第19話 王子とのお茶会
「うわー……これが王城ですか……すごい……」
王子からの招待に応じることにした俺は、グランベル領から遠路はるばる王都を目指し、お兄様の引率を伴って王城へとやって来た。
見上げるような白亜の城は、近くまで来るとその全貌が見渡せないほどに大きい。
シルエットだけならシンプルなんだが、この敷地面積を考えると気を抜いたらすぐ迷子になりそうだ。
「ほら、ユミエ。上ばっかり見て歩いてると迷子になるぞ」
「あ、はーい」
お兄様も俺と同じ懸念を抱いたのか、微笑ましげに笑いながら俺の手を取ってエスコートしてくれた。
お兄様、少し前まではただの悪ガキみたいな感じだったのに、時間が経てば経つほどに紳士になっていくな。俺の心が男じゃなかったら惚れてるところだよ。
「よく来てくれたね、待っていたよ」
お兄様に連れられ、歩くことしばし。王城勤めの使用人の案内を受けて到着したのは、花に囲まれた華やかな庭園の中心だった。
ガラス張りのちょっとした建物の中に、お茶会用のテーブルが用意された小さな空間。どこか秘密基地のような雰囲気が、どことなく俺の男心をくすぐった。
「シグート王子、本日は兄ともども、お招きいただきありがとうございます」
「そう固くならないでいいよ、公的な集まりってわけでもないからね。ちなみに、呼んだのはユミエだけで、ニールは呼んでない」
あれ? と、私はお兄様の方を見る。
俺も招待されたから、ユミエの面倒は俺が見る! って言ってたのに、どういうことだ?
「ふふ、まあ僕とニールの仲だ、構わないけどね。ユミエはよほど、兄から大事にされているみたいだ」
「お前、分かってて俺を招待しなかっただろ」
「はて、何のことかな?」
ジトリと睨むお兄様の眼差しを、王子はニコニコ笑顔で受け流す。
付き合いの浅い俺には、今のやり取りにどんな意味が込められていたのかよく分からなかったけど……。
「とっても仲良しなんですね、お二人は」
「違う、腐れ縁だ」
「ああ、ニールとはこの上なく親しい間柄だよ」
否定するお兄様と、誤解を招きそうな発言を溢す王子。うん、大体察した。
まあ、雰囲気が悪くならないならなんでもいいや、俺も一人で王子と対談するなんて、出来る気がしなかったし。
「さあ、立ち話もなんだし、座ってくれ」
「はい、失礼します」
「…………」
笑顔で座る俺と、どことなく警戒の眼差しを王子に向けるお兄様。
そんな風に眉間にずっと皺寄せてると、癖になっちまうぞ?
「ニールは、君が僕に取られるんじゃないかと気が気じゃないのさ」
「ぶっ!!」
俺がお兄様の様子を訝しんでいると思ったのか、王子からそんな風にぶっちゃけられた。
図星なのか、お兄様は軽く口に含んだお茶を盛大に噴き出している。汚いよ、お兄様。
「あはは、お兄様は心配性ですね。シグート王子みたいな素敵な人が、私みたいなお子様を欲しがるはずないじゃないですか」
俺は今十歳だぞ? シグート王子は、お兄様より年上の十五歳だったはず。
大人になれば、五歳差なんて微々たるもんだろうが、この歳の子供にとっては大きな差だ。異性として意識なんてしてるわけ……。
「いや、欲しいよ? 僕の婚約者候補にどうかと思ったから招待したんだし」
「はい?」
一切隠さずオブラートに包むことすらせず、王子は俺にそんなことを言い出した。
いやいや、何を言ってるんだお前さんは。
「シグートぉぉぉ!! ユミエが欲しければまずは俺を倒してからにしろぉぉぉ!!」
「いや、ニールはまだ僕に一回も勝てていないじゃないか。それを言うのは三年早いと思うよ?」
「うるせえ知るかぁぁぁ!! 表に出ろぉぉぉ!!」
三年って、結構リアリティのある数字だな。どうやらこの王子、俺のお兄様を随分と高く評価してくれているらしい。
まあ、そういう細かいニュアンスの違いは、お兄様にはまだ伝わらないようだけど。
「落ち着いてください、お兄様。王子なりの冗談ですよ」
「そんなわけないだろ! こいつ絶対お前のこと狙ってる!!」
「それはあり得ませんって」
「どうしてそう思うんだい?」
俺がお兄様を宥めていると、王子がそう問いかけてきた。
どうしてって、そんなの決まってる。
「私はグランベル家の血を引いていますが……所詮、正統な継承権もない婚外子です。そんな私が王子と一緒になるなど、たとえ側室であっても相応しくないでしょう」
「ユミエ!!」
突然、お兄様が怒声を上げて立ち上がり、俺を睨み付けた。
思わぬ事態に目を丸くしていると、お兄様は今にも泣き出しそうな顔で私の肩を掴んだ。
「そんなこと、お前は気にしなくていい!! 誰の子供だって、お前は俺の妹なんだから!!」
「お兄様、気持ちはとても嬉しいのですが……これは、そういう問題では……」
「だけど……!」
「やめなよ、ニール。少なくとも、君はその件について、彼女に何か言える立場じゃないはずだ」
「っ……!!」
ヒートアップするお兄様を、王子が一言で黙らせてしまう。
まあ、うん……家族にどう思われてようが、俺が婚外子って事実は変わらないし、それは十分俺を非難する材料になる。
少し前までは、お兄様だって非難する立場にいたんだから、それを言われると何も言えないだろうな。
「大丈夫ですよ。私は今、お兄様やお父様、お母様に愛して貰えて、十分幸せですから。結婚出来るかどうかなんて、それに比べたら些細なことですよ」
そもそも、俺って体は女の子だけど、心は変わらず男のつもりだし。
仮に何の問題もない生まれだったとしても、男と結婚するのはさすがにちょっと……ねえ?
というわけで、お兄様があまり気に病まないようにフォローを入れたのだが、あまり表情が好転していない。
王子とのお茶会で、雰囲気が良くないまま終わったりしたら変な噂になりかねないし、どうにか励まさないと。
そう思っていると、王子は「ぷはは……!」と突然笑い出した。
「やっぱり面白いね、ユミエは。益々欲しくなったよ」
ニコニコと笑い続ける王子を見て、俺は思う。
……冗談、なんだよな?
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