第54話 プレゼントともう一つのパーティー
「リフィネ、戻りました……」
全力疾走で乱れた呼吸を整えながら、俺はリフィネの待つ会場へと戻った。
目立つように一段高い場所で椅子に座らされている彼女の下に近づくと、ぱあっと花咲くような笑みに出迎えられる。
「ユミエ! 体調が悪そうに見えたが、大丈夫なのか?」
「はい、お兄様のお陰で、もうすっかり……」
そこまで口にしたところで、さっきの光景が頭を過って再び顔が熱くなっていく。
咄嗟に顔を逸らすと、そんな俺を訝しんだリフィネがこてんと首を傾げる。
「ユミエ?」
「何でもないです! それよりその、挨拶の方は順調ですか?」
「ああ、そちらは予定通りと言ったところだ。最初のうちは、妾に友好的な貴族ばかりだからな」
「ということは……これからが本番ですね」
リフィネの誕生パーティーに出席しているのは、彼女を祭り上げようとしている貴族派や、グランベル家と同じ中立を保つ貴族ばかりではない。
王族派からも、何人か顔を見せに来ているのだ。
「王女殿下にご挨拶申し上げます。ナイトハルト侯爵家当主、アルウェ・ナイトハルトです、この度は殿下のご生誕おめでとうございます」
「う、うむ。よくぞ参った」
明確に、自分の敵対派閥となる人物と顔を合わせるのは初めてなんだろう。リフィネの声から、強い緊張が伝わって来る。
大丈夫、と語りかけるように肩に手を置くと、少しだけ強張った体が解れたように思う。
「ふふ、噂には聞いていましたが、お二人は本当に仲が良いのですね」
「ユミエは妾の友達だからな、当然なのだ!」
ナイトハルト侯爵が俺との仲について言及すると、リフィネは当然だとばかりに胸を張る。
あんなに緊張してたのに、俺の話になるとこれだけ堂々と話せるようになるのは……それだけ、俺を特別に思ってくれてるってことだろうから、素直に嬉しい。
「当然ですか。ふふ、それは良いですね、本当に──良いことです」
「…………?」
リフィネの仲良しアピールを聞いたナイトハルト侯爵は、ごく当たり前のようにそれに同調する。
同調した、だけなんだけど……何だろう、言葉に出来ない違和感みたいなのを覚える。
なんか、間違いなく笑ってるのに目は笑ってないみたいな……うーん?
「おっと、あまり私ばかりに時間を取らせては、後がつかえてしまいますね。名残惜しいですが、ここまでにします」
最後に、と、侯爵は懐から一つの箱を取り出した。
俺達の前でそれを開くと、中に入っていたのは二つのイヤリング。
「こちら、ある程度離れた場所までなら、同じものを身に付けた者同士で会話をすることが可能という、特殊な魔法を刻み込んだイヤリングとなっております。お誕生日の殿下と、殿下のご友人たるユミエ様、仲睦まじいお二人に贈らせていただきたい」
「ほほう……ユミエとお揃いに出来るのか」
なんでも、ナイトハルト家はこういう魔道具作りに長けているそうで、国内でも有名なんだとか。そんなナイトハルト家の当主から差し出されたプレゼントに、リフィネは興味津々だ。
単純に、アクセサリーとしての見栄えが良いのはもちろんだけど、俺とペアで同じものをつけられるっていうのが琴線に触れたらしい。
「リフィネ様、一緒につけてみますか?」
そんなリフィネに、俺の方から提案してみる。
いいのか? と視線で問われたので、もちろんですと頷きながら、俺は侯爵からイヤリングを受け取った。
「リフィネ様、動かないでくださいね」
リフィネの金糸のような髪をかき分け、可愛らしい耳にイヤリングをつける。
間近に迫ったリフィネの照れ顔に微笑みながら、俺はその頭をそっと撫でた。
「はい、出来ました。可愛いですよ、リフィネ様」
「あ、ありがとう、ユミエ……その、今度は妾がつけてやるのだ!」
そう言って、今度はリフィネがイヤリングを受け取り、俺の耳に手を伸ばす。
