第53話 お兄様の暴挙(?)
リフィネの挨拶が終わると、俺は一旦舞台袖に引っ込んだ。
うっかりリフィネの独り言を魔法で拡声し、会場中に響かせるという大失態を演じた後だ。恥ずかしさのあまり座り込みそうになってる彼女の傍にいてやりたいのは山々だったんだが……。
「ぜーっ、はーっ、ぜーっ、はーっ……!!」
魔力切れのせいで本気で倒れる寸前だった俺は、さすがにそれ以上会場にいられなかったのだ。
いや、うん。俺が転びそうになったリフィネをフォローするために使った《浮遊》の魔法、確かに演出用にアレンジはしたんだ。
出来る限り周囲から見て優雅に浮かぶことが出来るように、スカートのゆらめきが可憐に映るように。
結果、どうなったかというと……これまでと違って、本来の《浮遊》より魔力消費がむしろ増えた。増えてしまったのだ。
そんな魔法を咄嗟に行使しながら、予定通りの演出魔法でリフィネの挨拶を際立たせることまでやったんだから、俺の貧弱な魔力が底を突くのは当然のことだった。
会場で、大勢の観客が見てる前で倒れなかった自分を褒めてやりたい気分だよ。
「ユミエ! 大丈夫か!?」
「あ、あれ? お兄様……?」
フラフラと覚束ない足取りで休める場所を探していたら、慌てた様子で駆け寄って来るお兄様の存在に気が付いた。
会場で待ってるはずなのに、どうしてここに……。
「あっ……」
「ユミエ!」
お兄様の顔を見て気が抜けたのか、膝から崩れ落ちてしまった。
そんな俺を、咄嗟にお兄様が抱き留めてくれる。
「す、すみません、お兄様、助かりました……」
「全く、ユミエは無茶して……あんな魔法使ったら、魔力切れになることくらい分かってただろ?」
「あはは、そりゃあ自分のことですし、もちろん分かってましたけど……約束しましたから。リフィネには私がついてるから、安心してって」
魔力の完全枯渇は、負担も大きくてかなり危ない。
適度な消耗は筋トレと同じく多少の魔力増強効果があるが、過剰な消耗もまた筋肉と同じく、完全な破損による身体異常によって最悪の場合死に至るとさえ言われているのだ。
とはいえ、さすがに本当に死ぬところまで行くのはレアケース。大体の場合はそこまで行く前に気絶して終わりだし、今回もちゃんとそうならないように少しはセーブした。
だから問題ない、と語る俺に、お兄様は呆れ顔だ。
「というわけで……少し休んで回復したら、リフィネのところに戻ります」
「いや、それはダメだろ、ちゃんと一時間くらい横になってないと」
「でも、リフィネは今一人で、心細い思いをしているでしょうし……そういう時、傍に誰かがいるのがどれほど心強いか、私にはよく分かりますから」
俺が前世の記憶を取り戻した直後もそうだった。
家の中は敵だらけで、そんな家族を一人で籠絡していかなきゃならなくて……それでも、リサだけは最初から味方でいてくれた。
それが俺にとって、どれほど大きかったか。
「リフィネは、私に似てますから。少しでも、力になってあげたいんです」
そう伝えると、お兄様は困ったように頭をかきむしる。
心情としては止めたいけど、俺が止まりそうにないと分かってしまったんだろう。心配かけてしまうことに、少しばかり罪悪感を抱く。
「仕方ないな……じゃあ、妥協案ってことで」
「ふえ……?」
そんな俺の顔に、お兄様が手を添える。
何をするつもりなのか、と疑問に思っていると──気付けば、お兄様の顔が視界いっぱい埋め尽くすほど、間近に迫っていて。
お兄様の唇が、俺の唇に重ねられていた。
「っ!!!?!?!?」
何が起きているのかさっぱり分からず、俺の頭は混乱の極致に至る。
え、俺今、キスしてるの? お兄様と? 俺が? なんで!?
「……よし、これで少しは楽になったか?」
「……ふえ?」
ゆっくり顔を離したお兄様が、俺にそう問い掛けてくる。
言われてようやく、自分の体に意識を向け直すと、確かにあれほど枯渇していた魔力が回復して、気分が楽になっていた。
「ほら、前の時もお前、魔力限界まで振り絞ってボロボロになってただろ? そういう時、どうやって応急処置したらいいか、父様に聞いといたんだ。そしたら、口移しで魔力を注ぎ込めば、枯渇した魔力が少し回復するって教えてくれて」
「そ、そうだったんですか」
要するに、緊急時の人工呼吸みたいなものらしい。
深い意味はなく、無茶をする俺を少しでも楽にしてやろうとお兄様なりに考えた結果の行動だっていうのは、今の説明でよく分かった。
分かったのに……俺の心臓はいつまでもドキドキと高鳴って、一向に収まる様子がない。
「ユミエ、何度でも言うけど……お前は俺にとって、誰よりも大切な妹なんだ。ユミエが誰にでも優しいのはもちろん知ってるけど、あまり無茶はするなよ? いいな?」
「は、はひ……」
呂律が上手く回らない。いつにも増して真剣な顔で言い聞かせてくるお兄様の顔が直視出来ない。
今の自分がどんな表情をしているのか分からなくて、咄嗟に腕で隠してしまう。
「……? どうした、ユミエ?」
「な、なんでもないです! それでは、その……ありがとうございました! リフィネの挨拶が一段落したら、また来てください! ……それでは!!」
「あ、おい、ユミエ!」
急いでその場から走り去る俺を、お兄様はこてんと首を傾げながら見送っている。
一方で、俺は自分のことでいっぱいいっぱいになっていた。
「なんで俺、こんな……普通、兄妹とはいえ、男同士でキスとかあり得ないだろ……!? なんでこんなに、ドキドキしてんの……!?」
顔に籠った熱を振り払うように。
俺は、さっきまでとは別の意味で息を切らすほど、全力で走り抜けるのだった。
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