第55話 剣術訓練
リフィネの誕生日パーティーから、数日が経った今。俺はまだ、離宮で暮らしている。
リフィネの立場も安定してきたし、そろそろグランベル領に帰ろうかなとは思いつつあるんだけど、なんやかんや結構居心地が良いし……何より。
お父様やお兄様、それにグランベルの騎士達まで未だここに居座ってるから、特に帰る理由がないというのもある。
「やあぁ!」
そんな騎士の一人──隊長のバストンさんに、俺は離宮の庭園で訓練を付けて貰っていた。
訓練用の模擬剣を手に、教わった体重移動を意識しながら精一杯振り降ろす。
そんな俺の渾身の一撃を軽々といなしながら、バストンさんは微笑ましそうな眼差しで俺のことを見つめていた。
「良いですよお嬢様、以前より格段に良くなっています。真面目に鍛練されているのですね」
「当然です、私もグランベルの娘ですから!」
褒められたのが嬉しくて、俺は満面の笑みを浮かべる。
途端、バストンさんがデレっと相好を崩して隙を晒したので、今だと思い踏み込んでみるも……やっぱりあっさり防がれた。むぅ。
「今のは特に良いですね、相手の隙を突こうとする意識はとても大切ですよ」
「全然通じないんですけど……バストンさん、お世辞を言っているわけじゃないですよね?」
「滅相もありません!! 全て本心であります!!」
じとりと疑いの眼差しを送ると、バストンさんは大慌てでそれを否定しにかかる。
お兄様なんか特にそうだけど、ちょっとやり過ぎなくらい俺を甘やかしてくるからなぁ。
けどまあ、俺は魔法より剣の方が素質あるっていうのは間違ってなさそうだ。さっき、試しにリフィネと模擬戦をやってみたら、特に変わったルールを入れなくても秒殺出来ちゃったしな。
前は散々小細工しなきゃ勝てなかったのに、剣を持つだけで変わるもんだねぇ。
俺が目指すべきは、美少女魔法使いじゃなく、美少女剣士なのかもしれない。
いや、いっそ二つ合わせて美少女魔法剣士かな? 俺のかっこよさと可愛さで王国中を虜にしてやるぜ! なーんちゃって。
「ユミエー! そこだー! やってやるのだー!」
「ユミエさーん! 素敵ですわよー!」
そんな俺に声援を送るのは、訓練の様子を見学したいと言い出したリフィネとモニカだ。
声援を貰えるのは嬉しいけど、残念ながらバストンさんの剣には到底及ばないので、その期待には応えてやれそうにないのが残念だ。
「ユミエー、次は俺の番なー」
「あ、はい、すぐに代わります!」
そんな俺に、お兄様から交代を促す声がかかった。
お兄様も、バストンさんと訓練したいんだろう──そう思ったんだけど、どうやら違ったらしい。
「違う、今度は俺がユミエに剣を教える番だ! 魔法の師匠だって俺だったんだから、剣だって俺が手取り足取り教えたいの!」
「えぇ!?」
そっちですか!? と、俺は思わず声を大にして叫ぶ。
いや、お兄様が訓練を付けてくれるのは嬉しいんだけど、自分の訓練はいいの?
「何を言っているんだ、ニール。ユミエの訓練相手なら私がいるだろう、お前は自分の訓練に集中するんだ」
俺が思っていたことを代わりに言ってくれたのは、お父様だ。
グランベル家当主にして、この王国で最強とまで言われている男。その教えともなれば、当然受けたい……んだが。
「お父様はダメです」
「なぜ!?」
「この前、何の連絡も相談もなく急に王宮に押し掛けて来たお仕置きです。まだ反省が足りないみたいなので。当分は抱っこもなでなでもなしです!」
「なにぃーー!?」
そんな……と、お父様はこの世の終わりを目の当たりにしたかのような絶望的な表情を浮かべて崩れ落ちる。
……なんか可哀想になってきたし、なでなでするくらいは許してあげてもいいかな?
「ともかく、お嬢様ならあと十年……いえ、五年も訓練すれば、十分に騎士と渡り合える実力がつくでしょう、自信を持ってください」
バストンさん曰く、俺の素質は勝負度胸と咄嗟の判断力にあるらしい。
普通、剣を握りたての初心者が最初に躓く壁は、自分に向けて迫ってくる剣の恐怖を克服し、最後までしっかりと目で追うこと。
本来これがなかなか難しいんだが、俺は最初から問題なく出来てるんだと。
加えて、実際の戦闘の中で習った技を使える場面を見極めようとすると、これまた相当な経験がいる。が、俺はその辺りを今でも自然とやれているそうだ。
今後訓練を重ねて、やれることの幅を広げていけばいずれその才能が花開くだろう、とバストンさん。
「えへへ、ありがとうございます」
さすがにこうも褒められると、嬉しさもあるが照れ臭さも出てくる。みんなの前となると尚更だ。
そんな理由から、少しばかりもじもじする俺を、お兄様が横から思い切り抱き締めた。ぐえっ。
「あーもう、ユミエは何してても可愛いな! 世界一可愛い!」
「もう、お兄様、褒めすぎですよ……後、私今は汗だくですから、離れた方が……汚れちゃいますよ?」
「別にいいじゃん、ユミエの汗なら舐めたって平気だぞ」
「えぇ……」
お兄様、流石にそれはちょっと変態チックだと思いますよ。
「ああ! またあなただけ抜け駆けして! ユミエさんに触れて良いのは私だけですわよ!」
「妾も! 妾もユミエとぎゅってしたいのだ!」
お兄様に釣られて、モニカさんとリフィネまで俺のところへ来て、三方向から隙間なく抱き締められる。
押しくら饅頭するにはちょっと季節が早くないかな君達? 暑いんだけど?
