第58話 拷問
「リフィネの評判と、心に……傷を……?」
アルウェの言葉を、信じられない思いで反芻する。
そんな俺に、アルウェは「そうとも」と当然のように頷いた。
「君の力添えのせいで、彼女の国内人気が一気に高まってしまいましたからね。シグート王子の戴冠とその後の治世を確実なものとするためには、王族の人気は王子に集中していることが望ましい。端的に言って、目障りなのですよ」
「っ……!!」
ふざけるな、と、よっぽど叫んでやりたかった。
シグートの戴冠なんて、現状でほぼ確定だろう。リフィネも、別に自分が女王になりたいなんて思ってない。
パーティーで貴族人気を集めたのは、あくまでリフィネの自衛のためで……リフィネに、もっと周囲から愛される、普通の女の子になって貰いたかったからだ。
それが、目障りだって?
パーティーでの、リフィネの言葉を聞いて、あの子の笑顔と姿を見て……それで、出てきた感想が、それだけだって言うのかよ!?
「だから王女を呼び出し、"気に入らない貴族に不当な暴力を振るう我が儘姫"の印象を復活させてやろうかと思ったのだ」
視線を左右に向けてみれば、俺を取り押さえている貴族達は、あの時パーティーに出席していた王族派の連中だと。
……俺を口実に呼び出して、リフィネが俺を助けようとして振るった暴力を、不当なものだって喧伝する気か!!
元々、リフィネはそういう立ち振舞いをしていたから、俺一人の証言くらい握り潰せると踏んで!!
「もちろん、殺してしまうのが一番簡単だが……もし王子に何かあれば、代わりとなるのもまたあの王女だけですからね。私としても、スペアは念のため残しておきたいのですよ。可能な限り、ね」
その言葉で、確信した。こいつは別に、シグート自身のことすらどうでもいいと思ってるんだ。
ただ、シグートが持っている次期国王という肩書き。その絶対の権力にしか、興味はないのだと。
だったら、絶対にこいつの思い通りになるわけには行かない。何がなんでもここから逃げ出さないと。
けど……今の俺には、どうすることも出来なかった。
「そういうわけだ、リフィネ王女を呼び出して貰えるかな? そのために、君たちにわざわざ直通の通信魔道具を贈ったのだからな」
「っ……絶対に、お断りだ……!」
プレゼントすら、このために用意したものだったのか。伝令や、他の手段だと盗聴の恐れがあるから、絶対にそうならないと確信出来る自家製の通信機を持たせたんだな。
クソ野郎が、と内心で吐き捨てる俺に対し、アルウェは「それは困った」と言いながら手を伸ばし、イヤリングを奪い取る。
「まあ、それなら私が直接呼び出すまでですがね」
アルウェはイヤリングに刻まれた魔法を発動し、リフィネへと通信を繋げる。
頼む、まだ寝ていてくれ──そんな俺の願いも虚しく、イヤリングからリフィネの声が聞こえてきた。
『ユミエ……? どうしたのだ、こんなに朝早くに……』
「その令嬢の身柄は預かった。返して欲しければ、一人で王宮地下通路を通って、王都の外れにある寂れた教会まで来るといい。誰にも言うなよ? 言えばこの令嬢の命はない」
魔道具で声を変えながら、アルウェはイヤリングに向かって淡々と語る。
通信越しにも、リフィネが動揺しているのが伝わってきた。
『どういうことだ……? ユミエはそこにいるのか!? なあ、ユミエ、いるなら答えてくれ!!』
「姫様がお望みだぞ? さあ、声を聞かせてやるといい。"助けてくれ"と、そう言うんだ」
アルウェが、俺の口元にイヤリングを近付ける。でも、俺は一言も……「来るな」とさえ発しなかった。
俺がここにいるって、そう確信を持たれたら……リフィネは、絶対にこいつの思惑通り、たった一人でここに来てしまうだろうから。
「……ふむ、強情だな」
イヤリングを俺の口元のすぐ近くに置き、アルウェが立ち上がる。
どうするつもりかと、視線だけでその動きを追っていた俺の前で、アルウェはおもむろに足を持ち上げ……折れた俺の腕を、もう一度踏みつけた。
体重を乗せ、念入りに、踏みにじるように。
「ッ~~~~!!!!」
痛いなんてもんじゃない。頭の神経が焼き切れるんじゃないかってくらいの激痛に、思わず悲鳴を上げそうになる。
それでも、絶対に声だけは上げない。ほんの僅かでも、俺が本当に捕まったのかどうか、リフィネが疑念を抱くように。
他の誰か……リサや、グランベルの騎士に相談しようって考えを、リフィネ自身が抱けるように。
「仕方ない……なら、これはどうだ?」
イヤリングの位置を変え、足の近くに移動させる。
その上で、今度は俺の足を踏みつけて……容赦なく、骨をへし折られた。
「ッ……ぐぅっ……!!」
ボキッ、と鈍い音が再び響き、いくら声を我慢しようが関係なしに響く物理的な音が、イヤリングに拾われてしまう。
それを以て、アルウェはもう一度リフィネに呼び掛けた。
「声は届けられなかったが……聞こえたかな? 今のが、人の骨が砕ける音だよ。ユミエ嬢を二度と自分の足で歩けない体にしたくないのなら、早く来るといい」
『待て!! 行く、行くから……!! 一人で行くから!! ユミエに酷いことをしないでくれ!!』
案の定というか、リフィネはアルウェの口車に乗ってしまった。
これ以上は堪えても意味がないと、俺も声を張り上げる。
「やめてリフィネ!! こいつらの狙いはあなたです!! 私なら、大丈夫だから……!! 他の誰かに、ちゃんと話して!! 絶対に、一人で来ちゃダメです!! そうされるのが、こいつらにとっても一番……!!」
「おっと、それ以上は喋り過ぎですね」
「うぐっ……!?」
アルウェが俺の髪を掴み上げ、無理矢理顔を上げさせる。
「私は、やると言えば必ずやるぞ? もし王女がこのことを人に話せば、確実に君を殺す。証拠に、そうだな……君、随分と自分の容姿に自信があるそうじゃないか」
何をする気かと身構える俺の前で、アルウェの腕に巻かれたブレスレットが光り、掌に炎の魔法が灯る。
それを、ゆっくりと見せ付けるように、俺の顔に近付けて来た。
「二度と人に顔向け出来ない姿になったら……君も、少しは命乞いしてくれるかな?」
「閣下、いくらなんでもそれは……」
「うるさい、君達は大人しく私の言うことを聞いていろ」
恐怖のあまり、心臓が竦み上がる。
俺は、この可愛さを頼りに周りの人達と仲良くなってきたと思ってるし、それを失った時どういう目を向けられるのか、考えるだけでも恐ろしい。
やめてくれって、助けてくれって、よっぽど叫び出したい。
でも……それでも。
「誰が、命乞いなんてするか……ばぁーか」
リフィネを危険に晒すくらいなら、これまでの全部を失った方が断然マシだ。
そう、笑みと共に告げた俺を、アルウェもまた嗜虐的な笑みで見つめ返した。
「良い覚悟だ……それでこそ、壊し甲斐があるよ。本当に」
『やめろ……やめてくれ!! 行くから、ちゃんと一人で行くから!! だから、ユミエだけは!!』
俺よりもよっぽど辛そうなリフィネの声を最後に、燃え盛る炎の塊を顔面に押し付けられて。
ついに堪えきれず、俺は悲鳴を上げてしまった
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