第75話 日頃の感謝
ユーフェミアの港町は大きく発展していたが、その周囲は深い森に覆われている。
道を整備していない、というより、獣人にとっては本来、こういう森の中の方が落ち着く環境らしい。港町は他の国の人も訪れるので、それを考えて整備したんだそうだ。
翠猫族が暮らす里は、そんな森の中でも特に奥まった、国境付近に存在するらしく、今現在俺達はそこに向かって歩いている。
俺の目には獣道すらないように見える、道なき道。
それをスイスイと迷わず進んでいく猿獣人のお婆さん──ジャミリーさんには、さっきから驚かされっぱなしだ。
「ジャミリー様、こんな森の中で、どうやって迷わず進んでるんですか? 方向感覚だけ?」
車椅子だと上手く通れないということで、リサに抱っこされて移動している俺は、先を行くジャミリーさんに問い掛ける。
そんな俺の質問を嫌がるでもなく、ジャミリーさんは孫娘でも見ているかのような優しい表情で、俺に説明してくれた。
「ひっひっひ、方向感覚だけじゃ、獣人だって迷う時は迷っちまうよ。足元を見てみな」
「うん……?」
言われた通り、足元を見る。
……特に何があるわけでもなく、普通に草むらだ。
「こいつだよ」
ジャミリーさんがその場にしゃがみこみ、花を一輪掴み取る。
特に目立つわけでもない、普通の花に見えるけど、そいつがどうしたんだろうか?
「こいつはね、季節に関係なく一年中花を咲かせて、独特の臭いを放ってる“ユミアの花”さ。こいつを、森の中の安全な道に沿って植えておけば、後は臭いを追うだけで次の町に行けるって寸法さね」
町や里の周りにも同じように植えられているので、もし何らかの事故で花がなくなり道を外れてしまっても、どこかしらの人里には辿り着けるんだそうだ。
「獣人の人達って、みんな鼻が良いんですか?」
「基本はね。まあ、まだ歩き慣れてない子供達や、歳食って鼻が利かなくなった老人には一人旅は難しかったりもするが、そういう時は周りの獣人達が力を貸してやるんだ」
単に道案内する、という話ではなく、足が悪い人を運んであげたり、遭難した人をみんなで探したり……とにかく、獣人達は相互補助というか、仲間同士で助け合う、持ちつ持たれつという意識が強いみたいだ。
「どんなやつでも、子供の時は大人の世話になってるし、歳を食えばまた世話になるもんだからね。助け合うのは当然のことさ」
「ふふふ、いいですね、そういうの」
国全体で一つの家族、一つの共同体。そんなユーフェミアの在り方に賛同すると、ジャミリーさんも大きく頷く。
「ああ、ワシらの誇りさ。だからこそ、青狼を騙した連中は許せないんだがね……」
「へ?」
「ああ、こっちの話さ」
少し不穏な単語が聞こえた気がするけど、なんだか色々と事情がありそうだし、深く突っ込まない方が良さそうだ。
そんなジャミリーさんの空気を察したのか、代わりにリサが口を開いた。
「お嬢様は私が一生お世話してさしあげますので、ご安心ください。迷子にならないよう、ちゃんと運んで差し上げます」
「リサ、ありが……待ってください、それだとまるで私がすぐ迷子になる子みたいじゃないですか! そんなことありませんからね!?」
「王宮でしょっちゅう迷子になっていたではないですか」
「そ、それはその……お、王宮が広すぎるのが悪いんです!」
「森はもっと広くて複雑ですよお嬢様」
ぐぅの音も出ないとは、まさにこのことか。
何も言い返せなくなった俺に、今度はモニカが声をかける。
「ふふふ、ご心配なさらず! ベルモント家に来れば、ユミエさんが迷子にならない専用の宮殿を建てて差し上げますわ! そこで二人で暮らしましょう!」
「意味が分かりませんけど!?」
専用の宮殿って何!? モニカは俺をなんだと思ってるの!?
