第13話 デザイナー娘の崇拝

 私の名前は、マニラ。グランベル伯爵領では有名な貴族向けブティック、"セナートブティック"のオーナーの娘だ。


 小さい頃から、ずっとお母さんの仕事に憧れていて、見よう見真似でドレスのデザインをしたり、お母さんのお客様対応を真似たりしてきたけど……正直、ちゃんと出来ているかはよく分からない。


 お母さんは私のことを「天才だ」って言ってくれてるけど、普段の私は引っ込み思案で、家事の手伝いもほとんど出来ないドジな子供だから、あまり自信がない。


 だから、そんな私をお母さんが、グランベル家の娘の社交デビュー衣装を決めるための商談に連れていくと言い出した時は、本当に驚いた。


 怖かったし……でも同時に、ちょっと期待もしていた。

 どれだけ自信が持てなくても、お母さんが散々褒めてくれていたデザインの才能が、本当に他の人から見ても凄いものなのか、確かめる機会が巡ってきたと思ったから。


 貴族のお嬢様から見て、私のドレスはどんな印象を受けるのか確かめたくて、いつもの何倍も勇気を出して話しかけて──


 でもまさか、二つ返事でその案が通るだなんて、思ってもみなかった。


「それではその……採寸、進めて行きますね?」


「はい、よろしくお願いしますね、マニラさん」


 私が採寸を始めようとすると、ユミエ様は躊躇いなくその体を私の前で晒してくれた。


 あなたのデザインが元になるのだから、出来る限りあなたの主導で作業を進めてみなさい──


 そうお母さんに言われた時は、正直あまりにも畏れ多くて逃げ出したいくらいだったけれど……半裸になったユミエ様の姿を目にした瞬間、吸い寄せられるようにその体に手を伸ばしてしまう。


 白魚のように美しい肌。儚さを感じるほどに細い手足でありながら、実際に触れてみると意外にも張りのある弾力が返ってきた。


 下着姿になってさえ上品さを感じる洗練された立ち振舞いに、どこか凛とした笑顔は可愛らしさと同時に格好良いという感想すら抱かせる。


 天使のような可憐さと、王子様のような雄々しさを兼ね備えた、不思議な魅力を持つ伯爵家のお嬢様。

 気付けば、私はこの方の放つ魅力にすっかり夢中になっていた。


「ふひゃっ! ……マニラさん、まだですか? くすぐったいです」


「あ、す、すみません!」


 ふひゃって、今ふひゃって言った!


 こんなに綺麗で格好良いのに、その上自然にそんな声まで出てくるなんて可愛らしすぎる。この方はどれだけ私を魅了すれば気が済むんだろう?


 そんな風に思いながら採寸を終えると、ユミエ様は何やら難しい表情で黙り込んでしまった。

 どうしたんだろう?


「完璧な子供体型……ちょっと細すぎるし、もう少し肉付けてぷにっとさせた方が可愛くなる気も……食事量増やしてみるか……?」


 ブツブツと呟かれる内容に、私は衝撃を受けた。


 理想的な体型のために食事制限をするというのは、貴族ではよくあることだと聞いている。


 でも、それは常に"細くする"方向であって……"太くする"ために食事量を調整しようなんて話は、聞いたことがない。


「いや、今からやってたらドレスの調整が間に合わないか……マニラさん、ちょっといいですか?」


「は、はい!」


「ドレスについてですけど……」


 常識に囚われない、斬新な発想。

 これまでと全く異なるその選択が、吉と出るのか凶と出るのかは分からないけれど……こんなにも可愛らしいユミエ様がするんだから、きっと誰もが目を奪われる。誰も、それを無視出来ない。


 自分がその一助になれるかもしれないという状況は、誇らしくもあり……同時に、やっぱり怖い。


 私なんかに、本当に務まるのだろうか。

 昔から気が弱くて、失敗ばかり繰り返しているこの私に。


「マニラさん、大丈夫ですか?」


「え、あっ、すみません! 少し考え事を……!!」


 ユミエ様が話してくださっていたのに、自分のことばかり考えて聞き流してしまうだなんて、なんて失態。


 せっかく期待してくださったのにこの有り様じゃあ、ぶたれたって文句は言えない。


 思わずぎゅっと目を瞑り、身を縮こまらせてしまう私を……ユミエ様は、優しく撫でてくれた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。セリアナさんも仰ったでしょう? やれるところまででいいんです、分からないところや自信がないところは、セリアナさんに頼ってゆっくり進めてください。私の依頼が、あなたの成長の一助になることを願っています」


「あ……」


 怒らないどころか、私を励まして……あまつさえ、自分の依頼を私の成長に繋がればいいとさえ言ってくれた。


 本当に、この方は天使だろうか? これまで私が貴族に対して抱いていたイメージからは、遠くかけ離れている。


「はい……私、頑張ります……!」


 こんなにも期待して貰って、励まして貰って、その上で自信がないなんて怯えてばかりいるのは失礼だ。


 私は私に出来ることを、精一杯やる。

 そして、必ず……ユミエ様の社交デビューを成功させるんだ!


「ユミエ様、本当にありがとうございます……最高のドレス、絶対に完成させますので……期待してお待ちください!」


 待っていてください、ユミエ様。


 私の……私とお母さんの、セナートブティックの総力をかけて、ユミエ様を世界一の大天使にしてみせます!!

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