第39話 王女様とお友達

 俺が勝利を納めたことで、無事リフィネ王女とお茶会を始めることが出来た。

 ……が、案の定というべきか、王女はあまり納得していない様子だった。


「あんなのズルいぞ、反則だぞ! ちゃんと正々堂々勝負するのだー!!」


 バンバンとテーブルを叩きながら、王女はずっと抗議している。

 一度目の勝利で、「ちゃんとお茶会を行うこと」って言ったんだけど、これじゃあただ向かい合って座ってるだけで、お茶会とは言えない。


 むぅ、仕方ないなぁ。


「じゃあ、今度は腕相撲で勝負しましょうか。先に手の甲がテーブルについた方が負けです」


「ほほう! いいぞ、お前の細腕ではどうやっても勝てまい!」


 ニヤリと笑みを浮かべ、王女が腕を突き出す。

 ……細腕とは言うが、王女様も大概だと思いますけどもね?


 王女自身、それは分かっているのか、明らかに魔法を使って力を底上げしようとしてる気配がある。


 仕方ない、そういうことなら俺も相応の手段を取らせて貰おう。


「よーい……スタート!」


 掛け声と同時に、魔法を発動。王女の耳元を筆でなぞるような、ささやかな風を生じさせる。


 案の定、「ふひゃあ!?」と可愛らしい悲鳴を上げ、王女様の意識が腕から逸れた。


 その隙に、ズダンッ! と素早く決着をつける。


「はい、私の勝ちです」


「待てぇーー!! また卑怯な手を使ったなぁーー!?」


「卑怯な手なんて使ってないですよ? たまたま風が吹いたんじゃないですか?」


「風だって分かっている時点でお前が犯人だと自白しているようなものだろぉーー!!」


 涙目で叫ぶ王女様、可愛いな。なんというか、もっと苛めたくなる。

 とはいえ、あまりやり過ぎるのもどうかと思うし、次で最後にしよう。


「じゃあ、今度こそ正々堂々と勝負しましょうか。腕相撲、魔法はお互い一切なしで、純粋な腕力勝負です」


「ほ、本当に正々堂々とやるんだろうな……?」


「もちろんですよ」


 にっこりと微笑む俺に、王女は疑心の眼差しを注ぐ。


 そんなに疑わなくても、今度こそ正々堂々とやるって。


 何せ……純粋な腕力勝負なら、俺より小さい箱入りお姫様に、日々鍛えてる俺が負けるはずないからな。


「はい、私の勝ちです」


「なぜなのだぁーー!!」


 あっさり勝利を収めた俺に対して、納得行かないとばかりに王女が叫ぶ。


 残念ながら、これが現実なのだ。


「王女様は強いですけど、魔法に頼り過ぎですよ。ちゃんと体も鍛えないと、肝心な時に動けません」


「むぐぐ……お前は鍛えているというのか」


「それはもちろん。王女様の体くらい、こうして持ち上げられますよ」


「のわっ!?」


 王女に近付き、その体を抱き上げる。

 俺より小さいといっても、そこまで大きく差があるわけじゃないから少し大変だが、グランベル家の人間として、これくらいはな。


「分かっていただけましたか?」


「わ、分かった、分かったから早く降ろさんか!」


「はいはい、分かりました」


 なぜか顔を赤くして捲し立てる王女の体を、そっと地面に降ろす。

 ババッと離れていく姿に、野良猫みたいだなぁなんて感想を抱きながら、俺は改めてテーブルについた。


「それでは、お茶会を再開していきましょう。リフィネ王女に使う"命令権"二つの内容は、また次の機会に考えるということで」


「待て、今の勝負も有効なのか!?」


「それはもう、特に撤回もしませんでしたし。でもそれよりまず、一つ目の約束をちゃんと果たしましょう。さあ、座ってください」


 俺が促すと、王女は渋々テーブルに着く。

 けれど、やっぱりどこか納得が行かない様子だった。


「……王女様は、そんなにお茶会が嫌いなんですか?」 


