのぉ……」


「何やってるんだいセイウス、その見た目でボケたって笑えないよ!」


「ええいやかましいわジャミリー! ワシだってミスする時くらいあるわい!」


 ぎゃあぎゃあと、議長さんとジャミリーさんが喧嘩し始める。


 まさかの事態に、どう止めたものかと困っていると、セオが「あ、あの……」と声を上げた。


「それなら、その……私の病室、ユミエと一緒に使うのじゃ、ダメ……? 一緒に、寝たい……」


「……へ?」

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