第72話 神獣国ユーフェミア

 オルトリア王国を出て、早一週間以上。今日中には神獣国ユーフェミアに到着するだろうと言われている朝、俺はここ数日行っているいつもの日課に取り組んでいた。


「これをこうして……よし、出来ました! ほら、セオ、早くこっちに来てください」


「う、うん」


 セオを促し、姿見の前に立たせる。


 するとそこには、これまでとはだいぶ雰囲気の変わった彼女の姿が映し出されていた。


 長い前髪を右に流して髪留めで固定し、黒く染まった顔を覆うような髪型に。

 服も、片腕がないのを念頭に少し改造を施し、右側だけ半袖にして着替えやすくしてある。


 セオが少しでも自分に自信が持てるよう、俺とリサ……それに、モニカとも一緒に意見を出しあってプロデュースした、新生メカクレ属性セオちゃんだ。


 ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛い。


「どうですか?」


「……なんだか、私じゃないみたい。それに、その……ユミエとお揃い、嬉しい」


 自分の前髪に触れながら、セオは嬉しいことを言ってくれる。


 そう、メカクレ属性はセオの変色した肌を隠すためのものなので、顔に重度の火傷を負った俺も、同じ髪型にしているのだ。


 ぐっと親指を立ててセオと笑みを交わしていると、そんな光景を見たモニカがボソリと呟く。


「ユミエさんとお揃い……むむむ、私も同じ髪型にしようかしら」


「あ、やってみますか? みんな一緒です!」


 羨ましそうなモニカに、待ってましたとばかりに俺は手を叩く。


 こういうファッションは、同じ障害持ちの俺より、健常者であるモニカが真似してくれた方がセオの自信に繋がるはずだ。


 それに、セオもモニカとお揃いの方が嬉しいだろうし。

 なんたって、セオを立ち直らせてくれたのはモニカだからな!


 ……それを言うと、モニカからは「私は何もしておりません、ユミエさんの力ですわ」って言われたんだけど、俺こそ何もしてなくない? 怒らせちゃっただけだよ?


 まあ、そんなことはいいか。

 今、セオが元気に笑ってくれてる。それで十分だ。


「モニカ、いるか?」


「お父様、はい、おります。入ってもよろしいですわよ」


 そうしていると、部屋の中にモニカのお父さん、カース公爵がやって来た。


 俺達三人でお揃いの髪型にしている光景を見て、どこかホッとしたように目を細めた公爵は、手早く用件を教えてくれる。


「そろそろ、ユーフェミアが見えてきたぞ。良かったら、甲板に上がってみるといい」




「おお~! あれが神獣国ユーフェミアですか!」


 まだ少し距離はあるものの、海ばかりだった景色にいつの間にか大きな陸地が現れていた。


 石造りの家が多かったオルトリアと違い、遠目に見える町並みには木造の家が目立つ。

 船が向かう先というだけあって、大きな港町になっているそこには多数の船が停泊していて、なんだか海賊映画のワンシーンでも見ているみたいだ。


「うん?」


 そんな風に思っていたら、港の方から二隻の船がこっちの方に向かってくるのが見えた。


 風の力を制御して、俺達の船の傍でぐるりと回頭した二隻は、そのままピタリと横を並走する。


「うわぁ、カッコいい……!」


 並んだ船は、多数の砲塔が立ち並ぶ戦闘艦だった。


 軍艦にはあまり詳しくないが、船の側面に三列も砲塔が突き出す窓が空いてるのは、相当強い船なんじゃないか? それこそ、艦隊を組んだら司令官が乗り込むような、一番大きい船。


 そんな船が二つも出てくるってことは、本当に一番強い船はまだ他にあるんだろうな。うわー、見てみたい!


「ふん……いきなり軍艦で挟み込むなんて、牽制にしても随分とご挨拶ですわね」


 ただ、モニカは俺と違って、ユーフェミア側の対応が少し不満みたいだ。

 いや、よく見るとモニカだけじゃなくて、公爵や船の乗組員さん達も、どことなく顔が強張ってるように見える。


 ……うん、なんというか、初めて見る軍艦に一人だけテンション上げてた自分が恥ずかしい。


「お嬢様は、それでいいと思いますよ。そういう頭の緩いところ、私は好きです」


「リサ、ありが……待って、それ褒めてるの!?」


 暗に俺のことをおバカだと言ってのけたメイドに文句を言うも、しれっとスルーされてしまう。


 むきー! とぷんすかしていると、それまでどこか緊張感を漂わせていた船内の空気が霧散し、ほっこりと温かい眼差しが向けられていることに気が付いた。


 ……もっと恥ずかしくなった!! リサのバカ!!


