第41話 リフィネ王女の想い

 妾の名はリフィネ・ディア・オルトリア。ここオルトリア王国の王女なのだ。

 性格は粗暴で、出会った令嬢全てに喧嘩を吹っ掛ける問題児。この王宮では誰もが妾を恐れ、距離を置き、関わろうとしない。


 妾自身、それでいいと思っていた。

 身分が少しばかり低いからと母上を冷遇する王宮の連中など、妾も仲良くなりたくない。


 他の貴族も、どうせみんな同じだ。

 権力だとか、政治だとか、そんなわけのわからないことを大事にして、誰も妾自身のことなど見てくれない。


 そう、思っていたのに。


「リフィネ様、どうしましたか?」


 こてん、と首を傾げながら問い掛けて来るのは、ユミエ・グランベル。妾とお茶会をするため、遠路はるばるグランベル領からやってきた令嬢で……こんな妾と、友達になりたいなどと……妾の全てを受け止めてやるなどと言った、変わり者なのだ。


「なんでもないぞ」


 そう答えながら、妾は魔法の練習に集中する。いや、集中しようとした。


 だが、どうにもユミエのことが気になって集中出来ん。邪魔なのではなく、傍にいると思うと自然と意識が向いてしまうのだ。


 こんなこと、生まれて初めてで……どう接すればいいか、少し迷うぞ。


「ユミエ。今日は疲れたから、妾は風呂に入ろうかと思うのだが……一緒にどうだ?」


「へ?」


 だから、妾は何気なくそう誘ってみたのだが、ユミエはそれを聞いた途端、露骨に慌て始めた。


「え、いや、あの、私がリフィネ様と一緒に入浴だなんて、恐れ多いと言いますか!」


 顔を赤くし、あたふたと言い訳を重ねるユミエ。

 これは……恥ずかしがっておるのか?


 それに気付いた途端、妾はチャンスと思いニヤリと口角を吊り上げる。


「先ほど、全てを受け止めてくれると言ったのは嘘だったのか? 妾は悲しいぞ」


 およよ、と泣き真似をすると、ユミエは更に慌て始めた。


 くくく、先ほどから散々ユミエにしてやられているからな、今度は妾がユミエに「参った」と言わせてみせるのだ!


「うぅ……分かりました、それでは、ご一緒させていただきます……」


 さっきまであんなにも凛々しく堂々と振る舞っていたのに、今は親元を離れたばかりの小動物のように小さくなっている。


 そのあまりの落差が可笑しくて、つい笑ってしまった。


「ふははは! 可愛いな、ユミエは。妾よりずっと可愛いぞ」


「むむむ……」


 からかわれていると気付いたのか、ユミエの頬が饅頭のようにぷっくりと膨らむ。


 本当に、ユミエは次々と色んな一面を見せてくれるな。見ていて全く飽きないぞ。


「さあ、そんなことより風呂だ、行くぞ!」


 ユミエをからかうのも楽しいが、一緒に風呂に入るのが楽しみなのは本心だ。


 地下から飛び出した妾達は、メイドの小言を聞き流しながら風呂場へと向かう。


「落ち着け、リフィネは女とはいえまだ子供、変に意識する必要はない、普通に、普通に一緒に入れば……」


 脱衣所の隅で、何やらぶつぶつと呟きながらユミエが衣服を脱いでいる。


 そんなに人に肌を見られるのが恥ずかしいのか?

 貴族としては正しいのかもしれんが、同性なのだからそんなに気にしなくても良いだろうに。


「ほら、いつまでそんなところにいる? 早く来るのだ!」


「あ、ちょっとリフィネ様!?」


 裸になったユミエの手を引き、浴室に入る。

 いつ見ても無駄に大きく、無駄に凝った作りのその場所は、たった二人で入るにはあまりにも広い。正直、普段なら心細さを覚えるほどだ。


 それなのに、今日はなんだかすごく楽しい。

 これも、ユミエが傍にいてくれるからだろうか。


「あれだ、ユミエ。流しっこというものをしてみよう。妾がユミエの背中を流すから、ユミエは妾の背中を流すのだ!」


「えぇぇ!?」


 やはり恥ずかしいのか、風呂に入ってもいないのに逆上せたかのように赤くなるユミエ。

 それでも、頼めば一緒にやってくれるその優しさが、妾には嬉しい。


「なあなあ、ユミエは兄上と仲が良いのか?」


 恐る恐る、といった様子で妾の体を洗い始めたユミエに、妾はそう問い掛ける。


 すると、話していた方が気が紛れると思ったのか、熱心に語り始めた。


「そうですね、シグート王子とは仲良くさせて頂いています。特に、私のお兄様は王子の親友ですからね」


「ユミエにも、兄がいるのか」


「はい! とっても優しいお兄様ですよ」


 そこから、ユミエによる延々と続く兄自慢が始まった。

 大体が、兄がいかにユミエを好いてくれているかという話だったのだが……それを語るユミエは心底幸せそうで、なんだか羨ましい。


「ユミエは、兄のことが大好きなのだな」


「はい! ……あ、いえ、違いますよ? いえ、違わないですけど、今話していたのはお兄様が私にメロメロだという話で!」


「別に隠すことはなかろう? 悪いことでもないのだし」


 一体何を恥ずかしがっているのかと見つめる妾に、ユミエはそっと目を逸らす。


 そんな姿を可愛らしいと感じながら、妾はボソリと呟いた。


「妾も……兄上と、そんな風に接することが出来る日が来るのだろうか……」


 ユミエは先ほど、兄上が妾のことを想ってくれているのだと教えてくれた。

 だが、妾はともかく兄上は次期国王にもっとも近い人物だ。きっと、妾が思っている以上に数多くのしがらみを抱えている。


 そんな兄上と、ユミエのように仲良くしたいと思うのは……我が儘だろうか……?


「……表立って会えないのなら、こっそり会うのはどうでしょうか?」


「こっそりと……?」


「はい。リフィネ様が案内してくださったあの地下なら、誰の目も憚らずにシグート王子と会えると思います」


 確かに、言われてみればそうかもしれない。

 だが……。


「兄上が、あそこに来てくれるだろうか? 兄上はとても忙しいというし……きっと、付き人もたくさんいるだろう?」


「私が王子に聞いてみます、リフィネ様が会いたがってるって。きっと、王子なら何とか時間を捻出してくださるでしょう」


「そう……だろうか?」


「はい。だからリフィネ様は、安心して待っていてください。実現したら、その時は……みんなで一緒に、これまで出来なかった分までたくさんお喋りしましょう」


 ね? と語りかけてくるユミエの笑顔を前に、不覚にも泣きそうになった。

 ユミエや兄上と、仲良く語らう時間……それを想像しただけで、こんなにも期待で胸がいっぱいになるなんて。


 誰かとお喋りするだけの時間など退屈だと、そう思っていたはずなのに。


「ユミエ……」


「はい、なんですか?」


 これもきっと、ユミエが妾と正面から向き合ってくれたからこそ、気付くことが出来た妾の本心なのだろう。


 なら……切っ掛けをくれたユミエには、はっきりと正直な気持ちを伝えておかねばならんだろう。


「ありがとう。お前のこと、今まで出会ってきた誰よりも好きだぞ」


 まだ、出会って一日と経っていないのに、ごく自然にそう思う。


 そんな妾の言葉に、ユミエはしばしきょとんとした後……。


「はい、私も好きですよ、リフィネ様」


 そんな、眩しいくらいの笑顔を向けてくれたのだ。

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