こういう風に、他人にアクセサリーをつけてやる経験なんて初めてなんだろう。これでいいのか? と少し戸惑うような手付きが、なんともほほえましい。
「出来た! これでお揃いだな、ユミエ!」
「はい、お揃いですね」
目の前にいる相手が敵対派閥の人間であることも忘れ、にっこりと笑うリフィネ。
その愛らしさに、周囲で遠巻きに見ていた貴族達もみんなが相好を崩していた。
これは、今回のパーティーは大成功と言って良さそうだ──
「喜んで貰えたようで何よりです。では、私はこれで」
一礼し、侯爵が離れていく。
次の貴族がやって来るまでの僅かな合間に、イヤリングを大事そうに指で何度もなぞっていたリフィネは、ふと呟いた。
「兄上にも、見て欲しかったな……」
シグートは、このパーティーには参加していない。
たとえ参加しても、表面上不仲に見えるように振る舞わなければならないから、そんな態度でリフィネを傷付けるくらいなら最初から参加しない方が良いという判断らしい。
それを頭では分かっていて、それでもやっぱり実の兄に誕生日を祝って欲しかったと願うリフィネに、俺は小さく耳打ちした。
「このパーティーが終わったら、また例の地下室まで来てください。待ってますから」
「……? ああ、分かった」
頷くリフィネをそっと撫でつつ、その後も大きなトラブルはないまま時間は過ぎていき。
こうして、リフィネの誕生パーティーはつつがなく終了するのだった。
パーティーが終了した後、俺は地下室でリフィネを待っていた。
やがて、扉をノックする音と共に、リフィネが中に入って来る。
「ユミエ、来たぞ。一体どうしたの……」
「「「「リフィネ(様)、誕生日おめでとう(ございます)!!」」」」
その瞬間、俺は集まったみんな──リサやメイ、お兄様にモニカ、そしてシグートと共に、お祝いの言葉でリフィネを出迎えた。
突然の事態に、リフィネは目を丸くしている。
「ユミエ……これは……?」
「はい、シグートが気兼ねなく参加出来るように、公的なものとは別に用意したリフィネの誕生パーティー会場です! どうですか?」
以前、シグートがリフィネとお茶会をするために徹底的に清掃された部屋を、みんなでパーティー用に更に改装したのだ。
公的なそれほど煌びやかには出来ないが、その分丹精込めて、リフィネに喜んで貰おうとみんなで意見を出し合ってこの場を整えた。
果たして、喜んで貰えただろうか? とリフィネの様子に目を向けると……よっぽど嬉しかったのか、ポロポロと涙を溢していた。
「ユミエ……みんな……妾のために……ありがとう、なのだ……!」
「リフィネ、ほら泣かないの。可愛い顔が台無しだよ?」
「ぐすっ……兄上ぇ……」
リフィネの顔を、シグートがハンカチで優しく拭う。
それでもなかなか泣き止まないリフィネに苦笑しながら、シグートは懐からブローチを取り出した。
「改めて、誕生日おめでとう、リフィネ。これから先も、思うように会えない日が続くかもしれないけれど……これだけは、覚えておいて欲しい」
リフィネの前に膝をついたシグートは、ブローチをリフィネの胸元に飾り付ける。
そして、そっと彼女の額に口付けした。
「たとえどれほど離れていても、僕はいつでも、リフィネのことを想っている。愛してるよ、僕のたった一人の妹を」
「ふぐ……うぅ……!」
もう堪えきれないとばかりに、リフィネはシグートへ思い切り抱き着く。
積年の想い全てをぶつけるように、強く──強く。
「妾も……愛してるのだ、兄上……!! これからも、ずっと……ずっと……!!」
うわぁぁん、と大泣きするリフィネの声が、いつまでも地下室に響き続け──
こうして、リフィネの初めての誕生日パーティーは、大成功のうちに幕を閉じるのだった。
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