第40話 王女様と仲良し遊び


「ユミエ、まだかー?」


「もう少しですよー」


 無事リフィネ王女と友達になることが出来た俺は、勝負事以外の遊びを一緒にすることにした。


 王女らしく……もっと言えば、女の子らしい遊び。


 そう、リフィネのお洒落である。


「出来ました! ほら、とっても可愛いですよ、リフィネ様」


 リフィネを姿見の前に立たせながら、俺は率直な感想を告げる。


 当たり前といえば当たり前なんだが、リフィネのドレスは丈の短い運動用のものだけじゃなかった。

 それこそ、どこのブティックなんだと言いたくなるほどに様々な色や形のドレスを集めたドレスルームが存在し……ほとんど利用されることなく死蔵されていたのだ。


 可愛く着飾り、可愛さの頂点を極めんとしている俺にとって、これは由々しき事態だった。

 だから、今こうしてリフィネのおめかしを手伝ってるってわけ。


「本当か? 妾、可愛いか?」


「はい、本当ですよ」


 どこか不安そうにリフィネは言うが、お世辞抜きで本当に可愛い。


 活動的なツインテールを解いてストレートにし、軽く化粧を施した愛らしい顔は、まるで西洋人形のよう。

 その身に纏う真紅のドレスは、リフィネの活発な印象を表しながらもどことなく気品が溢れ、今ならお姫様という呼称に何の疑問も抱かない。


 強いていえば、まだまだ子供っぽいその言動が玉に瑕かもしれないけど……あくまで俺個人の感想を言うなら、これはこれで可愛いから全然アリだ。


「えへへっ、ありがとうユミエ! お前にそう言われると妾も嬉しいぞ!」


 にぱっと笑うリフィネの顔を見ていると、それだけでゆるゆると自分の頬が緩んでいくのを感じる。


 可愛いなぁ……普段俺を見ているお兄様も、こんな気分なんだろうか?


 なんというか、妹でも出来たみたいだ。


「せっかくだ、ユミエも一緒におめかしするぞ」


「私もですか?」


「うむ、お礼に今度は妾がユミエを可愛くしてやるぞ!」


「あはは、それじゃあ、よろしくお願いしますね」


 そんなこんなで、俺達はしばしの間、一緒にお洒落を楽しんだ。

 三つ編みにしたり、ポニーテールにしたりと髪型を弄ったり、ドレスのカラーリングを変えてみたり、二人お揃いにして鏡の前で並んでみたり。


 そんな俺達を見て、リフィネの専属メイドが「姫様が……姫様が、ついに女の子らしいことにも興味をっ……!!」と滂沱の涙を流し、リサにめちゃくちゃ慰められていたのが印象的だったが……うん、まあ、なんというか……ご苦労様……。


「ユミエ、おめかしも十分楽しんだし、次は妾の秘密基地に案内してやろう!」


「秘密基地ですか?」


「うむ! 偶然見付けた妾の隠れ家だ。そこで、先ほどユミエが見せた魔法を妾も練習するのだ!」


 お洒落の楽しさを覚えたリフィネだが、やはり根っこの部分では体を動かす方が好きらしい。魔法の"タネ"自体は先ほど軽く説明しておいたのだが、それを自分でも試したくて仕方ないようだ。


 そんなリフィネに微笑ましさを覚えつつ、「いいですよ」と答えた俺だが……続く言葉には、ちょっとばかり顔が引き攣った。


「ユミエだから教える隠れ家なのだぞ。ちなみに、バレたら怒られるかもしれんから、あやつらを撒いてから向かうぞ」


 あやつら、というのは、うちのリサと王女付きのメイドのことだろう。


 撒いたらダメだし、怒られるかもしれない場所に行っちゃダメだろう、とは思うのだが、せっかく仲良くなれたのだ。ここは一つ、一緒に悪事も共有して、更に絆を深めるのも悪くないか。


「仕方ないですね、今回だけですよ?」


 俺はリサに振り返り、「ちょっと拉致られて来る」と口パクで伝える。

 うちのメイド、読唇術なんてものを心得てるので、声に出さずとも通じるのだ。


 溜め息一つで頷くリサにアイコンタクトでお礼を伝えつつ、俺はリフィネに連れられ一緒に走り出す。


「あっ、姫様!?」


 お付きのメイドが悲鳴を上げているのを聞いて申し訳なさを覚えつつ、リフィネについていくのだが……改めて、この王女様は身体強化系の魔法が強いな。


 一応俺も少しは使えるんだが、ついていくのも大変だ。いつもこんな感じで逃げ回ってるんだと思うと、本当にあのメイドさんの苦労が忍ばれる。


「着いたぞ! ここだ!」


 そうやって、リフィネと一緒に城内を走り続けることしばし。俺達は、小さな空き部屋に到着した。

 中に入るも、特に何が置いてあるわけでもない、ただの使われていない物置のような印象だ。


「ここが秘密基地なんですか?」


「慌てるでない、ここからが面白いのだ」


 首を傾げる俺の前で、リフィネが壁に手をつく。


 その瞬間、ガコンッ! と音を立て、壁が移動して地下へと続く隠し階段が現れた。


 あんぐりと口を開けたまま固まる俺に、リフィネはこれ以上ないほどのドヤ顔を見せる。


「ふふふ、どうだ! 妾がメイド達から逃げ回ってこの部屋に入った時、うっかり転んでしまってな! その時、偶然この仕掛けを見付けたのだ! カッコよかろう!」


 いやいや、確かにカッコいいですけどね? とても男心をくすぐりますけどね?


