第12話 デザイナー母娘の来訪

「初めまして、お嬢様。私がセナートブティックのオーナーを務めております、セリアナと申します。こちらは、娘のマニラです。今日は見学ということで連れてきましたので、こちらはあまり気にせずとも構いません」


「よろしくお願いします」


 俺に向かってペコリと一礼する、紫紺の髪を持つ一組の母娘。

 ブティックのオーナーだからなのか分からないけど、本人達も美形だし、何より服装がとてもお洒落だ。


 貴族が纏うようなドレスとは違うんだけど、普通の平民とは明らかに一線を画する秀逸なデザインと高級感。


 貴族の存在感を脅かさず、さりとて自分達の実力を侮らせない絶妙なバランスを感じる。


 この人の腕は信用出来そうだな。


「わざわざご足労いただきありがとうございます。私が今回ドレスを注文させていただくユミエ・グランベルです。どうぞお見知りおきを」


 ふわりと微笑み、貴族らしい所作でお辞儀をする。

 そんな俺に、セリアナさんは僅かに感心したかのように目を見開き、マニラちゃんに至っては放心してしまっている。


 ふふふ、どうだ、凄かろう、俺の礼儀作法は。

 日々お母様から厳しく教え込まれ、自分でも鏡の前で練習を重ね、どうすればより俺自身の可愛さが引き立つか研究を重ねているんだ。いくら同性とはいえ、この可愛さの前では堕ちずにはいられまい!


「お嬢様はよく勉強されているのですね。まだ十歳程だと伺いましたが、こんなに綺麗な挨拶は初めてお目にかかりましたよ。娘にも見習わせたいほどです」


「いえいえ、私もまだまだ、お母様には及びませんので」


 実際、お母様の作法は"優雅"って言葉が服を着て歩いてるんじゃないかってくらい綺麗だからな。


 今の俺が目指す"可愛い"の極みとはやや方向性が異なるが、成長していけばいずれは俺もああいう方面にシフトする日が来るかもしれないし、日々参考にさせて貰ってる。


「それに、マニラさんも十分綺麗な挨拶でしたよ。私と同年代ですよね? 凄いと思います」


 むしろ気になるのは、この娘さんだ。

 俺は腐ってもグランベル伯爵家の人間で、お母様以外にも色々と勉強を見てくれる人がいる恵まれた環境にいる。


 けど、この子は貴族じゃないし、母親だってブティックの経営で忙しいはず。

 俺と同い年くらいで、俺より勉強出来る環境にないのにこれはお世辞抜きで凄いだろう。


「あ、ありがとうございます……光栄です……」


 どこか陶酔した表情で、俺のことを見つめるマニラちゃん。


 ふっ、よせやい、そんな熱っぽい眼差しで見られたら、俺に気があるのかと勘違いしちまうぞ?


 まあ、今の俺は女の子だから、それはないだろうけどさ。


「それでは早速ですが、お嬢様のドレスのデザインについて詰めていきましょう」


 マニラちゃんのことは一旦横に置いて、セリアナさんとの話し合いに移る。


「お嬢様は、好みのものなどありますか?」


「そうですね……あまり体の動きを阻害するようなものは苦手です」


 カタログをパラパラと捲りながら、俺は呟く。


 コルセットみたいな、体のラインを強調して細く見えるようにする服装が今の流行りなのだが、あれものすごく窮屈で動きにくいんだよな。


 元々色白な俺があれを着けると、血色が悪くなってなんというか、可愛さよりも不健康な印象の方が強くなってしまう。それに……。


「私はまだ……強調するほどスタイルも良くないので……」


 そう、貴族の女性で流行っているからと、子供までそれと同じ服装をしていることが多いが、大人と子供では際立たせるべきポイントは違うと思うのだ。


 たかだか十歳の子供が腰の細さやら胸のサイズやら競ってどうするよ。

 ぽっちゃりデブまでいくと流石にどうかとは思うが、俺は普段から運動も欠かさず、筋トレによって同年代の女の子よりも一段と締まった体つきをしている。

 この上、コルセットで更に締め付けても仕方ないだろう。


「十年ほど前に流行っていたドレスには、コルセットを着用しないタイプのものがあったはずです。それを現代風にアレンジして、子供向けのドレスをデザインしていただけませんか?」


 俺が今発揮すべき魅力は、大人の"女"としての色気ではない。子供ならではの、"女の子"としての可憐さであり、愛らしさだ。


 背伸びなどいらん。子供は子供として、今だからこそ出来る輝きを最大限発揮するべきなのだ!!


「で、でしたら、私に案があります!!」


 そんな時、マニラちゃんから声が上がった。


 おお? と思いながら目を向けると、マニラちゃんは大事そうに抱えたノートを見せてくれた。


「お母さんが、昔憧れてたっていうドレス……今は流行りじゃないからって、お店には置いてないんですけど……それを元に、私がデザインしたもので……」


 それを見た瞬間、俺の脳裏にビビビっと来た。


 これ、これだよ、これこそ俺の、ユミエちゃんの魅力を最大限発揮出来るドレスだ!!


「マニラさん」


「あ、はい……やっぱりダメですよね……」


「逆です、これで行きましょう!! セリアナさん、このデザインを雛型に、私向けに調整してください!!」


「承りました、お嬢様」


「え、えぇ!?」


 俺のお願いと、二つ返事で了承する母親。その両方に挟まれて困惑するマニラちゃんの手を、俺はがっしりと掴み取る。


「マニラさん、ありがとうございます。あなた天才ですよ、自信を持ってください!」


 素人の俺には細かい技術とかは分からないし、まだまだ拙いところもそりゃああるんだろう。

 けど、十歳でここまでデザイン出来るなんて、それだけでもう将来有望極まりない。何なら俺が囲いこみたい。


「え、えとあの、天才だなんて、それはちょっと買い被りというか……」


「何なら、私がパトロンになりますよ。マニラさんの教育にはお金がかかるでしょうし、いくら欲しいですか?」


「ふえぇぇぇ!?」


 俺が次々捲し立てるのについて来れなくなったのか、マニラちゃんはあたふたと目を回している。


 それを見かねてか、セリアナさんが苦笑交じりに口を開いた。


「お嬢様、ありがたいですが、その話はまた今度、ドレスが仕上がってからにしましょう。今は詳細についてご相談を」


「おっと、それもそうですね。マニラさん、私は本気ですから、覚悟しておいてくださいね?」


 逃がさんよ? という意思を込めて笑みを浮かべると、マニラちゃんは顔を真っ赤にしてセリアナさんの後ろへ隠れてしまった。


 礼儀としては微妙だが、追い込んだのは俺なので文句はない。謝ろうとするセリアナさんを制し、余裕の表情で商談に入る。


「ふふふ……俄然、パーティー当日が楽しみになってきたよ」


「お嬢様、悪い顔をしておられますよ」


 リサに指摘され、俺はスッと表情を引き締める。


 いかんいかん、外向きの顔が崩れないように、気を付けないとな。

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