第65話 ナイトハルト家の末路・後編
悲鳴を上げる使用人達を適当に捕まえ、ローラン・ナイトハルトの所在を聞き出し──そして、屋敷の地下通路へ向かったことを突き止めたニールは、その途中でローランに追いついた。
「クソッ、もう来やがったのか!! 使えない連中め!!」
ローランは、傍らにローブで身を隠した少女が一人いる以外、護衛らしい護衛も連れていなかった。
苛立ちも露わに叫んだ彼は、すぐさまその少女に指令を下す。
「おい、お前!! 早くあいつを処理しろ!! 俺に近付けさせるな!!」
やたらと大きな荷物を持っていた少女は、ローランの言葉に反応してそれを投げ捨て、ローブの下に隠されていた体を露わにする。
それを目の当たりにした瞬間、ニールは驚きのあまり目を見開いた。
「その、体は……」
「はははは、驚いたかガキ!! これこそ、我がナイトハルト家が長年続けてきた研究の成果だ!!」
少女の片腕は、人間の物ではなかった。
もはや原形すら分からないほどに数多の魔物の特徴を内包しつつ、それを金属製の魔道具で無理矢理つなぎ合わせることで強引に腕としての形を与えたモノ。
首には、この国では存在しないはずの奴隷身分を表す首輪を装着し、顔の半分はまるで異形の腕から浸食を受けているかのように浅黒く変色し、真紅に染まった瞳を浮かべている。
魔物と人間を無理矢理継ぎ接ぎしたかのような異形の少女を目の当たりにして、ニールは呼吸すらも忘れてその場に立ち尽くす。
「……逃げ、て……」
「え?」
そんなニールに声をかけたのは、異形の少女だった。
動きを止めてしまった彼に、少女は涙を溢しながら……切実な声で訴える。
「私は、これ以上……誰も、殺したくない。だから、逃げて。無理なら、せめて……私を、殺して」
「…………」
スッと、ニールがその表情を消す。
それを、諦めたとでも思ったのか。ローランは愉悦の表情で叫んだ。
「今更後悔しても遅い!! ナイトハルトに逆らったこと、あの世で後悔しろ!! 殺れ!!」
ローランの指令が下り、少女は異形の腕でニールを襲う。
しかし、その腕はニールが素早く構えた剣によって受け止められ、彼の命を奪うには届かなかった。
あまりにも予想外の事態に、少女も……そしてローランも、目を見開いた。
「は……? いや、ありえないだろう? オーガの十倍以上の力はあるはずだぞ!? それを、お前みたいなガキがどうして……!?」
少女とニールの体格に、大きな差はない。だが、少女の腕はそれ単体で少女自身の肉体よりも大きく肥大化し、流れる魔力が鋼すら越える頑丈さと、重量。加えて、それを振り回すに足る強靭な筋力を与えている。
事実、腕による一撃を防いだニールの足元は、クレーターの如く陥没していた。
それでも、ニール自身の体は、ただの一歩たりとも後退させることは出来ていなかった。
そんなあり得ない現実を誇るでもなく、ニールは淡々と語り出す。
「良かったよ。お前が、救いようのないクズで」
「は……?」
実のところ、ニールは今回の作戦に、少しばかり迷いを覚えていた。
ユミエが傷つけられたことは許せないが、主犯のアルウェでもなく直接関わりのないナイトハルト家に、この怒りをぶつけるように叩き潰してもいいものかと。
そんなことをするくらいなら、誰よりも今苦しんでいるはずのユミエの下に向かい、傍で支えてやる方が良かったのではないかと。
だが、そんな迷いも今この瞬間、完全に晴れ、理性によって押さえ付けられていた感情が発露する。
こいつは、何がなんでも今日ここで終わらせてやると。
「お前みたいな奴がいるから、ユミエがいつまで経っても安心して暮らせないんだ。お前は、絶対に俺の手で叩き斬る!!」
感情に伴い溢れ出た魔力が、ニールの刃に纏わりつき、一回り大きな剣を形作る。
以前、ベルモントの森を消し飛ばしたのとほぼ同量の魔力。それを、今回は常識的な剣のサイズにまで凝縮し、鋭く洗練させている。
まだ、森での一件から一年と経っていないとは思えないほどの、驚異的な成長速度。
それが振るわれればどうなるか、火を見るよりも明らかだった。
「はあっ!!」
ニールの剣が、少女の持つ異形の手を斬り落とし、光の魔力で傷口を焼き塞ぐ。
一瞬で走る途方もない激痛によって意識が寸断されたのか、少女は悲鳴を上げる間もなく気を失い、その場に倒れ込んだ。
そんな少女を、ニールは優しく受け止める。
「……ごめんな、父様ならもっと上手くやれたのかもしれないけど、俺にはこれが精一杯だ」