「ふふ、やっぱりユミエさんは世界一素敵ですわ」


「……あんまり嬉しくないです」


 ぷくっと頬を膨らませると、そんな俺の機嫌を直そうとするかのようにモニカは俺をそっと抱き締め、頭を撫で始めた。


 ……まあ、結果としてみんなの空気が明るくなったんだしね、俺一人恥ずかしい思いをするくらいどうってことないよね。


 決して、俺が撫でられただけであっさりご機嫌になるチョロい子だというわけではない。


「港まで護送すると連絡があった。皆、接岸の準備を始めてくれ!」


 そうこうしているうちに話がついたのか、この船の船長さんから乗組員さん達に号令がかかった。


 慌ただしく動き始めた彼らの邪魔にならないよう、俺達は一旦船室に退避する。



 そして間もなく、船が港に到着した。


「うわぁ~、すごい……!」


 リサに車椅子を押されながら船を降りた俺は、遠目に見た時よりも更に瞳を輝かせる。


 ユーフェミアはセオと同じ獣人達の国と聞いていたけど、実際に目にするとやっぱり新鮮というか、異世界に来ちゃったって感じがする。


 いや、元々異世界だったけどね、俺にとっては。最近すっかり意識することもなくなってたけど。


「私も他国に来るのは初めてですけれど、やっぱり話に聞くのとは全然違いますわね。……セオさんにとっては、見慣れた景色ですの?」


「うん。でも……またここに来られるとは、思ってなかったな……」


 モニカと一緒に俺の隣に立っていたセオが、どこか遠い眼差しで港を見渡す。

 その瞳には、一言では言い表せないくらいたくさんの感情が入り交じっているように見えて、声をかけるのは躊躇われた。


 少しそっとしておこう、と、俺も一緒になって、港町の往来をゆっくりと眺める。


「ようこそいらっしゃりました、オルトリア王国の皆さん」


 そうしていると、俺達の下に華美な民族衣装を纏った猫獣人の少年がやって来た。


 緑の髪が、聳え立つ大樹のように鮮やかな色彩と存在感を放つ、独特の雰囲気。

 シグートとあまり変わらない年齢の子に見えるけど、傍に赤髪の虎っぽい人が護衛みたいな感じで付き従ってるし、偉い人なのかな?


「ワシはセイウス、“百獣評議会”の現議長ですじゃ。ちなみに、こんな見た目じゃが歳は百を越えとるので、よろしくお願いするでの」


「えぇ!?」


 あまりにも予想外の言葉にうっかり叫んでしまい、俺は慌てて口を塞ぐ。


 やばい、確か事前に聞いた話だと、議長ってこの国で今一番偉い人だよな?

 そんな人に向かって今のリアクションは失礼過ぎた。心なしか、隣に立ってる虎顔の男の人も怒ってる気がする。


 あんまり睨まないで、怖いから。


 でも、議長さんはそんなに気にしていないのか、「かかかっ」と軽快に笑い始めた。


「よいよい、そんな風に素直に驚いて貰えると、こちらとしてもネタを振った甲斐があるというものよ」


「議長……」


「そうカッカするな、ライガル。焦らずとも分かっとる」


 議長さんの目が、俺の隣にいるセオへと向けられる。


 同じ国の人とはいえ……いや、むしろ同じ国の民だからこそ、議長という役職に座る人を前にすると緊張するのか、セオは気後れしたように後退ってしまう。


 そんなセオの手を、俺はそっと掴んだ。


 大丈夫だから、自信を持って、と。


「セイウス様、わざわざご足労いただき感謝致します。私、此度の件で王の名代として参りました、カース・ベルモントと申します」


「ご丁寧にどうも。まさか、オルトリアに名高き公爵殿に来ていただけるとは思いませんでしたわい。とはいえ、叶うのであれば新たな王にお目通り願いたかったですがの」


「生憎、王は代替わりを果たしたばかりで、王都を離れられず。落ち着き次第こちらに訪問したいと申しておりましたので、それはまたの機会に」


「いつでもお待ちしておりますじゃ」


 公爵と議長さんが、和やかな雰囲気で会話を重ねている。


 ……んだけど、なんかまたちょっと空気がピリピリしてきた気がする。

 国を背負ってここに立つ者同士、他愛ない会話もまた外交の一つってことなのかな。


「それでは、会談の場を用意しましたので、カース殿はこちらに。そちらで保護していただいた我が国の民は、健康状態など確認したいので、この場で引き取っても構いませぬかな?」


「もちろんですとも」


 そんなやり取りの後、ライガルと呼ばれていた青年が、セオの前にやって来る。

 ちょっと怖い雰囲気の人だと思ったけど、セオの前で膝を折ると、優しい声色で手を差し伸べた。


「辛かったろう、もう大丈夫だ。さあ、こっちへ」


「…………」


 差し伸べられた手に、どんな反応をしたらいいか分からないのか、セオはライガルさんと俺との間で何度も視線を彷徨わせる。


 迷っている様子のセオの背中を押すべく、俺はにこりと笑いかけた。


「行ってください、また落ち着いたら、改めて会いましょう」


「……うん。ユミエ、またね。……絶対だよ?」


「はい、約束です」


 まだ少し不安そうなセオと指切りを交わし、再会を約束する。

 そんな俺達を、ライガルさんはどこか驚いたような表情で眺めていた。


「……では、行こうか」


「はい……」


 ライガルさんに手を引かれ、セオが離れていく。

 途中、何度も俺達の方を振り返っては足を止めるセオに、俺は苦笑混じりに何度も手を振るのだった。

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