第71話 獣人達の会議

 神獣国ユーフェミアは、体の一部に獣の特徴を持つ人間──獣人の部族が寄り集まり、支え合うような形で誕生した国だ。


 そのため、国が出来た最初期の段階から“王”という存在は置かず、各部族の代表が集まって会議することで国の方針を決める、議会政治の形を取っていた。


 一応、会議を取り纏める“議長”という役職は存在するのだが、各部族で持ち回りの上に特別大きな権限があるわけでもない、会議の進行役といった側面が大きい。


 その名も、“百獣評議会”。ユーフェミアの最高意思決定機関である。


 この世界においてはまだ珍しい、先進的な政治形態を持つユーフェミアだが、当然ながらその政治が持つ欠点もまた同時に抱えることになっていた。


 すなわち──一度意見が割れると、なかなか話が先に進まないのだ。


「同胞を奴隷として扱った国の使節団だぁ? ふざけんな!! そんな国とこれ以上、仲良しこよしの話し合いなんか出来っかよ!! 何よりもまず、同胞を傷つけられた落とし前をキッチリつけるべきだろ!!」


 テーブルに拳を叩き付け、ダンッ!! と鈍い音が会場に響く。


 荒々しい口調で叫ぶのは、赤虎せっこ族代表のまだ年若い青年、ライガル。

 血気盛んな若者らしく、過激な意見を飛ばす彼に対し、対面からは呆れ混じりの溜め息が溢れた。


「バカなことを言うんじゃないよ。確かに、同胞を奴隷として扱われたことは腹立たしいがね、オルトリアもそれを隠すことなく、正直に打ち明けて同胞を送り返そうとしてくれているんだ。バカをやらかした貴族は既に一族郎党粛正されているというし、最低限の義理を果たした相手に一方的に喧嘩を売るなんて、それこそワシらの品格を下げるようなものさね」


 冷静にライガルを窘めるのは、白猿びゃくえん族代表の老婆、ジャミリー。

 現在の百獣評議会では最高齢の女性であり、政治経験も豊富。その分、彼女の意見には筋が通っている。


 だが、ライガルの主張も、決して個人的な感情論だけのものではなかった。


「うるせえババア!! 俺らトップが日和ってたら、下の連中も怖くてついてこれねえだろうが!! ここで俺ら獣人の誇りを示さなくて、いつ示すんだよ!!」


 何度も言うが、ユーフェミアは獣人の部族が複数寄り集まり、互いに支え合うことで生まれた国だ。

 同胞との絆を第一とし、その信頼と誇りを胸に一つに纏まっている。


 そんなユーフェミアのトップである百獣評議会が、同胞よりも他国との関係を重視した政策など打ち出し、不信感が高まれば──早晩、この国は空中分解してしまうだろう。ライガルは、それを懸念しているのだ。


 しかし、それくらいはジャミリーとて理解している。


「だからって、他国を殴っていい理由にはならないだろう。元々、ワシらの身内がやらかしたせいで、青狼は奴隷に堕ちてしまったというのに」


「っ……クソッ!!」


 ジャミリーの指摘に、ライガルは思い切り吐き捨てる。


 そう、青狼族を奴隷として扱ったことを許せないと言うのであれば、そもそも青狼族が奴隷堕ちする原因を作ったのは、同じ獣人なのだ。


 金狐族──闇の商人と内密に通じていた彼らが、獣人の中でも特に優れた身体能力を持っていた青狼族を騙し、奴隷として売り渡すことで荒稼ぎをしていたという事実。


 気付いた時には、既に金狐族全員帝国へと亡命した後で、ただただ罪なき同胞を失うだけに終わった恥ずべき大事件だ。


 その失態によって失った信頼を取り戻さなければ、国が持たないと焦るライガルと、その失態があるからこそオルトリアを責められないだろうと諭すジャミリー。


 それぞれに多数の賛同者が入り交じり、喧々囂々の有り様と化した会議室を、議長席に座る“少年”は困り顔で眺めていた。


(いやー、どうしたもんかのー、これ。全然収まりがつきそうにないわい)


 見た目だけならライガルよりも年若く、子供にしか見えない。だが、実年齢はジャミリーに次いでこの議会の中でも特に高齢という変わり者である彼の名は、セイウス。


 持ち回り、というユーフェミアの政治形態によって嫌々議長の座に座らされた、翠猫すいびょう族の代表である。


(それもこれも、うちの孫がさっさと代表の座を変わってくれないからじゃ、全く面倒臭いのぉ)


