第50話 王臣対談
離宮にて、ユミエ達が騒がしく談笑を楽しんでいる頃──
王宮内のとある部屋では、シグートとカルロット・グランベルの二人が、密かに対談していた。
周囲の人間は、応接室に向かう二人の険しい様子から、激しい口論でも巻き起こるのかと予測していたのだが……実際に部屋に入ってみれば、二人は即座に張り詰めた空気を霧散させ、非常に和気藹々とした雰囲気で口を開く。
「グランベル卿、頼んだのは僕だからあまり強くは言えないが……何もあそこまで派手に登場しなくても良かったんだよ?」
「何を仰りますか、あれくらいインパクトがあるからこそ、確かな噂となって流れるのではありませんか。"王家とグランベルが仲違いした"という噂が」
ははは、と笑うカルロットに、シグートは確かにそうかと納得する。
そう、あのカルロットの暴挙──騎士を引き連れての抗議と親バカ全開の発言は全て、最初からシグートと共に画策した一つの謀だったのだ。
ここ数年、やや王族側に寄り過ぎていたグランベル家を貴族側に近付け、パワーバランスを保つための。
「まあ、まだまだ王子に娘をやれんというのは本心ですが」
「ハッキリ言い過ぎじゃないかい? 自分で言うのもなんだけど、僕ほどの優良物件はなかなかないと思うよ?」
いや、やはり親バカなのは間違いなかったらしい。
呆れ交じりの溜め息を溢しつつ自画自賛するシグートに、カルロットは憤慨する。
「それは否定しませんが、せめてこの私を倒せるまでになって貰わねば娘はやれませんな!!」
「……ユミエ、結婚出来るのかな? 心配になってきたよ」
親バカを極めた父親が放つものとしては、定番も定番なセリフだが……カルロットにそれを言われては敵わないと、シグートは嘆く。
それもそのはず。何せ、シグートの前にいるその男は、王国の盾にして剣を自認する最強の貴族家、グランベルの当主なのだ。
いずれはニールに追い越されるだろう、あいつは天才だからな──などと、これまた親バカ発言を繰り返しているカルロットだが、逆に言えば。
親バカを極めたカルロットでさえ、今はまだまだニールよりも上だと確信するほどの強さを持っていることになる。
それはつまり、誰とも結婚させる気がないと言っているも同じでは? と暗に問うシグートに、カルロットはふんと鼻を鳴らす。
「そんな男が現れないのであれば、ユミエはずっと我が家にいれば良い。私が亡き後も、ニールがちゃんと面倒を見てくれるでしょうしな」
「……本当に一生面倒を見そうだから、余計質が悪いね」
この親にしてこの子ありと言うべきか、ユミエの兄であるニールも相当なシスコンだ。
シグートがユミエに気のある素振りを見せる度に修羅の表情を浮かべているし、最近では顔を合わせる度に「ユミエはやらないからな」と釘を刺されるので、シグートとしても感心するやら呆れるやらといったところ。
「さてまあ、娘のことはいいのです。それより、王女殿下の方は?」
「ひとまず、ユミエの指導のお陰で、リフィネの離宮内での支持率は目下急上昇しているみたいだね。これなら次期女王も狙えるんじゃないかってことで、貴族派内の過激発言はかなり減ったらしいよ。それでも強硬な手段に出ようとする輩は、予定どおり公爵が"処理"するらしい」
「ふむ、カースの奴が上手くやりましたか。まあ、うちのユミエが力を貸したわけですし、これくらいはやって貰わねば困りますな」
ふふん、と得意気に語るカルロットに、シグートは苦笑い。
カース・ベルモント公爵とカルロットは、実は若かりし頃に剣や魔法の腕を競いあったライバル関係だ。
そのせいか、顔を合わせる度に何かと競い合い、口論のような形になるので不仲説が流れていたりするのだが……その内容が、「どちらの子供がより可愛く天才であるか」という実に馬鹿馬鹿しいものであると知っているシグートとしては、もはや笑う他ないのである。
「では、残るは王族派の掃除ですな」
もっとも、笑ってばかりもいられない今の状況では、それをからかう余裕もない。
カルロットの言葉に、シグートはこくりと頷く。
「最近少し過激思考が目立っていた貴族派が落ち着いたのは喜ばしいが、その分王族派が騒がしくなっている。特に、ナイトハルト家が」
以前、ユミエとモニカが巻き込まれた魔物騒動の主犯と思しき人物──アルウェ・ナイトハルト。
あの件以来、シグートに目を付けられたという自覚があるのか、表立って動くことはほぼないのだが……縁のある他の家には、しばしば怪しげな行動が散見される。
ナイトハルト家は王権の維持に殊更強く拘っているため、貴族派の象徴となっているリフィネの台頭を目の当たりにして、何か動きを見せる可能性は高い。
「この機会に、獅子身中の虫を全て洗い出す。協力してくれるな、グランベル卿」
「御意に」
親バカの父親としてではない、大貴族・グランベル家当主としての顔で騎士の礼を取るカルロットに、シグートもまた真剣な表情で頷くのだった。
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