 え、本当に俺が入っていい場所なの? ここ。


「さあ、行くぞユミエ!」


「は、はい」


 そこはかとなく不安を覚えながら、俺は地下へと進む。

 どうやら、ここは緊急時の脱出路か何かになっているようで、階段を降りた先にはどこまでも続く深い道が続いていた。


「ここにはたくさんの小部屋があってな、入り込んだらまずメイド達では見付けられん! 良いところだろう? ここなら、いくら騒いでも暴れても、誰にも怒られないのだ!」


 脱出路だけじゃなくて、避難所も兼ねてるのかもなぁ……。


 そんな風に思いながら、地下通路の途中にある部屋に入る。


 地下なだけあって少しカビ臭いのだが、リフィネはあまり気にならないらしい。通路より少し広くなったその部屋で、早速とばかりに魔法の練習を始めた。


「えーっと……それで、どうやるのだ?」


「ただ幻影を作るのではなくて、空気を固めて実体を持たせた上に幻影を被せるんです。こうやって」


 無色透明、魔力によって僅かに輝きを放つ固めた空気に、妖精の幻影を被せて操る。


 口にするとかなりシンプルなこれが、俺の《悪戯妖精》の仕組みなのだが、実際にやるとなるとちょっとコツがいる。


 案の定、リフィネも思うように上手く作れないようで、首を捻っていた。


「うむむむ? 難しいぞ……」


「魔法を二つ別々に使うのではなくて、空気で作る体と、幻影による見た目の変更までを含めて一つの魔法だ、っていうイメージでやると上手く行きやすいですよ」


「ほうほう、よし、やってみるぞ!」


 瞳を輝かせながら、一生懸命に魔法に取り組むリフィネを見ていると、その姿が以前、お兄様に魔法を見せて欲しいとせがんでいた頃の俺と重なった。


 だからか、俺は誰もいない地下室なのをいいことに、ふとした疑問を問い掛けていた。


「リフィネ様。リフィネ様は、シグート王子のことをどう思っていらっしゃるのですか?」


「うむ? 兄上か?」


 ふむ、と、リフィネはしばし考え込む。

 時間にして数秒、それなりにしっかり考え込んだリフィネは、あっけらかんと言い放った。


「特に何も思わんな。そもそも、関わることもないし」


「そ、そうなんですか?」


 多かれ少なかれ、何かしらあるだろうと思っていた俺は、その反応に虚を突かれる。

 そんな俺に、リフィネは苦笑した。


「妾の母上は身分が低いからな、この王宮で妾を気に掛けてくれる者は少ない。兄上も……妾など、いてもいなくても大して変わらんだろう」


 軽い口調で言っているが、その表情はどこか寂しげに見えた。


 そんなリフィネが放っておけなくて、俺はその小さな体をそっと抱き締める。


「ユミエ……?」


「大して変わらないなんて、そんなことはないですよ。シグート王子は、リフィネ様のことをとても心配していました」


 ここに離宮を訪れる前、王子は俺に言っていた。今回のお茶会は、王子が仕組んだことだと。


 政治的なしがらみに縛られながら、それでも妹のために何か出来ないかとたくさん気を揉んでいたんだ。


「だから、リフィネ様も"何も思わない"なんて、そんな寂しいことを言わないでください。それが表に出せない気持ちなんだとしても、ここでなら……私が全部、受け止めてあげられますから」


 離宮で初めて会ってからの、リフィネの言動を思い返す。


 奔放で、傍若無人で、乱暴なお転婆姫。確かに、そんな一面もあるんだろう。

 でも、可愛く着飾るお洒落の時間だって楽しそうにしてたし、俺が魔法を披露した時も年相応にはしゃいでいた。俺が友達になりたいって言った時は、本当に嬉しそうだった。


 だから、俺は思うんだ。この子はもしかしたら、わざと"お転婆姫"を演じてるんじゃないかって。


 手のつけられない暴れん坊として振る舞うことで、"自分は周囲の人間から距離を置かれても当然だ"って、自分に言い聞かせようとしてるんじゃないだろうか?


 全部、俺の勘違いならそれでいい。でも、もしそうなのだとしたら……せめて俺だけでも、この子の心を支えてやりたい。


「……全く、変わり者だなユミエは。妾にそのようなことを言う輩は、お前が初めてだ」


「あはは、よく言われます」


「そうか。だがまあ、そんなユミエも妾は好きだぞ。……だから」


 ぎゅっと、今度はリフィネの方から俺の体にしがみついてくる。


 俺の胸に顔を押し付け、表情を見えないようにしながら──絶対に離さないとばかりに、強く。


「しばらく、こうさせてくれ……」


「はい。リフィネ様が望むなら、いつまででも」


 こうして俺達は、誰もいない地下の空間で、いつまでも二人抱き合って過ごすのだった。

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