「当たり前だろう、ただお茶を飲んでお喋りするだけの何が楽しいのだ。みんな妾の知らんことばかり話すし……」


 ぷんぷんと怒りながら、王女はそんな愚痴を溢す。

 ああ……お転婆姫の名の通り、普通の令嬢が話題にするようなことには全然興味がないのか。


 ドレスのデザインとか、恋話とか、芸術とか、まだまだお子ちゃまな王女には退屈で仕方ないんだろう。

 花より団子ならぬ、花より拳みたいな感じみたいだしな。


 ……その意味では、中身男の俺が令嬢達の話題についていけることの方がおかしい気も……い、いやまあ、いいんだけどね?


「どうしたのだ?」


「いえ、何でもないです」


 こてんと首を傾げる王女に誤魔化しを入れつつ、「そうだ」と手を叩く。


「じゃあ、今日は少し趣向を変えて、王女様も楽しめるお茶会にしていきましょうか。王女様、魔法はお好きですよね?」


「うん? まあ、好きだが」


「でしたら、こういうのはいかがでしょう?」


 俺は手をパンッと叩き、魔法を発動。開いた掌の上に、光を集めて妖精の幻影を作り出した。


「おおお……!」


 やっぱり、こういうことには興味があるのだろう。王女が瞳を輝かせる。


 けど、これだけじゃ終わらないぞ。俺の演出魔法の真骨頂はここからだ。


「な、なに!?」


 この妖精が光の幻影であることは、王女も一目見て分かっているはず。だからこそ、俺は妖精にカップを持ち上げさせてみた。


 すると案の定、王女は驚きのあまり口をあんぐりと開けてしまっている。


「さあ、召し上がれ」


 そのまま、妖精の手で王女の口までカップを運び、お茶を飲ませる。

 明らかに本物だと分かるそれに、目をぱちくりさせる王女。カップを受け取り、まじまじとそれを見つめている彼女の顔の近くへと妖精を近付けると、そのまま頬へと口付けさせた。


 ちゅっ、と、確かに聞こえるキスの音。当然、キスの感触もあったのだろう、王女はびっくりして頬を手で押さえていた。


「演出魔法、《悪戯妖精サーヴァントピクシー》です。どうでしたか?」


「い、いや……いやいや、一体どうやったのだ!? 幻影の魔法にしか見えなかったのに、どうやって!?」


「ふふふ、知りたいですか? 構いませんけど、一つだけ条件があります」


「じょ、条件? 一体なんだ?」


 ごくりと、王女が緊張の眼差しで俺を見つめる。


 その姿が妙に可笑しくて、俺はつい笑ってしまった。


「大したことじゃないですよ。私とお友達になってください」


 シグート王子にも頼まれたことだし、この際だからとことんこの王女と仲良くなって、お転婆姫の悪名を灌いであげよう。


 そう思って提案すると、王女はきょとんと目を丸くした。


「と、友達? 妾と?」


「はい、嫌でしたか?」


「そ、そんなことはない! ……ほ、本当に良いのだな? 後からやっぱりやめた、などとは言わせぬぞ?」


「もちろんですよ。私は王女様とお友達になりたいです」


 俺がにこりと笑顔を見せながらそう言うと、王女はぱぁっと表情を明るくした。


「……!! し、仕方ないな! どうしてもと言うのなら、お前を妾の友として認めてやろう! 滅多に認めるものではないからな、感謝するのだぞ!」


「はい、光栄です、王女様」


 俺がそう言うと、王女はむすっと唇を尖らせる。どうしたのだろう?


「"王女様"ではなく、"リフィネ"と呼べ! 友達だろう!?」


 どうやら、呼び方が気に入らなかったらしい。

 本当に可愛いな、と思いながら、俺は改めて呼び直した。


「はい、リフィネ様。今日からしばらくは王都にいますので、その間よろしくお願いしますね」

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