第28話 森のお茶会

「おお~! ここがベルモント家イチオシの湖……すごく綺麗ですね!」


 ベルモント家からのお茶会の招待を受けた俺は、お兄様に会いに行きたい衝動をぐっと堪えつつ、まずはベルモント家に向かった。


 そこで説明されたのは、今回のお茶会は屋敷内ではなく、少し離れた場所にある湖で行うという説明。

 招待された令嬢達と共にベルモントの馬車に乗り込み、今こうして到着したのだ。


「皆さん、見てください! あそこ、お魚が跳ねてます、よ……?」


 太陽の光を反射し煌めく水面。森の木々に覆われ、緑の匂いと穏やかな風が体を包む。


 そんな長閑な光景にはしゃいでいた俺は、振り返った先でモニカを含む令嬢達が全員仲良くフラフラになっているのを見て、首を傾げた。


「どうしたんですか? そんなに疲れた顔をして」


「どうした、って……むしろ、どうしてあなたは、平気なんですの……こんなに、歩いて……」


 令嬢達を代表して、モニカからそんな質問を投げ掛けられる。


 ある意味当たり前だが、森の奥にあるこの湖の畔まで、馬車を入れることは出来なかった。


 なので、途中からは降りて歩いて来たんだが……どうやら、みんなそれでへばってしまったらしい。


 でも、俺としてはむしろ、モニカ達こそ「どうしてへばってんの?」という感じだ。


「どうしてって……だってまだ、一キロも歩いてないと思いますよ? ほら、護衛の騎士さんなんて、鎧を着込んでるのにへっちゃらそうですし」


 この森は安全だけど、貴族令嬢達が子供達だけで人気のない森に向かうわけにはいかないので、当然ながら護衛もいる。


 三人の騎士さん達を指差して言う俺に、モニカは信じられないものを見るような目を向けた。


「騎士と、令嬢の、体力を、比べる方がおかしいですわ……」


「えー……でもほら、前にも言いましたけど、女の子の可愛さには体力と筋肉も大事ですよ?」


 むん、と力こぶ……は出来ないので、それらしいポーズをとってみせながら、俺はそう語る。


 やっぱりね、人間最後は筋肉なんだよ。筋肉は全てを解決してくれる。


「さすが、ユミエさん……」


「グランベルの娘は、違いますわね……」


 モニカ以外の令嬢から、キラキラと尊敬の眼差しが送られる。


 ふふふ、こう見えて、日々ちゃんと体を鍛えてるからな。

 見た目にはほとんど変わってないが、体力は着実についてるんだよ!


「むぐぐ……さ、さあ! 無事到着したわけですし、お茶会の準備を始めますわよ!」


 すると、モニカがびしりと立ち上がり、そんなことを言い始めた。

 今の今まで、もう歩けないってくらいフラフラだったのに……大丈夫か?


「あの、準備なら私がやりますから、モニカ様達は休んでいて貰ってもいいんですよ?」


「問題ありませんわ! 私も、誇り高きベルモント家の娘ですから、これくらいどうってことないですの! ……ほら、皆さんもいつまでしゃがみこんでいるのですか、早くシャキッとなさい!!」


「は、はい!」


「分かりました!」


 モニカの号令で、同じようにへばっていたはずの令嬢達が気合いと根性でテキパキと動き始める。


 おお、やるなぁ……このカリスマは見習うべきかもしれない。


 そんなこんなで、騎士の手もかりながら地面に敷いたシートの上で、のんびりお茶の時間。

 当然話題は、今さっきの体力の話になった。


「ユミエさん、そんなに小さな体ですごい体力ですわよね。どんなトレーニングをしてらっしゃるの?」


「それはもう、走ったり筋トレしたり、地味なことを毎日コツコツ、です」


「あらあら、大変ではありませんか? それは」


「でも、こうした方が体型も維持出来ますし……やはり何事も、一朝一夕では身に付きませんから」


 貴族令嬢がする話題じゃない気がするが、まあたまにはいいだろう。

 それに、俺だって最近は女子っぽい話題にも慣れてきたしな。前みたいに変に湿っぽい空気にすることもないし、すっかり打ち解けたと言えるだろう。


 だからか、俺は気付かなかった。

 いつの間にか、近くにいたはずの護衛騎士達が一人もいなくなっていることに。


「あれ……? 護衛のお三方は……?」


「おかしいですわね……?」


 他の令嬢達も気付いたのか、不安そうに辺りを見渡す。


 そんな中で、モニカだけがどこか余裕ありげな表情を浮かべていた。


「モニカ様、何か……」


「きゃあああ!?」


 知りませんか? と問おうとした俺の声は、令嬢の悲鳴でかき消される。


 振り向けば、恐怖の表情を浮かべる令嬢の視線の先──湖の向こうから、一体の熊が走ってくるのが見えた。


「熊ですわね。安全だと聞いていましたが、まあ獣くらいは出ることもあるでしょう。皆さん、私が魔法で追い払いますから、後ろで隠れていてくださいまし」


 モニカが掌に魔力を込め、魔法の準備を始める。


 けれど俺は、向かって来る獣の姿に、何か違和感を覚えた。


 その違和感の正体に気付いた瞬間、俺の背筋を悪寒が駆け抜ける。


「違う……あれは、熊じゃない!!」


「《爆炎フレアバースト》!!」


 モニカの手から、紅蓮の業火が放たれる。

 その威力はもちろんのこと、普通の獣なら単純に炎を恐れて逃げ出すはずだ。にも係わらず、熊らしき何かは一直線に炎に突っ込み──そのまま、分厚い毛皮を鎧代わりに強引に突破してきた。


「え……」


 モニカが、ぽかんと口を開けたまま硬直する。


 距離があったために目測が狂っていたが、すぐ目の前までやってきたそいつは見上げるほどの巨体を誇り、普通の熊の二倍くらいのサイズがある。


 炎も恐れず、魔法を喰らっても意にも介さない化け物。ファンタジーな世界だからこそ存在するそれの名を、俺は叫んだ。


「これは魔物です!! 皆さん、逃げてください!!」


 俺の悲鳴にも似た警告に合わせ、熊の魔物は咆哮をあげ。


 何の躊躇も容赦もなく、俺達に襲い掛かって来た。

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