第27話 不穏な気配
「……一足、遅かったみたいだね」
ベルモント領のとある空き倉庫に足を踏み入れたシグートは、もぬけの殻となったそこを見て溜め息を溢す。
否、正確には完全なもぬけの殻ではない。
そこには、一人のメイドが物言わぬ死体となって横たわっていた。
「ふむ、どうやらベルモント家のメイドのようですね。剣で心臓をひと突き、即死です」
血溜まりに沈むそれを、シグートとニールの付き添いという名目で同行した騎士──アルウェ・ナイトハルト侯爵が確認する。
メイドの手には、ベルモント家の人間であることを示す家紋入りの身分証が握られていた。まず、間違いないだろう。
「どうして殺したんだよ。仲間じゃないのか? 意味が分からないぞ……」
腕こそ立つが、まだまだ子供のニールは、メイドの死体を前に顔を青くしている。
彼からすれば、同じ陣営に所属する人間を、むざむざ殺す理由が思い付かないのだろう。
優しい子だな、と、シグートは自らの親友をそう評した。
「おそらく、口止めでしょうな。取引の証拠を残さないため、事実を知る人間を消したのでしょう」
「そんな理由で……!!」
アルウェの言葉にぐっと歯を食い縛ったニールは、横たわるメイドの恐怖に引き攣った顔に手を伸ばし、そっと瞼を閉じさせる。
せめて安らかに、と言わんばかりに黙祷を捧げるニールに合わせ、シグートも軽く目を閉じた。
「ともあれ、ここで魔物の取引があったことは確かです。もう、魔物は公爵家の手に渡ったと見ていいでしょう」
そんな中で、アルウェがそう告げる。
それを聞いて、ニールはハッと顔を上げた。
「それじゃあ、もしかして公爵邸に……!?」
「さすがに、屋敷に直接運び込むことはしないとは思いますが……一つ懸念が……」
アルウェが地図を広げ、現在地と公爵家の屋敷との間に線を結ぶ。
何の意味があるのかと首を傾げるニールに、アルウェはある一ヵ所を指し示した。
「実は本日、公爵家の令嬢が他家の令嬢達と共にこの森に入っていくところを見たという情報が入っております。もし、この場所から公爵家に向かって魔物を運んだ場合、ちょうど通過する位置です」
「っ……まさか!?」
「はい。万が一の可能性ではありますが……ここで馬車が事故を起こした場合、魔物が令嬢達を襲う可能性があります」
それを聞いた途端、ニールの表情は死体を見た時以上に青ざめる。
ユミエは魔法を使えると言っても、所詮は演出用の弱い魔法だ。戦闘などとても出来ない。
ユミエが、魔物に襲われて命を落とし、先ほどのメイドのように物言わぬ骸と成り果てるかもしれない──それは、ごく僅かな可能性であろうと、ニールの頭から冷静さを吹き飛ばすには十分過ぎる事態だった。
「シグート!! 俺は先にユミエのところに行く!!」
「落ち着けニール、まだ魔物が公爵邸に向かって運ばれた確証もないし、仮にそうだとしても事故を起こすと決まったわけでもないだろう? 早馬を用意するからそれまで……」
「馬なんかより、俺が走った方が早い!! 他の可能性とかいうのはシグートに任せる!!」
言うが早いか、ニールは魔法で全身を強化し、目にも止まらぬ速さで走り出す。
本当に、妹のこととなると周りが見えなくなるやつだな──と呆れるシグートだったが、同時に、そんな衝動を好ましいとも感じていた。
王家の人間に、家族の情などというものは存在しないのだから。
(王家に生まれたからには、望もうと望まざるとに係わらず、政争に巻き込まれるのを避けられない。だから、仮に同じ血を分けた兄妹であっても、過度に仲良くすべきではないのは分かっているが……)
ニールとユミエを見ていると、シグートはどうしても王宮にいる妹のことを思い出す。
腹違いの兄妹で、母親同士が別の派閥に属する対立構造にあるせいで、仲良くすることはおろか、表立って挨拶を交わす機会すらほぼ皆無だ。
それでも……時々、思うのだ。
もし、そんなしがらみも全て忘れて、あの二人のように自分達も仲良く出来たなら、どれほど──
(……ふふ、今はそんな感傷に浸っている場合じゃないね)
羨むのは、いつでも出来る。だが、今目の前で起こっている事件をどうにかしなければ、それすら許されなくなるだろう。
最悪の事態を避けるためにも、自分は自分で動かなければならない。
「王子、あの子を追い掛けなくてよろしいので?」
「ニールの足にはどうせ追い付けん。それより、僕らは僕らでやることがある」
「はあ、やること、ですか?」
疑問符を浮かべるアルウェに、シグートは「ああ」の微笑む。
「大事な用だ、すぐに早馬を用意しろ」
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