第29話 襲撃

 逃げてください、とは言ったものの、それで反応するのは大人だって難しい。案の定、令嬢達の誰一人として、ピクリともその場を動けなかった。


 安全だと思っていた場所に魔物が現れた上、頼みの騎士もおらずモニカの魔法も効かないんじゃ無理もない。


 だから……唯一動ける俺が、どうにかするしかない。


「演出魔法……《仮想付与デコレーション》!!」


 お披露目パーティーの時にも使った、白い幕で対象を覆う魔法。これを、迫る魔物に頭から被せる。


 同時に、俺はダッシュで魔物の側面に。新たな魔法を紡ぎ出す。


「《炎球ファイアボール》!!」


 炎の塊を、相手にぶつける攻撃魔法。

 でも、俺の魔力じゃ大した威力は出ないから、ダメージなんて最初から期待してない。あくまで、こいつの気を引ければそれでいい。


「グオォォ!!」


 案の定、俺の《仮想付与》を引き裂いた魔物は、俺に狙いを定めて振り返った。

 一直線に俺目掛けて突進し、丸太みたいに太い腕を振り上げる。


 よし、これでモニカ達は守れるな。……代わりに、俺が死にそうだけど。


「《風纒ブルームアップ》、最大展開!!」


 自身の周囲に風を纏わせ、薄めにつけた香水の匂いを相手に届ける演出魔法……なんだけど、それを全力で発動して、全身に突風を巻き起こす。


 この程度、魔物からすればそよ風だ。何の妨害にもなりはしない。


 でも……魔物自身の攻撃の余波で発生する風圧を合わせれば、俺の体を吹き飛ばすくらいの力にはなる。


「っ……!?」


 魔物の腕が俺を捉える寸前、風圧だけで俺の体は木の葉のように吹き飛ばされる。


 いくら直撃しなかったと言っても、相手は魔物だ。ただ吹き飛ばされて地面を転がっただけなのに、全身がバラバラになったんじゃないかってくらい痛い。


「ユ、ユミエさん!!」


 倒れた俺を見て、モニカが魔法を発動しようとした。


 でもその瞬間、魔物の眼がモニカを捉えたことで、紡ぎかけていた魔法はそのまま霧散する。


「手を出すな!!」


 腹の底から声を張り上げ、俺はもう一度《炎球》を発動。魔物の気を引き直した。


 俺の行動が信じられなかったのか、モニカが目を丸くしながら俺の方を見る。


「あなた達は……早く、逃げて。こいつは、俺が相手をする!!」


「な、何を言ってるんですの? あなたが、そんな魔物に勝てるはずがありませんわ!」


 取り繕う余裕もなく飛び出した俺の男口調に驚きながらも、モニカは当たり前の事実を当たり前のように告げる。


 そりゃあそうだ。俺の魔法は、所詮小手先の器用さに全振りした演出用の魔法であって、戦闘に使えるものなんか何もない。

 俺じゃあこいつを倒すどころか、怪我一つ負わせることだって出来ないだろう。


 でも。


「だからどうしたっていうの!?」


 そんなの、ここで引く理由にはならない。


「俺はグランベルだ。友達を……戦う覚悟もない女の子達を見捨てて逃げ帰ったりなんてしたら、家族に顔向け出来ないの!!」


 俺の中にある最大の願いは、前世の記憶が戻って以来、今この瞬間まで何一つ変わってない。


 ただ、家族の一員として認められたい。家族に愛されたい。愛される俺であり続けたい。それだけだ。


 なら、俺はここで引くわけにはいかないだろう。

 力がなかろうが。勝ち目がなかろうが。


 今、誰かが戦わなきゃいけない状況で、戦えるのが俺しかいないのなら……俺は、戦わなきゃならない。


 他でもない、俺自身の願いのために。


「大丈夫、みんなが逃げたら、俺も適当に時間稼いでからちゃんと逃げるから」


「グオォォ!!」


 魔物が再び俺に向け、腕を振り下ろす。

 それをどうにか避けようとして、スカートの端を踏んづけて転んでしまった。


 頭上スレスレを通過していく轟音に胆を冷やしながら、立ち上がった俺は少しでも動きやすくなるように身に纏うドレスを引き裂いた。


 ……お気に入りだったんだけどな。デザインしてくれたマニラには、今度ちゃんと謝らないと。


「それに……約束したでしょ?」


 急いで距離を取り、魔物と睨み合う僅かな時間。それを使って、俺はモニカに笑いかけた。


 早くもボロボロで、何度も地面を転がったせいで土に塗れ、血が滲んだ酷い顔ではあっただろうけど。


 それでも、少しでも安心させてやるために……精一杯の、"可愛い"笑顔で。


「グランベルの名に懸けて、モニカのことは守り抜くって。こんなところで、その誓いを終わらせるつもりなんてないから……心配しなくても大丈夫だよ」


 俺の言葉に、返事はない。

 モニカが答えを口に出来なかったからっていうのもあるだろうけど、俺自身また魔物に吹き飛ばされて、それを聞く余裕もなかった。


「ユミエさん!!」


「っ……!! 早く逃げて、騎士の助けを呼んできて!! お願い!!」


 地面を転がりながら立ち上がった俺は、痛む体に鞭打って森の中へと走り出す。


 俺を追って走り出す魔物の圧力を背後に感じながら、俺は歯を食い縛って少しでも前へと足を動かすのだった。

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