第77話 少女達の夜
俺とセオが同じ病室とベッドで過ごすという提案は、あっさり承諾された。
ただ一人、モニカを除いて。
その結果、どうなったかというと……。
「えっと……ふ、二人とも、狭くないですか? 何なら、私が別のところで寝た方が……」
「だめ」
「ダメですわ!!」
その日の夜、俺とセオとモニカの三人で、同じベッドに固まって眠ることになった。
まあ、俺達三人揃ってまだ小さな子供だからギリギリ収まるけど、それにしたって寝苦しくない?
俺としては、このちょっと苦しい感じが暖かくて好きだけどさ。
「全く、ユミエさんと一緒に寝るのは私の特権でしたのに、まさかセオさんまで混じることになるとは思いませんでしたわ」
「私は、むしろ……モニカが入り込んで来たのが、納得いかない。ここ、病室。病人以外は寝ちゃダメ」
「細かいことはいいんですの。あんまり言ってると、ユミエさんに嫌われますわよ」
やれやれ、と、モニカがごく軽い口調で冗談を言う。
けれど、セオは冗談だとは思えなかったんだろう。サッと顔を青ざめさせた。
「い、いや……! ユミエ、嫌いにならないで……! ずっと……傍にいてよ……」
縋りつくように俺に抱き着き、ガタガタと震え出す。
……そうだよな。
笑顔を見せてくれるようになったって言っても、心の傷は簡単には塞がらない。今はこうして誰かに縋ることで、辛うじて耐えてるだけなんだ。
そんなセオを、俺はそっと左腕で抱き締める。
「嫌いになんて、絶対なりません。私はどこにも行ったりしませんから、安心してください」
「……ほんと?」
「はい、約束です」
コツンとおでこを合わせながらそう伝えると、セオは安心したようにホッと息を吐く。
そんなセオを見て、モニカも思うところがあったんだろう。ベッドから抜け出し、指先でちょいちょいと自分が入っていた場所を指し示す。
意図を察した俺は、すぐにセオと一緒に端へ詰めた。
「ユミエ……?」
「お隣失礼しますわよ、セオさん」
「え……?」
元々、俺を挟んで左右にセオとモニカがいる形だったのが、今度はセオを中心とした川の字になる。
いまいち状況が飲み込めていないセオを、反対側からモニカが一緒に抱き締めた。
「笑えない冗談を言ってすみませんでした。心配せずとも、そんなことでユミエさんはあなたを嫌ったりしませんわ。もちろん、私も」
「モニカ、も……?」
「ええ」
戸惑うセオを、モニカが優しく撫でる。
慈愛に満ちたその表情は、俺もこれまで見たことがないくらい綺麗で……なんていうか、母親みたいに見えた。
「セオがユミエさんに依存したくなる気持ちは分かりますし、それを悪いことだとも言いません。ですが、あなたを想って心を砕いているのは、ユミエさんだけではありませんわ」
セオの味方は、セオ自身が思っているよりもずっとたくさんいる。
俺もそうだし、モニカだってそう。
この国の人達も、議長さんやジャミリーさん、それにライガルさんって人も。
何なら、この国に来るまでお世話になった船の乗組員さん達だって……セオとは顔を合わせてすらいないが、みんなセオのことを心配していた。
食欲がなくても栄養が取れるように、食べやすくて美味しい料理を工夫していたコックさん達。
少しでも気が紛れればって、自分の子供に買って帰る予定だったお土産のぬいぐるみを、セオの部屋に飾ってくれていた人だっていたんだ。
この世界は、確かに残酷で辛いこともたくさんあるけど……それに負けないくらい、優しさと温かさだってたくさん溢れてる。
それを、セオにも気付いて欲しい。
「セオさん。あなたは、決して一人ではないんですのよ」
「っ……」
モニカの言葉で、セオの瞳に涙が浮かぶ。
そんなセオをモニカと一緒に抱き締めながら、俺はくすりと笑みを溢した。
「私の言いたかったこと、全部モニカさんに言われちゃいました。流石ですね」
「全部、ユミエさんの受け売りみたいなものですわ。ユミエさんを見ていると、心まで洗われて綺麗になっていくようですの」
「ふふ、なんですかそれ」
「本当のことですわよ?」
真面目な顔でとんでもないことを言うモニカに、俺は益々笑ってしまう。
俺はただ、自分の思った通りにしているだけだ。
みんなから好かれるような、可愛がられるような自分になりたいって、その一心で。
「もし、私のお陰で心が綺麗になったと思っているんでしたら、それはモニカさんが元々綺麗な心を持っていただけですよ。私は、ただそれを好きになっただけです」
「そ、そんな風に言われると、流石に照れますわね……」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、視線を逸らす。
そんなモニカを微笑ましく思いながら、俺はセオにも語りかける。
「セオも、同じですよ」
「私、も……?」
「はい。お兄様から聞きました、あなたが奴隷の首輪のせいで戦いを強要された時、『逃げて』って言ったんですよね? その話を聞いて、私思ったんです。なんて優しい子なんだろう、って」
普通なら助けてくれって言うはずだ。もうこの苦しみを終わらせてくれって、真っ先に願うはずなんだ。
でも、セオが最初に口にしたのは、『逃げて』の一言。初対面のお兄様を気遣って、自分のことよりも優先してくれたんだ。
そう簡単に、出来ることじゃない。
「セオは、とっても優しくて強い子です。誰からも愛される可愛さを持った、とっても素敵な女の子です。私が保証します」
今のセオは、辛い記憶のせいで臆病になって、何もかも及び腰になってしまっている。
こんな風に、ちょっとした言葉で不安になって取り乱すほど、自分に自信が持てないんだ。
それを、一度や二度の言葉でどうにか出来るなら、誰も苦労なんてしない。
だから、セオが不安になる度に、何度だって言って聞かせよう。何度だって、こうして行動で示してあげよう。
その積み重ねが“絆”になるんだって……俺は、家族に教えられたから。
今度は俺が、それをセオに教えてあげるんだ。
「大好きですよ、セオ」
「私もですわ。大切な友達ですもの」
「……あり、がと。ユミエ、モニカ……私も、二人のこと……大好き……」
俺とモニカにそう言われ、セオはポロポロと涙を溢しながらも、可愛らしい笑顔を見せる。
そんなセオが眠りにつくまで、俺とモニカの二人は、いつまでもその傷だらけの体を包み込んでいた。
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