第16話 シグート王子の関心事

 ──面白い子だな。


 あまり自分ばかりが長話をしていては何だからと、ユミエの下を離れた後。シグートはそう彼女を評した。


 今まで見たこともない、魔法を使った派手な演出で自らの存在感を痛烈に叩き付けたこともそうだが、何より笑えるのは先ほどモニカと交わしていたやり取りだ。


 一見すれば、ごく普通の会話に見えただろう。しかし、その裏に込められた意味を読み解けば、それらはまるで異なる形を示す。


 ──まるで芸者のような演出でしたね。そんなに派手なことが好きなら、貴族の社交場ではなくサーカスでやってなさい、この平民が。


 ──そうですね、この程度は平民出の私でも出来ますし、大したことはありません。もっとも、魔法で物を壊すしか脳のないあなたには、こんなことも出来ないでしょうけど。


 ──魔法だけでなく、服装まで平民のようでみっともない。少しは貴族らしくしなさいよ。


 ──このデザインのドレスは、あなたのお母様も身に付けていた、由緒正しき貴族の装いですよ? そんなことも知らないのですか?


 ──そんな古くさくて子供っぽい服装、とても着れたものじゃありませんから。まあ、あなたのような貧相な体つきの女にはお似合いでしょうけど


 ──あなたみたいに、子供が無駄に背伸びして、ありもしない色気を振り撒こうとしている滑稽な姿を晒したくはありませんから。


 二人の会話を貴族式に要約すると、このような形となる。


 もしこれをユミエが聞けば、「そんなこと言ってねえよ!?」と、猫被りしている女口調すら投げ捨ててツッコミを入れるほどの盛大な誤訳なのだが、少なくともシグートとモニカはそう読み取っていた。


「これは、しばらく退屈しなさそうだ。わざわざここまで足を運んだ甲斐があったよ」


 シグートがこのパーティーに出席した理由は、いくつかある。


 一つは、言ってはなんだがこの程度のパーティー、多忙を極める国王夫妻が出席するほどのものではないからだ。

 とはいえ、グランベル家は王国にとって重要な戦力だ。招待をきっぱり断るのも良くないということで、たまたま暇そうにしていたシグートに白羽の矢が立った。


 二つ目は、単純に長年の友人たるニールが最近になって急に溺愛し始めたという妹に、興味が湧いたからだ。


 連日届く手紙にグチグチと記されていた、妹の存在に対する山のような愚痴。それがある日を境に変化を始め、今や砂糖菓子よりもなお甘いデレデレの惚気話に変貌を遂げているのだ。気にするなというほうが無理がある。


 そうしてやって来たシグートにとって、ユミエの存在は非常に好ましいものだった。


 ただ可愛らしいだけではない、どこか雄々しさを覚える力強い眼差しと、自らに対する絶対の自信。


 平民上がりの貴族といえば、立場の弱さから卑屈になって周囲に媚びへつらうか、貴族という立場そのものに酔って下品で下劣な振る舞いをするようになるかのどちらかが多いのだが、ユミエはそのどちらにも当てはまらないように見えたのだ。


「王子、そろそろグランベル卿との対談の時間です」


「……せっかくいい気分だったのに、もう仕事の話かい? もう少しパーティーをゆっくり楽しませてくれよ」


 そんなシグートの下にやって来たのは、付き人のセバスだった。

 見た目はまったりとバルコニーで茶を嗜んでいそうな老執事なのだが、その内面は極度のスパルタワーカーホリックだ。油断していると次から次へと政務を放り込まれるので、シグートとしてはあまり連れてきたくなかった付き人だ。


 だからこそ連れて来させられた、とも言えるが。


「おや、十分楽しんでおられたではありませんか。それに、魔物対策の会議について事前に根回しをしておきたいと言っておられたのは、他ならぬ王子でしょう?」


「そうだけどね……」


 はあ、と溜め息を溢しながら、シグートはここに来た最後の目的──グランベル伯爵家の当主との会談を行うため、セバスについて会場を後にする。


 この世界に数多存在する、魔法を操る凶暴な獣達──魔物の脅威は、常に王国民の頭を悩ませ、時には小さな村や町が地図から消える要因にさえなっている。


 その魔物の活動に関して、情報共有と対策の強化を行うための会議が近々王城で開かれるのだが、その際に王子の意見に賛同する者を増やすべく、彼は根回しの真っ最中だった。


 ──近年減少傾向にある魔物被害を鑑みて、その対策費を引き下げ、軍縮に走ろうなどという意見を封殺するために。


「魔物の被害が減少しているのは、昨年の対策が功を奏したからに過ぎない。加えて、魔物を飼い慣らして手駒として利用しようなどという違法な試みに手を染めるバカ貴族もいるようだし、そちらに流すために魔物が乱獲されているというのも大きいだろう。……今対策費を下げれば、"裏"に流れた魔物によって思わぬ大事故を起こしかねんと分からんのか、バカどもめ」


 ユミエやニールの前では見せなかった辛辣な言葉で、顔も名前も分からない汚職に手を染める貴族達を盛大に罵る。


 魔物を飼い慣らして戦力化しようという試みは昔から存在するが、うっかり街中で暴走など招いてしまえばどこまで被害が広がるか分かったものではない。そのため、そういった研究はほぼ全て禁止されている。


 ところが近年、その法を破って研究に手を染める者が現れたらしく、裏のルートで生きた魔物が売買されているようなのだ。治安維持に精を出す王家の人間としては、頭が痛いことこの上ない。


 そちらへ対処するためには、むしろ魔物対策費は増額したいというのがシグートの立場だ。

 王家に忠実なグランベル家に援助を乞うのは、当然の流れと言えるだろう。


「こんなことはさっさと終わらせて、早くあの子を王家のお茶に招待したいものだね」


「よほど気に入ったのですな、グランベルの娘が」


「ああ、それはもう」


 珍しい、とばかりに目を見開くセバスに、シグートは笑みを見せる。


 そして──この場にユミエがいたならば、確実に渋面を作るであろう一言を口にした。


「僕の婚約者候補に、名前を入れてもいいと思えるくらいにはね」

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