「えっと……私で良ければ、ユミエのこと、いっぱい案内してあげる、ね。ユーフェミアには、他にも色んなところがあるから……」
「セオ……」
俺の服をちょいちょいと引っ張りながら、セオが控えめにアピールしてくれる。
良い子だなぁセオは。日々の癒しだわ。
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
「……ん……」
手を伸ばしてセオを撫でると、ふにゃりと幸せそうに表情が緩む。
なんだこの可愛い生き物。体が治ったら家に連れて帰っちゃダメかな?
「お嬢様、セオ様にだけやたらと甘いのは不公平だと思いますよ。たまには日々仕えている私にもご褒美をください」
セオの可愛さに癒されていると、リサからそんな要望が入った。
確かに、リサにはいつもお世話になってるのに、あまり感謝の気持ちとか伝えてないな。
世話になるのは良いとしても、それを当たり前だと思うのはダメだ。こういうのはちゃんと言葉と態度に表さないと。
「ちゃんと感謝してますよ。リサのことも大好きです」
「えっ、お嬢様……?」
リサの首に手を回し、ほっぺに軽くキスをする。
まさか本当にされるとは思っていなかったのか、リサはびっくりしたとばかりに目を丸くしていた。
「リサがいたから、私はお兄様達ともちゃんと家族になれたんです。今の私の幸せは、リサがいたお陰なんですよ? だから、リサのことはとってもとっても大切な家族だと思ってます。いつもありがとう、これからもよろしくお願いしますね」
少しでも多くこの気持ちが伝わるようにと、俺はリサに甘えるように顔を擦り付ける。
俺のめいっぱいの愛情表現に、リサはしばし呆然とし……苦しいくらいに、俺のことを抱き締めて来た。ぐえっ。
「私も大好きです。愛していますよお嬢様。いっそこのまま食べてしまいたいくらいです」
「リサぁ、私を食べてもおいしくないですよぉ……」
後、苦しい。気持ちは嬉しいけど、もうちょっと手加減してくれないかな?
「ちょっと、お二人だけユミエさんとスキンシップを取るなんて納得行かないですわ! やっぱり里につくまで私がユミエさんを抱っこしていきます!」
「モニカ様の体格でお嬢様を抱き続けるのは厳しいでしょう。車椅子は譲ったのですから、こういう場面は当然メイドである私の仕事です」
「ま、まさか、こうなることを見越してあっさり車椅子の役割を譲ったと……!?」
「……ふっ」
「笑いましたわね今!? ユミエさんの専属メイドだからと大目に見ておりましたが、そろそろ本格的にライバル認定しなければならないようですわね!?」
「二人とも、何を争ってるんですか……」
可愛い俺を抱っこして愛でたいってことなのかもしれないが、そういうのはちゃんと仲良く順番にだぞ。
ていうか……。
「モニカさんは、夜にたくさんぎゅってしてるじゃないですか。おやすみなさいのちゅーもしてるんですから、そんなに羨ましがらなくてもいいと思うんですけど」
「あっ、ちょっ、ユミエさん、それは内緒ですわ!」
「……モニカ様、ちょっとお話せねばならないようですね……」
どうやら、俺の介入は火に油を注いだだけらしい。
余計にやいのやいのと騒ぎ始めた二人を見て、俺は苦笑を漏らす。
「愛されてるねえ」
「あはは……すみません、騒がしくて」
「いいってことさね。あんたのそういうところが、セオを救ってくれたんだろうさ」
ジャミリーさんは、二人のバトル(?)を快く受け入れてくれた、んだけど……。
……あれ、もしかしてこの騒がしさ、俺の責任ってことになってる?
「さあ、騒ぐのもいいけど、着いたよ」
そうしているうちに、俺達は森を抜け、開けた場所に辿り着いた。
港町でも木造の家が多かったが、ここは更に一段と風情がある、藁と木で出来た丸い家が転々とする村。
緑色の髪と猫の耳や尻尾を持った人が、布を巻き付けたような独特の民族衣装を纏って行き交う、まったりとした雰囲気の場所だった。
「ここが、主に翠猫族が暮らしてる里さね。さあ、セオとユミエが治療を受ける医院はもう少し先だ、もうひと踏ん張りだよ」
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