第18話 パーティーの終わりはパーティーの始まり

 パーティーが終わって以降、お父様も俺に対してだいぶ甘くなった気がする。


 仕事で忙しそうにしてるのは相変わらずだけど、食事の時以外にも顔を見に来てくれるようになったし、お茶を運べば笑顔を見せてくれるようになってきた。


 それに、最近は勉強の成果もあって、お父様の話にある程度ついて行けるようになったんだよな。


 なまじ、お兄様は剣と魔法に夢中で、経済だとか領地運営だとかの小難しい話は嫌いだから、俺とそういう話が出来るのが嬉しいらしい。俺を構いすぎて、リサやお母様に叱られることもあるくらいだ。


 厳つい顔した大男が、娘を甘やかしすぎて妻に叱られてる光景って、端から見るとなかなか笑える。いや、端も何も、俺当事者だけども。


 まあともあれ、お兄様やお母様に続き、お父様もちゃんと俺を家族の一員として見てくれるようになったというのはとても大きい。


 家の雰囲気が明るくなったし、使用人達の俺に向ける眼差しも、"家庭崩壊の元凶"から"夫婦仲を取り持った立役者"に変わった。


 グランベル家総仲良し計画、ここに完遂。後は俺の勝ち組確定人生をどうぞお楽しみください。


「って、そう言えれば良かったのに……どうして俺はまたお手紙地獄に戻ってきたんだ……!?」


 パーティーが始まる前、必死に書いた招待状の山。

 それすら上回るほどの手紙の山に埋もれながら、俺は嘆いた。


 そんな俺に、リサが無情にも現実を突きつける。


「パーティーで、お嬢様の知名度はそれはもう急上昇しましたからね。お嬢様の演出魔法を目にした貴族家からの招待はもちろん、参加を見送った貴族家からも、ぜひ我が家で披露して欲しいとの要望が続々と送られて来ています。良かったですねお嬢様、大人気ですよ」


「大人気なのは確かに良いことなんだけど、これはさすがに望んでない!!」


 ある意味当たり前だが、招待が来たからには返事を書かなければならない。

 招待状を送るだけでも大変だったが、あれはまだ定型文をひたすら書き写すだけで良かったのに……今回は招待内容に目を通し、スケジュールの空きを確認し、日程が被った場合は参加するメリットの大きさでそれぞれを天秤にかけ、その上で断り文句と承諾文句を考え……と、とにかく考えることが多すぎる。


 これ、どう考えても十歳の子供にやらせる作業じゃなくない? 誰か、ヘルプミー。


「旦那様は政務で忙しいですし、奥様は奥様で自分宛に届いた招待への返事を書く作業があります。相談には乗ってくださるでしょうが、作業自体がお嬢様のお仕事なのは変わりないですよ」


「ノォー!!」


 大袈裟なリアクションで己の不幸を呪ってみるも、やらなければならない作業が減るわけでもない。


 ぶー、と頬を膨らませてさりげない可愛さアピールをしながら作業を進め、俺の猫被りにも動じず淡々と届いた招待状の山を重要度の高い順に俺へ差し出すリサにひっそりと涙を流していると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「ユミエー、いるかー?」


「あ、お兄様、すぐ行きますー!」


 脱兎のごとく走り出す俺を見て、リサがやれやれと溜め息を溢す。


 いやうん、後でちゃんとやるから。ちょっとだけ休憩させて。


「おおっと、どうしたユミエ、今日はいつになく甘えん坊だな」


「えへへ、ちょうどお兄様に甘えたい気分だったんです」


 扉を開けて入ってきたお兄様に思い切り抱き着き、にぱっと笑みを浮かべてみせる。


 年上の余裕を見せようと、落ち着いた口調で応えるお兄様だが……口元がゆるゆるになっているのをまるで隠せていない。


 うん、やっぱりお兄様はチョロ可愛い。一緒にいると癒されるわ。


「それで、お兄様は何をしに来たんですか?」


 すりすりと顔を擦り付けるように密着させながら、俺はそう問い掛ける。

 会話の切っ掛けに、と軽い気持ちで尋ねただけだったんだが、続く言葉に俺は声を失った。


「ああ、ユミエ宛に手紙が届いたから、渡そうかと思って。お茶会への招待状だってさ」


「…………」


 どうやらお兄様は、俺を救いに来た天使ではなく、俺を地獄に連れ去る死神だったらしい。


 絶望と共に崩れ落ちる俺を見て、お兄様は苦笑を浮かべた。


「大丈夫だよ、送り主はシグート王子だから」


「どこが大丈夫なんですか!?」


 確かに、王子からはぜひ王宮に来て欲しい、招待すると言われたし、俺もそれを快諾した。そうでなくとも、王子からのお誘いを断るなんて出来るわけないし、参加することそれ自体は吝かではない。


 でも、結局返事を書かなきゃいけないのは変わらないし、俺の仕事が増えただけだ。


「王子からの招待が来たって言えば、どんな家も招待を断られたって文句言えなくなるぞ」


「……!!」


 そういうことかと、俺は再び顔を上げる。


 今俺にある忙しさは、単純な物量もさることながら、断り文句を考えるのが難しいというのが一番大きい。


 なにせ、グランベルは伯爵家だ。

 別に低い爵位ということもないし、王家の懐刀という立ち位置を考えればむしろかなり高い地位にあるんだが……それでも、やっぱり無視出来ない家というのは多い。


 そんな家からの招待が複数重なった時、角が立たないように断るのは難しい。下手に選べば「あの家よりも下に見られている」と思われかねないし、かといって全て断ってしまえば社交にならない。


 その点、王子からの招待というのは最強の切り札ジョーカーだ。どんな家だって、まさか王家の誘いより自分達を優先しろとは言えないからな。


「お兄様、さすがです! 天才です! 大好きですーー!!」


「あはは、大袈裟だなぁ、ユミエは。でももっと言っていいぞ?」


「好き好き好きーー!!」


 やっと作業の終わりが見えたことで、テンションが振り切れてしまった俺のことを、お兄様が撫で回す。


 そんな俺達の様子を、リサはやれやれと肩を竦めながら見守っていた。

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