第11話 招待準備

 さて、パーティーに向けた準備をするに当たって、俺がしなければならないことは多岐に渡る。


 お兄様に魔法の特訓を頼んだことなんてのは序の口、というか俺が勝手に追加したオマケみたいなもので、それ以外に色々とな。


 まずは、礼儀作法。


 主催者側、それもパーティーの主役になる俺の作法がグダグダだったら、招待客の失笑を招くだろうし、グランベル家の名にも傷が付く。ここはお母様から、ビシバシと鍛えて貰わなきゃならないだろう。


 続けて、衣装の選定。


 当たり前といえば当たり前だが、パーティーとは華やかでなければならない。

 流行りを取り入れたファッションは、それが素晴らしいものであればあるほど人目を惹くし、何より話題の種になる。


 招待客に楽しんで貰おうと考えるなら、主催者側から積極的に話題となり得る"何か"を提供していかなきゃならないし、主役である俺の衣装選びもそりゃあ当然力が入るだろう。


 今日、グランベル領内随一の腕前と評判のデザイナーが屋敷にやって来るそうなので、朝からとても楽しみだ。


 けど、デザイナーが来るまでの間、俺はもう一つ大事な準備を進めなければならなかった。


 考えてみれば当然の、だからこそすっかり見落としていた重労働。


 招待客へ送る、招待状の作成である。


「ぜ、全然終わらない……」


「まだまだあるので、頑張ってください」


 机の上に更に積み上げられた便箋と名簿の山に、俺は思わず天を仰ぐ。


 そう、電子機器の存在しないこの世界では、当然ながら手紙は全て自分の手で書かなければならないのだ。


 それも……あくまで、パーティーの主役ということになっている俺の手で、全て。


「リサ……こういうのをササッと終わらせる魔法とかないの?」


「そんな便利なものがあれば、貴族達に大ウケ間違いなしですね。画期的な魔法を発明した者として、歴史に名を刻めますよ」


「だよねえ……」


 はあ、と、俺は溜め息を溢す。


 魔法は素晴らしき奇跡の力だが、その主な用途は戦争の道具であり、護身用の武器だ。

 生活に密着した魔法もあるにはあるが、照明だったり暖炉の代わりだったり、あるいは料理のための火だったり、そういうのがメイン。


 さすがに、自律型のゴーレムとか、呼び出せば指示通りに動いてくれる召喚獣みたいな、便利なものは存在しなかった。


 だからこそ、俺がパーティーに向けて魔法を学ぶ余地があるってもんなんだけど──それはそれとして、今目の前に横たわる問題を解決する手段にはなり得ないんだから困りものだ。


「貴族はこうして大人になっていくのですよ。ほら、ちゃんと集中しなければ、名前を覚えることも出来ませんよ」


「分かってる、これもグランベルの一員になるための試練みたいなものだし、頑張るよ」


 リサに諭され、俺は肩を回しながら今一度便箋に向き直った。


 使用人任せにせず、主役となる貴族自らが招待状を書く理由はいくつかあるんだが……最たるものは、"自分で招待状を書いた方が、招待客の名前を覚えられるから"だ。


 招待されたから向かったパーティーで、主催者に「誰お前?」なんて聞かれた日には失礼なんてもんじゃないからな。


 家族全員とは言わずとも、招待した家の当主くらいは覚えなきゃならない。


「えーっと……ベルムント公爵家……アークロード侯爵……伯爵と……子爵に男爵に……」


 いや、本当、多すぎない? 招待客何人よ。


 しかもこれ、初招待では取り敢えず当主の名前だけでいいけど、実際にパーティーが開かれた後はそこについてきた家族の名前も一発で覚えるのが礼儀なんだよな?


 誰か、カンペください。俺の記憶力はここまで良くないです。カンペがないなら完全記憶魔法でもいいから。


「リサはどうやって覚えてるの……?」


「慣れればすぐに覚えられるようになりますよ」


 記憶力に慣れもへったくれもないでしょ。どういうことだよ。


「大丈夫ですよ。そんなに肩に力を入れなくとも、いざという時は旦那様や奥様がフォローしてくださるはずです。……たとえ失敗したとしても、お嬢様がグランベル家の一員であることには、変わりありませんから」


 自信喪失気味に俯く俺を、リサが優しく諭してくれる。


 ……そうだな、最近はもう、お兄様だけじゃなくお母様も俺に優しくしてくれるようになってきたし。この間も、俺のことを娘だって言ってくれた。


 あまり気負い過ぎず、精一杯やって行こう。


「ありがとう、リサ。俺、リサのことが一番好きだよ」


 それなりに順調にやってきたけど、それはリサがどんな時でも俺の味方でいてくれたからだ。


 リサがいなければ、俺は前世を思い出した混乱の中、自分の置かれた状況も把握出来ずに途方に暮れてたと思う。


 だからありがとうと、思ったままを口にすると、リサは一瞬きょとんとした後……そっと目を逸らした。


「……お礼は、その"俺"という自称を無意識にでも出さなくなってからお願いします。私の前ではともかく、外で使えば問題になりますよ」


「今はリサしかいないんだから大丈夫だよ」


「そういう油断が命取りなのです」


 照れてるのか、リサの耳がちょっとだけ赤くなってる。

 いつもクールなリサが見せた意外な一面に、思わず笑みを溢していると、俺の部屋に他のメイドが入ってきた。


「お嬢様、デザイナーが到着致しました。応接室にお通ししますので、お出迎えの準備をお願いします」


「あ、はーい!」


 もたらされた情報に、俺は勢いよく立ち上がる。

 ついに来たか、デザイナー! 待ちわびたぜ!


 行ってもいい? とリサに視線で問うと、振り返ったリサは苦笑交じりに一つ頷いた。

 よっしゃ!


「今行きます!」


 リサには無理しなくていいと言われたけど、やっぱり家族に恥をかかせたくはないし、今やれることは全力でやりたい。お兄様やお母様はともかく、予定と違ってお父様はまだ籠絡出来てる感じしないし。


 パーティー成功のための最重要ピース、俺の一張羅になる新しいドレス……! 最高のものを選んでみせるぜ!!

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