第52話 リフィネ王女の告白
ついに、妾の生まれて初めての誕生パーティーが始まる。
ユミエと手を繋いで会場に向かいながら、妾は緊張のあまりごくりと生唾を飲み込む。
不安からか、掌にじっとりと汗をかいてしまっている気がする。ユミエも汗だくの手を握るのは気持ち悪いだろうし、一度離した方がいいだろうか?
だが、やっぱり今は離したくない──そんな妾の気持ちを汲むように、ユミエの手を握る力が少しだけ強まる。
……いつも思うが、どうしてユミエは何も言わずとも妾がして欲しいと思うことをしてくれるのだ?
なんだか、どんどん自分がユミエ抜きではダメな体になっている気がして、これはこれで不安なのだ。
「大丈夫ですよ、リフィネ。何があっても、私がついてますから」
でも、ユミエの優しい言葉を聞く度に、もう少しこの温かい気持ちに身を委ねたいと思ってしまう。
いや……もう少しと言わず、ずっとこうしていたい。それが出来たら、どれほど幸せなことだろうか?
いっそ、ユミエと本当の姉妹だったら、こんなことで悩まなくても良かったのに……。
「いや、もしユミエが兄上と結婚したら、妾は本当の姉妹になれるのではないか……!?」
頭に閃いた名案に、妾は自分を天才なのではないかと褒め称えたくなった。
もしそうなったら、ユミエが妾の姉になる。
姉上……いや、違うな、もっとこう……。
「ユミエ姉様……」
ポツリと呟いたその言葉が、自分の中でこの上なくしっくり来てしまった。
うむ、いいな、姉様。ユミエ姉様……そんな風に呼べる日が来たら……ぐへへ。
「リフィネ、どうしました?」
「な、なんでもないのだ!」
危ない危ない、せっかく心配してくれているのに、実は頭の中でこんな妄想をしているなんて知られたら、ユミエになんて思われるか。
頬を叩いて気合いを入れ直す妾を見て、ユミエはこてんと首を傾げていたが、深くは追及されなかった。
ホッと息を吐きつつ、二人で歩いていくと……ついに、会場へと続く扉の前に到着してしまった。
「いよいよか……」
この先で、メイ達が準備し、ユミエ達が人を集めてくれた妾のためのパーティーが開かれている。
正直、今でも自分の誕生日を誰かに祝われるなど現実味がない。ユミエに出会ってから今日までの時間が全て、妾にとって都合の良い夢なのではないかと思えてしまう。
何なら、この扉を開けたら人が一人もいなくて、誕生パーティーの話自体が妾をからかうための悪戯だったと言われた方が納得出来そうだ。
それでも、ユミエが握ってくれている手の温かさだけは本物だと信じ、不安を押し殺して扉を押し開くと──その先には、妾がこれまで見たこともない、煌びやかな世界が広がっていた。
「姫様が登場なさったぞ」
「なんとお美しい。ドレスのデザインも素敵ですわね、どこで仕立てて貰ったのでしょう?」
「隣にいるのはグランベルのご令嬢だったか? 最近当主が方々で自慢して回っているという……」
「姫様と仲が良いとは聞いていたが、まさかパーティーのエスコート役まで務めるとは。ドレスもわざわざお揃いで仕立てるなど、よほどだな」
「二人並んで、まるで妖精のようですわね。姉妹のようで微笑ましいですわ」
どこを見渡しても、人、人、人で溢れている。
好奇や憧憬、興味関心、様々な視線と声が妾一人に集中し、押し寄せる情報の並みに押し潰されてしまいそうだ。
会場の華やかさも、妾が想像していたより何倍も豪華で品が良い。
離宮の予算なさほど多くないし、人員だって最小限だと聞いていたから、ある程度見栄えを整えるくらいが限界だと思っていたのに……一体、どれだけの時間と金を妾のために絞り出してくれたのか。
想像しただけで嬉しくて、思わず泣きそうになってしまう。
「あっ……」
だからこそ、妾もその想いに応えて王女らしく振る舞わなければならないというのに、周囲にばかり意識を向けていたせいでちょっとした段差に足を取られてしまった。
こんなたくさんの人の前で転ぶなど、情けないにもほどがある。でも、今さら体勢を立て直すことなど出来ない。
反射的に、ぎゅっと目を瞑る妾だったが……そんな妾の体が、急にふわりと浮き上がった。
「演出魔法──《
ユミエに手を引かれ、倒れかけた妾の体が空へと導かれる。
光が瞬き、空に作り出された魔法の道を、妾とユミエが辿っていく。
幻想的な演出に、会場から「おおっ……」と感嘆の声が漏れる中、ユミエは妾ににこりと笑いかける。
──言ったでしょう? 私がついています、って──
声に出されずとも伝わってくるユミエの優しさに、どうしようもなく胸がいっぱいになる。このまま、思い切りユミエに抱き着きたいくらいだ。
だが、それではユミエやメイ達が妾のために頑張ってくれたことが無駄になってしまう。
自分の我が儘な気持ちをぐっと堪え、今は王女としてすべきことをするのだ。
「皆の者、妾のためによくぞ集まってくれた」
ユミエの魔法を信じ、空中から貴族達を見下ろしながら堂々と声を上げる。
にこやかに、妾こそが貴様らの主、王族の一人なのだと見せ付けるように。
「料理も、音楽も、今日は妾の計らいで最高のものを用意した。皆、存分に楽しんでいってくれ」
用意したのは妾ではない。皆の成果を奪うようで心苦しいが、そうするのが今妾のすべきことだということは分かっている。
上手く出来ただろうか? 王族らしく、王女らしく、ユミエやメイ達にとって誇れる存在となれているだろうか?
内心の不安からちらりと隣を見れば、ユミエからは笑顔と共に首肯され、離れた場所でこちらを見守るメイ達離宮のメイド隊からも、素晴らしいとばかりに拍手が送られてきた。
……お前達、なんだその「姫様ファイト」とか「姫様可愛い」とか書かれた団扇は。いくら会場の隅っこで貴族達から見られないからとそんなものを振るな、流石に恥ずかしいぞ!!
だが、まあ……。
「これからも、妾と仲良くしてくれると嬉しいな。皆、大好きだぞ」
メイド達に向けて、ついそんな言葉を溢す。
眼下の貴族達には聞こえないよう、小さく呟いたつもりだったのだが……不思議と、魔法でも使われたかのように響いたその言葉は会場中に届いてしまい、集まった貴族達を硬直させる。
……し、しし、しまったぁ!!
「い、今のはなしだ!! 妾は王女なのだからな、か、簡単に仲良くなれるなどとは思わぬことだ!! え、ええっと……で、では、妾の挨拶はこれで終わりだ!! 皆、存分に楽しむがいい!!」
慌て過ぎて、既に一度言ったセリフをもう一度口にしてしまいながら、ユミエに頼んで下に降ろして貰う。
うぅ、今日初対面の貴族やその令嬢令息だって数多くいたというのに、あんなセリフ……一生の不覚だぁ!!
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