 はあ、と、セイウスは人知れず溜め息を吐く。


 獣人族は、基本的に魔法を使えない。体内に有する魔力は、その高い身体能力の発揮に利用されている。


 そんな獣人の中にも、例外的に魔法にも似た特殊な能力を発揮する部族がいた。そのうちの一つが、翠猫族だ。


 彼が本来老人と呼ぶべき年齢でありながら、子供のように幼い見た目を維持しているのも、その能力によるもの。そして、翠猫族は代表者を決める際、能力が最も強いものを選出するようにしていた。


 結果、セイウスは本人の望みとは裏腹に、既に六十年以上翠猫族の代表として百獣評議会に参加していた。

 さっさと引退したい、が、ここ二十年ほどの彼の口癖である。


(大体、この会議に何の意味があるのやら……ワシらのすべきことなど、とうに決まっておろうに)


 散々言い争っているライガルやジャミリーには悪いが、セイウスからすればこんな会議は結果の決まりきった時間の無駄だ。


 ユーフェミアという国の特徴と、現在の情勢を考えれば、答えは一つしかない。


(オルトリアから来る使節が、奴隷になっていた青狼の子をどう扱っていたか、その子が何を願うのか……それ次第じゃな)


 オルトリア王国が、本当に誠心誠意ユーフェミアへの義理を果たそうと尽くしたのであれば、青狼の子もオルトリアへの攻撃など嫌がるだろう。

 実際に虐げられていた子の言葉だ、それが本心からのものであるならば、国民への説明としても納得して貰える公算は高くなる。


 だが逆に、その子が十分な精神ケアを受けられず、民への説明すらままならないほどに疲弊しているようなら……百獣評議会がどんな決定を下そうと、民の中でオルトリアへの怒りが爆発しかねない。


 そもそも……金狐族と繋がっていた商人が、オルトリアの手先なのではないかという疑惑すらあるのだから。


(よほど、そのようなことはないと思うが……人は、信じやすいものを信じてしまう生き物じゃからの)


 あくまで疑惑は疑惑であり、現状ではその可能性は低い。

 しかし、あまりにもオルトリアの対応が悪いようであれば、もはやそれを疑う他なくなってしまうだろう。


 更に言えば、闇の商人から流れた奴隷をオルトリアの貴族が有していたことはれっきとした事実であり、それを大義名分に戦争を起こすというのは、国際的に見てもジャミリーが言うほどあり得ない暴挙というわけではなかった。


 そして、もし仮にそのような状況になれば……セイウスも、大人しく寝ているつもりはなかった。


(ワシとしても、同胞の子供が手酷い扱いを受けたと聞いては、心穏やかにはいられんからの)


 金狐族という裏切り者を出してしまったが、ユーフェミアの……獣人の誇りは、この場にいる誰もが未だ胸に抱いている。だからこそ、結果の分かりきった会議であろうと、皆真剣に議論しているのだ。


 これから帰ってくる、たった一人の同胞のために。

 それを受け入れる自分達が、何をするべきなのかを。


「ライガル、ワシだってね、とっくに腹は決まってるんだよ。必要とあれば……誰が相手だろうと、同胞のために牙を剥くよ」


「ふん……言うじゃねえか、ババア」


 そうこうしているうちに、ようやく話が纏まり始めて来たらしい。


 帰ってくる同胞の子を癒すための施設と人員に関してはとっくの昔に決まっていたので、後はオルトリア王国への対処について纏まれば、やっと議会を解散出来る。


 この機を逃してなるものかと、セイウスは大仰な仕草で立ち上がった。


「決まりじゃの。オルトリア王国への対応は、連中が保護した同胞の状態をこの目で確認してから、改めて判断する。もし仮に、その子がここへ戻ってきてなおオルトリアへの復讐を望むようであれば──その時は、戦を起こすことも辞さん」


 口ではそう言いながら、セイウスは思っていた。出来れば、そうあって欲しくないと。


「皆も、そのつもりで準備しておいてくれ。“我が魂は同胞のために”」


「「「“我が力は友のために”!!」」」


 胸に拳を打ち付け、ユーフェミア独特の誓いの言葉を交わす獣人達。


 しかし、血気に逸る議員達も、そんな彼らをなんやかんやと綺麗に纏め上げているセイウスでさえ、まだ知らなかった。


 そのオルトリアで保護された同胞、青狼族のセオはこの時既に、たった一人の少女によって救われていることを。


 オルトリアへの復讐心などもはや欠片もなく、身も心もとっくにデレデレに堕ちているということを……。

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