第17話 お父様の抱っこ
「はー……疲れた……」
パーティーは、大盛況の内に幕を閉じた。
俺の企画した演出と、マニラちゃんが考案したドレスデザインの話題性もあって、集まった貴族達はみんな最後まで楽しげに歓談を続けてたからな。
強いて問題をあげるとするなら、その影響で俺への挨拶がみんな伸びに伸び、結局俺自身は何も食べられないまま夜を迎えてしまったということか。
「お腹空いたし、お風呂にも入りたい……」
当初の目的──俺の存在感を社交の場で示すという目論見は果たせた(多分)んだし、早く休みたい。
幸い、後片付けの方はリサを含めたメイドのみんながやってくれるみたいだし、俺は部屋に戻るだけ。
ああ、リサがいないから料理もお風呂も自分で準備しないと──
「あっ……」
そうやってあれこれと考えながら廊下を歩いていると、不意にめまいに襲われた。
ぐらりと揺れる視界。抗うことも出来ず、吸い込まれるように体が地面に倒れていく。
危ない、と頭では思うも、手をつくことすら出来ずにそのまま床に顔面を打ち付ける──直前、俺の体を誰かが抱き留めた。
「大丈夫か? ユミエ」
「……お父様」
予想外の人物に、めまいが収まった俺は驚いた。
確か、王子との話し合いがあるからって、途中でパーティーを抜けてた気がするんだけど。もう終わったんだろうか?
「危ないぞ。足元には気を付けなさい」
「はい、すみませ……っ」
一言謝って、もう一度歩き出そうとする俺だったけど……力が入らず、腰が抜けてしまう。
そんな俺を、お父様はもう一度支えてくれた。
「よほど疲れているようだな。部屋まで運ぼう」
「……すみません」
俺の小さな体を、お父様が抱き上げる。
これでも十歳だし、それなりに重いと思うんだが……お父様はそんな素振りも見せず、むしろ心配そうに俺を見た。
「随分と軽いな。ちゃんと食べているのか?」
「食べてますよ。お父様が力持ち過ぎるだけです」
「なら、どうしてあんなにフラフラだったんだ。食べていてそれなら、寝ていないのか?」
「…………」
ちゃんと寝ている、と言いたいところだったが、正直ここ最近はあまりしっかりと睡眠時間を確保出来ているとは言い難かった。
パーティーに向けた礼儀作法の確認、体作りのためのトレーニングに、魔法の修業。貴族達の会話について行けるように、お母様に日々流行りについてリサーチを行い、勉強さえも並行して……。
うん、我ながらこの三ヶ月は過密スケジュール過ぎたかもしれないな。
過労だって肌に悪いって頭では分かってたんだけど……今回だけは、って甘えちゃったんだよな。
「ユミエ……すまない」
「どうして、お父様が謝るんですか?」
俺の部屋に向かう道すがら、お父様は突然俺に謝罪し始めた。
謝られる心当たりのない俺は首を傾げるのだが、お父様は申し訳なさそうな顔のまま、抱っこした俺の背中をポンポンと撫でる。
「今まで、私が親として何もしてやれなかったばかりに、余計な苦労をかけてしまった。今も……立っていることもままならないほど、お前を追い込んでしまっている」
「……追い込まれてなんていませんよ。私は、自分のやりたいようにやっているだけですから」
「だが、素のお前はもっとわんぱくなのだろう? リサが言っていたぞ」
リサ……お父様に俺のことなんて話したんだよ。
要するに、お父様は今の俺を、無理に"可愛い娘"を演じて無理してると思ってるのか。
「無理に仮面を被らなくてもいい。お前はお前らしく、元気に成長してくれればそれでいい。何もせずとも……お前は、俺の娘だ」
不器用な言葉で、必死に想いを伝えようとしてくれるお父様に、俺は胸を打たれた。
だからこそ、誤解は今ここで解いておかないとな。
「ありがとうございます、お父様。本当に……嬉しいです。でも、私は別に無理なんてしてませんよ。本当です」
「しかし……」
「お父様も、小さい頃は"カッコよくなりたい"って、そんな風に思っていませんでしたか?」
俺が問い掛けると、お父様はしばし考え込んだ後、「そうだな……」と呟いた。
「小さい頃はどうか分からないが……リフィアと出会ってからは、少しでも良く見られようと必死だったかもしれない」
「でしょう? 私も同じですよ。私は、少しでも可愛くなりたいんです。大切な人の前では、特に」
大切な人、と言われて、お父様が目を見開く。
もちろん、リサが大切じゃないって意味ではないんだけど、これが俺の偽らざる本心だ。
無理してるわけじゃない。ただ、俺自身が可愛くなりたい、可愛いって思われたいんだ。
「お父様は、どう思いましたか? 今日の私、ちゃんと可愛かったですか?」
あんまりそういうことに興味がなさそうなお父様の目には、今日の俺はどう映ったのか。
少しばかり不安に駆られながら問い掛ける俺に、お父様は──ふっと表情を緩め、頭を撫でてくれた。
「ああ……とても、可愛かったよ。あの場にいた誰よりも、輝いて見えた。私の、自慢の娘だ」
「えへへ……それなら、頑張った甲斐がありました。嬉しいです!」
輝いて見えたのは、多分俺の魔法の効果だけど……まあ、そんなのはいちいち口に出すことでもあるまい。
だから、俺はそんなつまらない指摘を口に出す代わりに、甘えるようにお父様に抱き着いた。
「だから、お父様……私のこと、可愛いって思ったら、たくさん口に出して、褒めて欲しいです。そうしたら私も、ちゃんと愛されてるんだって、安心出来ますから」
お父様は、仕事は出来ても人間関係──特に、家族関係の構築に関してはかなり疎い。願うだけじゃ何も伝わらないし、どうすればいいか分からない時は何もしないタイプだ。
だから俺は、願いをハッキリと口に出す。口に出して、おねだりする。
きっとそれが、お父様を堕とすのに一番効果的だと思うから。
「ああ、分かった。何度でも、言わせて貰うよ。……お前は私の、世界一可愛い娘だ」
不器用で力強い、お父様の腕に抱かれながら。
俺はその言葉に満足して、ゆっくりと夢の世界へと旅立つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます