第14話 社交パーティー

 グランベル家主催の社交パーティー当日。

 その屋敷内には、招待を受けた数多くの貴族達が足を踏み入れ、開会の時を今か今かと待ち望んでいた。


「グランベル家の娘のお披露目パーティーとのことですが、いやはや、娘がいたなどとは私、初めて知りましたわい。そちらはどうですかな?」


「いやはや、私も初耳ですぞ。グランベル卿も人が悪い、生まれた時に便りの一つでもくだされば、祝福の言葉をかけられたというのに」


 開会までの間を潰すための、貴族達の何気ない会話。しかし、そこには伝わる者にしか伝わらない、多量の毒と棘が含まれている。


 ──グランベルの隠し子を、今になってお披露目とは。何を考えているのやら。


 ──これまで何も言えなかったということは、相応の生まれの娘ということだろう。大したことはあるまい。


 何重にもオブラートに包み込み、社交辞令で飾り立てた陰口の応酬。

 端から見れば優雅で、中から見れば腐りきった貴族達のやり取りを聞き流しながら、一人の令嬢が溜め息を溢していた。


「やれやれ、まさかこの私が、こんなくだらないパーティーに出席することになるなんて……憂鬱ですわ」


 深紅の髪を持つ、歳の頃十二歳程度のその少女の名は、モニカ・ベルムント。ベルムント公爵家の令嬢だ。


 燃えるような深紅の髪と、勝ち気そうなつり上がった眼差し。そして何より、年齢不相応なまでに大きく育った胸の存在感が特徴的で、大人びた真っ赤なドレスがよく似合っている。


 この歳にして既に、大人顔負けの強力無比な魔法を放つ天才魔法使いとして周知されており、第一王子の婚約者候補としてもっとも有力視されている少女だった。


 由緒正しき血筋と、将来性抜群の魅惑のボディライン。そして、才能の上に胡座をかくことなく、たゆまぬ努力によって積み上げられた確かな実力。


 まさに、貴族令嬢の鑑とも言える少女。


 そんなモニカにとって、こんなお披露目パーティーは参加する価値すらない代物だった。


 他の凡百な貴族ならともかく、ベルムント公爵家ともなれば、ユミエがグランベル伯爵の婚外子であることなど容易に掴める情報であり……つまりは彼女にとって、ユミエとは記憶に留める必要のない存在なのだ。


「早く帰りたいですわね……」


 はあ、と今一度溢れる溜め息を、子供用の小さな扇子で覆い隠す。

 少し背伸びしている感の否めない所作だが、大人びたドレスと教育の行き届いた作法、そして彼女が持つ抜群のプロポーションも相まって、それなりに様になっている。


「どうしてお父様はこんなパーティーに私を……」


 とはいえ、やはりまだまだ子供というべきか。

 自尊心の高さ故の不満が無限に湧き出し、終わりなき文句となってぶつぶつと口から溢れ落ちていく。


 そしてその矛先は、すぐに父親からこのパーティーを主催したグランベル家へと向けられる。


「そもそも、私達高位貴族も招くパーティーだというのに、この会場には華やかさというものが欠けていますわ。未だに料理の一つも並んでおりませんし、全くなっておりませんわね」


 貴族のパーティーは、いわば自らの家の力を知らしめるためのデモンストレーションの一面を持つ。


 並べられた料理や、会場に飾り付けられた調度品の数々はもちろん、ぶら下がったシャンデリアの明かりによってそれらを一際輝かせ、少しでも華やかな雰囲気を作ろうとするのが基本だろう。


 ところが、この会場に並べられたテーブルの上は未だ料理の一つも並んでおらず、シャンデリアの明かりも点いていないため、どこか会場全体が薄暗い印象を受ける。


 まだ夕暮れには早い昼時である以上、暗くて困るということはない。料理にしても、招待客が全て揃い、主催者による挨拶が行われるまでは手を付けないのがマナーである以上、不都合はないだろう。あるいは、ギリギリまで配膳を待つことで、少しでも良い状態の料理を披露しようという目論見なのかもしれない。


 それでも、モニカの目にはそれら全てが、グランベル家の怠慢のように思えてならなかった。


「ああもう、イライラしますわ。……うん?」


 そんな時、一瞬だけ会場がざわついた。

 恐らく、最後の招待客がやって来たのだろう。公爵令嬢たる自分より後に来るなど、一体誰なのか──そんな興味本位で視線を向けたモニカは、思わぬ人物の登場に驚いた。


「シグート王子……!?」


 シグート・ディア・オルトリア。ここ、オルトリア王国の第一王子だ。


 その甘いマスクと流麗な剣の腕によって数多くの令嬢を虜にする十五歳で、その例に漏れずモニカもまた彼に憧れを抱いていた。


「まさか王子がいらっしゃるなんて……だからお父様は私をここへ向かわせたのね。ふふ、それならそうと言ってくれれば良かったのに」


 それまでの文句などどこへやら、モニカは一気に上機嫌となる。


 いくら貴族教育を徹底されているとはいえ、恋に恋する十二歳の少女にとって、シグートはまさに"理想の王子様"とでもいうべき相手だ。

 自身が婚約者候補として選ばれているということも相まって、運命を感じずにはいられない。


「でも、どうして王子がこんなパーティーに……ああ、そういえば、グランベルのご子息は王子の友人なんだったかしら」


 グランベル家は、王国の懐刀として知られる魔法の名門だ。故に、その跡取りであるニール・グランベルは、幼い頃から王子と関わりを持ち、魔法や剣の腕を競い合う仲だと聞いている。

 今回も、その縁でパーティーへの出席を決めたのだろう。


「でも、おかしいですわね。聞いた話では、グランベル家で娘は冷遇されていると……」


 自分が嫌いな人間のお披露目パーティーに、大切な友人を招待するだろうか?

