第15話 パーティー歓談

「ふっ……完璧だな……!」


 開会式(?)を終え、参加者の挨拶を受けるために特に何をすることなく佇む僅かな時間。俺は自らの企画した開会セレモニーに確かな手応えを感じていた。


 この世界、魔法は軍事利用以外でほぼ活用されないらしいからな。こうやって見栄え重視で活用するのはさぞ珍しかったんだろう、挨拶の順番が後の方になっている下級貴族達を中心に、かなり会話が盛り上がっているようだ。


 それもこれも、お兄様が俺の特訓に付き合ってくれたお陰だな。ただ……。


「ユミエ、いくら王子が相手だからって、嫌なことは嫌だって言っていいんだからな? 何ならひっぱたいたって構わないぞ?」


 王子の目の前で、これ見よがしに俺の手をハンカチで念入りに拭き取るのは止めてほしい。

 俺が顔を引き攣らせていると、当の王子は可笑しそうに笑い出す。


「あはははは! いやぁ、本当に兄妹仲が良くなったんだね。少し前まであんなに荒れていたのが嘘みたいだ」


「ちょっ、急に何言い出すんですか!?」


 シグート王子の発言に、お兄様がそれはもう大慌てで止めにかかる。


 お兄様と王子は幼い頃からの付き合いで、会えない間もよく文通するという……一部界隈が熱狂的な歓声を上げそうな間柄なんだが、その手紙で俺についてどう書かれていたかは、お兄様の反応を見れば容易に想像がつく。


 だからこそ、俺もまた釣られて笑ってしまった。


「ふふふ。はい、お兄様はとっても私に優しくしてくれますよ。魔法の練習にもたくさん付き合ってくださりましたし……大好きです」


 お兄様の服の裾を掴みながら、恥ずかしげもなく思ったことを口にする。


 実際、お兄様は一度仲良くなった相手にはとことん甘くなるタイプみたいだし、これは演技じゃなく本心からの"好き"だよ。


 ……もちろん、兄貴としてな? いくら体が女の子になったからって、俺にそっちの趣味はない。


「お、おう……ありがとな、ユミエ……」


 ただ、お兄様としてはそんな風に言って貰えるのが予想外だったのか、これでもかってくらい顔を赤くしてしまった。


 そんなお兄様にまた笑っていると、シグート王子は微笑ましげな視線を俺達に注ぐ。


「魔法といえば、さっきの"あれ"はユミエ嬢が一人でやったのかい? 何かタネがあるなら、是非とも種明かしをして貰いたいところなんだが」


「あはは、タネっていうほどのことでもないですよ、ちょっと工夫しただけです」


 俺は、以前家族からも言われていた通りの"出来損ない"だ。単純な魔力量で言えば、お兄様の1/10にも満たないらしい。


 だから、足りない分は知恵で補った。


 例えば、料理を隠していた魔法だが……料理に幻影を被せて透明化したりなんてすると、とんでもない消耗を強いられる。完全な透明化って、案外難しいんだ。


 だから、


 透明ではなく、白単色の布を被せるようなイメージなら、多少雑でもテーブルと同じ色だからバレにくいし、シンプルな魔法だから消耗も少ない。会場の調度品やシャンデリアの灯りも、これと同じ手法で天井や壁に同化させて隠しておいた。

 これ、地味に断熱効果も少しあるから、料理の温度もある程度保てるのも便利なんだよな。


 後は、これ見よがしに光魔法による発光演出を付けて魔法を解けば、突然それらの物品が出現したように見えるってわけ。


 光は単なる演出ってだけでなく、白い幻影を解くことでテーブルの高さが変動したことに気付かせないためのトリックだ。


「演出魔法、《仮装付与デコレーション》──私は、そう名付けました」


 これ見よがしに魔法の名前を告げ、可愛らしくドヤる。


 仮に大した魔法じゃなかったとしても、大層な名前がついてるとそれだけで凄い技に思えるものだからな。今回使った魔法には全て、俺が中二心全開で名前を付けてある。


 敢えて会場を少し薄暗い状態で保ち、俺が入場すると同時に不自然にならない程度の光を全身から放つことで、参加者全員の視線を俺に吸い寄せる魔法──《光纏ライトアップ》。


 香水の匂いを普通よりも控えめにし、ふとした瞬間に対面相手にそっと香るように風で誘導する魔法──《風纏ブルームアップ》。


 声を張り上げずとも、子供おれの小さな声を会場全員の耳に届くよう優しく響かせる魔法──《反響拡声エンジェルボイス》。


 リサやお兄様に協力して貰いながら練習を重ね、お母様の意見も取り入れて準備した魔法の数々。それが、元々愛らしいユミエちゃんの可憐さを引き立てている。


 そうした話を一通り聞いて、王子は「へえ」と感心したように呟いた。


「魔法にそんな細かな使い方があったとはね。さすが魔法の名門、グランベルのお嬢さんだ。尊敬するよ」


「えへへ、ありがとうございます」


 お世辞もあるんだろうけど、家族以外の人にこうして褒められるとやっぱり嬉しいな。

 それに、王子から「尊敬する」とまで言って貰えたんだし、少なくともグランベル家の名に恥じないくらいのことは出来たんだろうって自信が持てる。


「ドレスも、なかなか斬新で可愛らしいね。まさか、それも君がデザインしたとか?」


「あはは、それこそまさかですよ。グランベル領に拠点を構えるブティックのオーナー親子にデザインして貰いました。素敵でしょう?」


 ドレスの裾をつまんで、はしたなくない程度にくるりと回ってみせる。


 少しふわっと、ゆとりあるサイズでデザインして貰ったこれは、従来の流行りより多少太く見えるかもしれないが……元々肉付きが少ない子供体型の俺が着ると、健康的で軽やかなイメージが先行してより可愛らしく見える。