少女を労わるように寝かせたニールは、改めてローランに向き直る。
そんな彼を、死神か何かかと思ったのか。ローランは「ひっ」と声を上げて腰を抜かし、必死に後ずさる。
それを許さず、ニールの剣が、彼の肩を貫いた。
「あぐっ……あぁぁぁぁ!?」
「うるさいな。お前がその子にやった仕打ちと比べたら、それくらい軽いものだろ? 最期くらい、もう少し貴族らしく振る舞えよ。俺の妹なんてな、手足を折られようが、顔を焼かれようが、王女殿下を守るために立ち上がったんだぞ」
「ひ、ひぃぃ……!!」
ニールの抱く激しい怒りの感情に当てられたのか、ローランは恐怖のあまり失禁し、流れ落ちる血もそのままに逃げようとする。
だが、そのままでは逃げ切れないことを理解する程度の頭は残っていたのだろう。彼は最後の最後に、死に物狂いで魔法を放った。
ニールではなく、その背後にいる少女に向けて。
「くっ……!!」
ニールが少女に同情し、守ろうとしていることに気付いていたのだろう。
卑劣な手段に出たローランの攻撃から少女を守るべく、ニールは自ら彼の攻撃に身を晒す。
「ははは! よし、今のうちに──あへ?」
「……本当に、情けない奴」
心底見下げ果てたと言わんばかりの、ニールの冷淡な呟き。
その直後、逃げようと身を翻したローランの背から鮮血が迸り、彼はその場に倒れ伏した。
「せめて、今の魔法を天井に撃って、地下道を崩落させるくらいのことをしてれば、逃げられたかもしれないのにな。……まあ、クズらしい最期か」
ローランの魔法を受けても傷一つないニールは、もはや聞こえていないだろう彼にそう告げながら、ニールは少女を介抱すべくその体を抱き上げる。
その瞬間、突如天井が崩落した。
一体何事かと驚くニールの前に、剣を携えたカルロットが降ってくる。ついでに、崩落に巻き込まれたと思しきグランベルの騎士二人も降ってきた。
「と、父様? どうして上から?」
「む? おお、ニールか。いや、上で戦っていたら、なぜか急に地面が割れてな……」
「なぜかじゃないですよ……」
「あんなふざけた威力の剣と魔法でナイトハルトの屋敷を更地にしたら、そりゃあこうもなりますって……お坊ちゃんもいたのに、巻き込んでいたらどうするつもりだったんですか」
「……ニールなら、地下道の崩落程度で生き埋めになったりはせん。計画通りだ」
お付きの騎士二人から苦言を呈され、カルロットはそっと目を逸らす。
要するに、怒りに任せて暴れ過ぎたせいで、ナイトハルトの騎士団どころか屋敷までをも吹っ飛ばし、その余波で地下道まで崩落してしまったということらしい。
彼の膨大な魔力圧に耐えきれなかったのだろう。砕けた剣の残骸を見ただけで、父がどれほどの力を振るったのか、ニールには手に取るように分かってしまう。
何をやっているんだか、とニールは思ったが……彼自身、たった二振りで自身の剣がボロボロになっていたりするので、人のことは言えなかったりする。
それに、地下道の崩落程度でどうにもならないというのは事実だ。
もっとも、それはニールに限った話で、共にいた少女はその限りではないのだが。
「それより、ニールも無事終わったようで何よりだ。 ……む、その子は?」
「ナイトハルトで実験台にされてた女の子、だと思う。俺が腕を斬り落としちゃったから、早く治療してあげて」
ニールに事情を聞かされ、カルロットもまた同情的な眼差しで少女を見つめる。
しかし、彼は少女の"ある特徴"に気が付くと、目の色を変えて吐き捨てた。
「くそっ!! ナイトハルトめ、最後の最後まで祟ってくれる!!」
「えっ、どうしたんだよ父様。この子がどうかしたのか?」
「よく見ろ、その子の頭を!」
カルロットに言われ、ニールは改めて少女を見る。
青みがかった長い髪に、実験のせいか浅黒く変色した肌。
元の肌は、ユミエと同じく白磁のように白い色をしているが、やはり度重なる実験のせいか所々傷が目立つ。
そして、何よりも特徴的なのは──これまで、フードに隠れていてよく見えなかった頭。
そこには、魔物とも、オルトリアで見られる人々とも異なる狼の耳が生えていたのだ。
「この子は、神獣国ユーフェミアの民だ……! あの国の者は同族意識が強く、仲間を傷付けた者を決して許さん。ましてや、奴隷として扱い、このような非道な実験に利用されていたと知られれば……間違いなく、国際問題になるぞ……!!」
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