 もちろん社交辞令もあるのだろうが、どうにも違和感を覚える。


 そんな風に考えていると、ついに会場に主催者が現れた。


 グランベル家当主、カルロット・グランベルだ。


「皆様、本日は娘のお披露目パーティーに来ていただき、誠にありがとうございます。あまり焦らすのもどうかと思われますので、早速ご紹介しましょう。こちらが、私の娘……ユミエ・グランベルです」


 会場の全員が目に出来るようにという配慮か、会場の一つ上の階の扉が開き、一人の少女が姿を現す。

 兄のニールに手を引かれて現れた彼女に、会場の誰もが息を呑んだ。


 さらりと流れる銀色の髪。白磁のように透き通った肌。

 まだ幼い体を純白のドレスが包み込み、羽のようにふわりと広がる。

 光そのものを纏っているかのように輝くその姿は、まるで本物の天使が降臨したかのようで、集まった誰もがその姿に目を奪われていた。


「ご紹介に与りました、ユミエ・グランベルです。これまで、諸事情により社交の場で皆様にお会いすることも叶いませんでしたが、どうぞお見知りおきくださいませ」


 階段を降りてきた少女が、滑らかな所作で礼を取る。

 僅か十歳とは思えない、その優雅な仕草を見て、彼女がほんの二年前までは平民として生活していたなどとは誰も想像だにしないだろう。


「それでは、今までご挨拶も出来なかったお詫びというわけではございませんが……ここは、"グランベル"の名に相応しく、私の魔法のお披露目で以て、パーティー開会の宣言とさせていただきたく思います」


 魔法のお披露目? と、誰もが首を傾げる。


 魔法を見せるとなれば、やはり攻撃魔法がもっとも一般的だ。とはいえ、こんな屋内でそれをいきなり放つなど出来るはずもない。


 一体何をするつもりか、と誰もが固唾を飲んで見守る中で、ユミエは淡い光を放つ魔力を腕に纏わせ、それを掲げ──パチン、と指を鳴らす。


「それでは皆様、本日はグランベル家のパーティーを、どうぞ心ゆくまでご堪能くださいませ」


 その直後に起こった現象に、誰もが度肝を抜かれた。


「なっ……!?」


 それまで火の灯っていなかったシャンデリアが、一斉に煌々とした光を灯す。

 何も置かれていなかった真っ白なテーブルの上に、光と共に次々と豪華な料理が現れる。


 壁一面に光が駆け抜け、薄暗く物足りないと思われていた会場が煌びやかに彩られていくその光景に、集まった貴族達は我を忘れて魅入ってしまっていた。


(何よ、これ……!? 転移魔法!? いえ、そんなお伽噺の中にしか存在しない魔法、あり得ない!! 幻覚魔法で、私達全員の目を欺いていた!? でも、それじゃあこの料理の状態が説明出来ない……!!)


 今出来たばかりと言わんばかりにほかほかと湯気を立てる料理を見ながら、モニカは混乱の渦に陥っていた。


 どんな魔法を使えば、こんなことが出来るのか。

 いくつか手段は思い付くが、そのどれだったとしてもグランベルの、そしてユミエという少女の実力を認めざるを得ない。


(転移だったら伝説級の魔法の使い手だし、幻覚だとしたら、認識阻害だけでなく保温や着火の魔法を全て同時に、これだけの広範囲で使ったことになるわ……そんなの、私だって出来るかどうか……!!)


 単純な魔力量の話であれば、理論上は可能だろう。だが、これほどの量の魔法を並列して発動するとなれば、それは魔力量とは全く別種の才能がいる。


 思わぬ演出にうちひしがれるモニカの前で、更に予想外の事態が起こる。


 開会の挨拶を終えた直後、シグート王子がユミエの下に歩み寄ったのだ、


「初めまして、お嬢さん。僕の名前はシグート・ディア・オルトリア。この国の王子だ」


「存じております。本日は私の招待に応じてくださり、ありがとうございます、王子」


「いや、構わないさ。お陰で僕も良いものが見れた」


 そう言って、シグートはユミエの手を取り──ちゅっ、と、そのまま甲に口付けした。


 挨拶するだけに留まらないその行為に、会場の誰もが声を失う。


「また今度、次は僕が君を王城に招待するよ。応じて貰えるかな?」


「はい、喜んで!」


 笑顔で了承するユミエと、それを聞いて嬉しそうに笑うシグート。


 客観的に見て、あまりにも絵になるその光景に、モニカはギリリと歯を食い縛った。


「ユミエ・グランベル……覚えておきなさいよ……っ!!」

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