第57話 襲撃者の正体

「やあっ! はあっ!」


 まだ日の出が始まってすぐの、朝も早い時間帯。離宮に来てからは、この時間に訓練するのが俺の日課になっている。


 リフィネが目を覚ましてからは、ずっと傍にいて訓練の時間も取れないからな。まだあの子が寝ているうちに、体を鍛えておかないと。


「ふぅ……」


 けど、今日はどうにも剣先が鈍るというか、いまいち集中しきれてない感じがした。

 まあ、理由なんて分かりきってる。例の実家からの手紙が来て以来、メイドのメイがいなくなってしまい……事情を聞かされていないリフィネが、すっかり消沈してしまっているのだ。


 俺自身、事情が分からないのは同じだから、心の中にずっとモヤモヤしたものが蟠ってる。


「あー、ダメだなぁ……こんなんじゃ、いつまで経ってもお兄様に追い付けないよ」


 溜め息を一つ、俺は剣を鞘に収める。

 まだまだ小さな俺の体じゃ、腰に携帯するのも少し辛いってことで、鞘ごと抱えて持つしかないっていう現状を前に益々溜め息を溢していると、視界の端に思わぬ人物の姿を捉えた。


「あれ、シグート? どうしてここに?」


「やあ、ユミエ。少し余裕が出来たからね、会いに来たんだ」


 ここには来れないと言っていたのに、どうしたのだろうか?

 そんな疑問を覚える俺に、シグートはいつものように笑いながら口を開くのだが……なんだろう、少し違和感を覚える。


「ここで立ち話もなんだし、王宮の方で話さないかい? あまり僕がここにいることを知られたくもないからね」


「この時間帯なら、誰も来ませんよ?」


「いいからいいから。ちょっといい茶葉が手に入ってね、最初はユミエと二人きりで楽しみたいんだ」


 俺の手を取ったシグートは、そのまま王宮の方へ向かおうとする。

 無意識に剣を抱く力を強める俺に、シグートは微笑んだ。


「その剣、重くないかい? 僕が持とうか?」


「いえ……これでもグランベルの娘ですから。剣は騎士の魂ですし、自分で持ちます」


「そう、立派だね」


「いえ……大したことでは」


 シグートに連れられて歩きながら、俺の中で違和感がどんどん膨らんでいく。

 早朝だからというのもあるだろうけど、さっきから人を全く見ない。朝から仕事しているであろうメイドすらも。


「リフィネの様子はどうだい? 元気にしてる?」


「メイがいなくなって、少し落ち込んでいます」


「そうか。まあ、メイドの入れ替わりなんてよくあることだし、そんなに気にしなくても……ユミエ?」


 気付けば、俺はシグートの手を振り払い、剣を抜いていた。

 これまでの訓練の成果を存分に活かした、素早い抜剣。そのまま、俺は切っ先をシグートの喉元に突き付ける。


「あはは……どうしたのユミエ、怖い顔をして」


「あなた、誰ですか? シグートじゃありませんよね?」


 ピクリと、一瞬だけシグートの動きが不自然に止まった。


「……あはは、そんなわけないじゃないか。僕は間違いなく、シグート・ディア・オルトリアで……」


「しらばっくれないでください。私が……たかが見た目や声を同じにしたくらいで、大切な友達を間違えるとでも思っているんですか?」


 最初は、シグートが俺に何かメッセージを伝えたくて、わざと変な違和感を振り撒いてるのかとも思った。

 けど、違う。今目の前にいるこいつからは、シグートらしさをまるで感じない。


 シグートは……たとえ冗談でも、リフィネの大切な人がいなくなったことを、"気にしなくていい"なんて言ったりしない……!!


「どんな手を使って変装しているのか、それとも元からそういう顔なのかは知りませんが……これ以上王族の名を騙り続けるなら、このまま首を落としますよ」


 確信と共に剣に力を込める俺を見て、本気だと悟ったのか。

 シグートの姿をしたそいつは、頭を押さえて笑い始めた。


「はははは! いやはや、まさかこうもあっさり見破られるとは。この魔道具、自信作だったのですがね」


 その瞬間、目の前で空間がぐにゃりと曲がる。

 俺より頭一つ大きい程度だった身長が更に伸び、シグートとは似ても似つかない──見覚えのある男の姿に変わったことに、俺は驚きを隠せなかった。


「アルウェ……ナイトハルト、閣下!?」


 動揺する心を落ち着かせようと、俺は一旦距離を取る。

 ここまで大きく姿を変える魔法を使ってて、全く気配を感じなかった……!!


「ふむ、あっさり見破られて少し自信を失いそうでしたが、その様子を見るに十分驚いていただけたようで何よりです。これもまた、ナイトハルト家で作られた新作の魔道具なのですよ。魔法による変装はあまり派手にやると周囲の人間に感付かれやすくなりますが、これを使えば全く気付かれることなく変装出来ます」


 ほらね、と、アルウェが見せびらかすのは魔法陣が刻み込まれたブレスレット。

 俺も、どちらかというとそういう気配を悟られない力加減で魔法を使うのを得意とするタイプだから、余計にその魔道具の凄さは分かる。


 だからこそ。


「それで……シグート王子に化けてまで私に近付いたのは、何の目的ですか……!」


 相手は侯爵だ。俺よりずっと立場は上だし、こんな風に剣を向けたままというのは不敬かもしれない。


 でも、王子の名と姿を騙って近付いてくるなんて、俺が侯爵に剣を向けるより何倍も不敬だ。だから、俺は内心の焦りを悟られないように、真っ直ぐ剣を構え続ける。


「そんなもの……君の身柄を抑えるために決まっているでしょう?」


 彼がそう言った瞬間、周囲から一斉に謎の黒服達が現れ、俺に飛び掛かって来た。


「あぐっ!?」


 目の前のアルウェに集中していたせいで対応しきれず、俺は地面に押さえつけられる。

 すぐに、異変を知らせるために爆音を鳴らす魔法を紡ごうと腕を伸ばして──アルウェに、思い切り踏みつけられた。


「いぎッ……あぁぁぁぁ!!!!」


 ボキッ、と鈍い音が頭に響き、激痛のあまり悲鳴を上げる。


 魔法を使う必要もなかったほどに大きな声だったけど、やっぱり周囲に人の気配はない。

 何をしたのか、と、俺は涙の滲む視界でアルウェを見上げた。


「令嬢を一人拉致しようというのだ、消音と人払いの魔法くらい使っているとも。無駄な抵抗はやめて、大人しくこちらの言う通りにするんですね。そうすれば、苦しまずに済む」


「はあっ、はあっ、はあっ……一体……何が、目的……なんですか……」


 痛みに喘ぐ俺に、アルウェは醜悪な笑みを浮かべながら、言い放つ。


「リフィネ王女……彼女の評判とその心に、決して消えない傷痕を残すためだよ。二度と表舞台に立てなくなるように、徹底的にね」

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