すっかり訓練どころじゃなくなった子供達で和気藹々と談笑しながら、それをお父様とバストンさんが見守っている。
そんな和気藹々とした空間に、リフィネの専属メイド、メイがやって来た。
「姫様ー、姫様宛にお手紙が届いておりますよ」
「ん? 妾に? 誰からだ?」
「誕生パーティーに出席した貴族達からです。今度は是非自分たちの家のパーティーに参加して欲しいと」
そう言って、メイが持ち込んで来たのは……箱いっぱいにどっさりと入った招待状の山だった。
これには、リフィネも可愛い目玉が飛び出しそうなくらいびっくりしている。
「これ、全部妾に? 本当か?」
「はい。パーティーの時の姫様、本当に素敵でしたからね、みんな大好きになっちゃったんですよ。姫様も大好きと言ってくださりましたし、相思相愛ですね」
「か、からかうな、メイ!」
顔を真っ赤にしたリフィネの可愛さに癒されながら、俺達は届いた手紙の仕分け作業を手伝う。
可憐だとか愛らしいとか、リフィネを褒め称える文言が目につく度に照れる我らがお姫様の姿を微笑ましく見ていると、ふと箱の中にリフィネ宛ではない手紙が紛れているのに気が付いた。
「メイさん、これ、メイさん宛のお手紙ですよ」
「あれ? あ、本当ですね、すみません、気が付きませんでした」
俺が手紙を渡すと、メイは慌てた様子で送り主の名前を確認する。
どうやら、彼女の実家からの手紙だったらしい。
微妙に顔を顰めながら中を改める姿に首を傾げていると……メイは一通り読み終わった後、ふっと息を吐き。
手紙を、思い切り破り捨てた。
って、えぇ!?
「あんのド腐れ外道クソジジイ、ついに耄碌しやがったかぁぁぁ!? ふざけたこと抜かしやがって、二度とこんなこと口に出来ねえように舌と腕を引きちぎって代わりに馬のクソでも捩じ込んでやろうか!? あぁぁぁぁぁん!!?!?」
「えっ……ええっ?」
我が儘放題だったリフィネのお世話も欠かさず行い、いつだって彼女の味方でいた心優しいメイドの突然の豹変に、俺もリフィネも、その場にいた全員がポカンと口を開けたまま固まってしまう。
破り捨てた手紙を地面に叩き付け、それでも足りないとばかりに何度も踏みつけたメイは、ようやく少し落ち着いたのか、しばしボーッと天井を見上げ……自らの晒した醜態に気付き、慌て始めた。
「ああっ、しまった、証拠がっ!! あの腐れジジイの妄言を証明する手紙を、つい衝動的にダメにしちゃった!! どうしよう!?」
いや違った、まだ自分の世界にトリップしてる。自分でぐちゃぐちゃにした手紙を拾い集めて、なんとか修復しようと試みてる。
そんなメイに、リフィネが恐る恐る声をかけた。
「メイ、どうしたのだ? 大丈夫か?」
リフィネが視界に入ると、メイの奇行もようやく落ち着きを見せる。
そして……ぶわっ、と涙を流しながら、リフィネを抱き締めた。
「姫様……たとえ私がどうなったとしても、ずっと姫様をお慕いしております。どうかお元気で……」
「……メイ?」
その言葉に不穏な気配を感じたリフィネが真意を問い質そうとするより早く、メイはボロボロの手紙を手にお父様の下へ出向く。
差し出された手紙を、困惑しながらも受け取ったお父様は、やや苦労しながらその内容に目を通し──その表情を一気に深刻なものへと変えた。
「これを私に見せるのがどういうことか、分かっているのか?」
「分かっております。全て覚悟の上です」
「お前自身も、どうなるか分からんぞ」
「私は既に、身も心も魂の一片に至るまで、姫様に捧げております。姫様のためなら、私の命など安いものです」
潜められた声は、リフィネを含む俺達にまで届いていない。届かないよう、お父様が然り気無く魔法すら使っている。
けど、魔法を使ってまで聞かせたくない内容であるという事実が、先ほどの言葉と相まってリフィネの不安を増幅させていく。
「……お前の覚悟は確かに受け取った。ベルモント家と協力して、すぐに事に当たろう。バストン、ニール!!」
「はっ!」
「う、うん。なに? 父様」
「帰るぞ、すぐに支度しろ」
「えぇ!?」
「承知しました」
戸惑うお兄様を尻目に、お父様とバストンさんは慌ただしく動き始める。
それに続いて離れていくメイの背中を、リフィネはいつまでも不安の眼差しで見つめていた。
「メイ……どうしたというのだ……?」
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