 それでいて、コルセットのような無理矢理締め付ける装具をしていない分、体の可動域が広くて滑らかな所作で礼が取れ、まだまだ甘さが残る俺の作法でもかなり様になるという利点があった。


「ああ、とても可愛らしいね。いっそこのまま城へ連れ去ってしまいたいくらいだ」


「おいこらシグート、それ以上の話はまず俺を通してからにして貰おうか?」


「ははは、冗談だよ、冗談」


 敬称も忘れてがっしりと肩を掴むお兄様に、王子は変わらず穏やかな笑みで返す。


 あの、王子? 肩がミシミシ言っている気がするんですが、本当に大丈夫ですか? お兄様も、社交辞令に何を本気になってるんですか、ちょっとは落ち着いてください。


「……皆様、楽しそうですわね」


 そんな所へ、新しい人物が現れた。

 鮮やかな赤髪を持つ、私と同年代のご令嬢。

 こういう場での挨拶は、身分の高い者から順に行うのがマナーになってるはずだから……外見的特徴と合わせて考えると……。


「モニカ・ベルムントです。ユミエ様、どうぞお見知りおきを」


「初めまして、モニカ様。本日は我が家のパーティーにご出席いただき、ありがとうございます」


 そうそう、ベルムント公爵家。王家に次ぐ、この国の実質的なナンバーツーだ。


 当主は多忙で来られなかったから、代理として娘が来たって話だったな、確か。


「先程の魔法によるパフォーマンス、実に素晴らしかったですわね。まるでサーカスのように賑やかで……ユミエ様なら、そちらの道でも食べていけそうですわね。羨ましい限りですわ」


「いえいえ、私の魔法などまだまだです。噂に聞くような、モニカ様が誇る絶大な威力の破壊魔法などとても出来ませんから。このような場では、モニカ様の魔法を見せていただくことも出来そうにないのが残念でなりません」


 俺がやったような、ただただ煌びやかな一面を強調した魔法も良いけど、やっぱりド派手に爆発するような魔法もカッコ良くていいよな。


 本当に、こんなパーティー会場じゃなくて、狩猟祭みたいな場だったら頼み込んででも見せて貰うのに。


「っ……ふふ、なかなか言うじゃありませんの」


 なんて考えてたら、なぜかモニカ様の目付きが剣呑になった。


 えっ、なんで?


「魔法もそうですが、ユミエ様は服装のセンスも独特なのですね。グランベル領の町で流行っていたりするのでしょうか?」


「いえ、こちら十年ほど前に流行っていたドレスを、現代風にアレンジしていただいた物になります。恐らく、モニカ様のお母様に聞けば昔を懐かしむのではないでしょうか?」


 マニラちゃんも、デザインの根本的なアイデアは幼い頃に母親がデザインしていたドレスだって言ってたからな。


 モニカ様は知らなかったみたいだけど、公爵夫人ならきっと知っているだろう。


「……へえ、十年前に。へえ」


 あれ? モニカ様の視線がどんどん険しくなっていくんですけど? 本当になんで?


「最新のデザインを追うばかりではなく、古きを尋ねるのも大事ですものね。それにしても、少し子供っぽ過ぎる気はしますが……あなたにはとても似合っていますわね」


「あ、分かりますか? 私としても、お母様が着るような最新のドレスは綺麗でとても素敵だと思うのですが、如何せん子供が着るには最新のものは少し色っぽ過ぎる気がするのですよ。無理に背伸びをしている感じが出てしまうと言いますか……やはり、子供は子供にしかない、子供らしい魅力を引き立てるドレスがあるはずだと思いまして、このような形でお願いしました」


 この子供体型で色っぽさを強調し過ぎても、アンバランスで浮いてしまうだけだからな。

 そこに一目で気付くあたり、モニカ様もさすがは将来有望な公爵令嬢ということだろう。素晴らしい審美眼を持っている。


「っ……!! もういいですわ、今日のところは帰らせていただきます!!」


「ほえ? あ、えっと……お気をつけて……?」


 急に叫んだかと思えば、モニカ様は早足で会場を後にしてしまった。


 もう少し、ファッションについて語り合いたかったのに……体調でも悪いのだろうか? 心配だな。


「くっ、くくく……!」


 そう思っていたら、すぐ近くでその会話を聞いていた王子が、腹を抱えて笑い始めた。

 隣ではお兄様も、俺を見てびっくりしたみたいに目を丸くしてるし、どうしたんだ?


「いやぁ……やるね、ユミエ嬢。モニカ嬢があそこまでやり込められるところなんて初めて見たよ。俄然、君に興味が湧いてきたな」


「…………へ?」


 本当に何を言われているのか理解出来ず、はてと首を傾げる。


 そんな俺を、王子はひたすらニコニコと含みのある笑みで見つめ続けるのだった。

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