第10話 次なる目標

「いっちに! さんっし! ごーろく! しっちはち!」


 掛け声のように数字を数えながら、俺は現在グランベル家の庭園で筋トレをしていた。


 腕立て、腹筋、スクワットの基本三種に加え、ランニングやダッシュなんかも含めて全力で運動してる。


 めちゃくちゃ疲れるし、あんまり可愛い行動でもないけど……普段人前で見せる可愛さを維持するためには、日々の自分磨きは欠かせないからな。


 筋肉が大事なのは、何も男だけじゃない。

 女の肌ツヤや体型維持、何なら豊胸にだって、筋肉はとても大事なのだ。


 そう、偉い人もこう言っていたじゃないか。

 筋肉は、全てを解決すると!!


 まあ、俺のぷにぷにロリボディには、今のところ全く筋肉なんてないんだけどね!!


「あれ、ユミエ。こんなところで何してるんだ?」


「あ、お兄様」


 そんなことをしていたら、お兄様に見付かってしまった。


 いや、別に隠してたわけじゃないんだけど、努力してるところを人に見られるのってなんかこう、恥ずい。


 だから、事情を説明する俺の言葉も、なんだか言い訳っぽくなってしまった。


「えと、私もほら、グランベルの娘じゃないですか。だから、少しくらいは強くならなきゃって、それで……」


「別に、グランベルだからってユミエまで強くなきゃいけないってことはないんだぞ? お前は女の子なんだし……俺のお古なんて引っ張り出してまで無理しなくても」


 お兄様の視線が私の服装に吸い寄せられるのを見て、思わず「あっ」と声が漏れる。


 そう、俺は今、運動しやすいようにと運動着を着ているんだが……実はこれ、お兄様が小さい頃に使っていたものなのだ。


 他にないから、リサに頼んで特別に用意して貰ったんだけど、当人に見付かるとなんだか後ろめたいことをしている気分になる。


「無理はしてないので大丈夫です! その、お兄様の服を着ていると、私もお兄様みたいに強くなれる気がして……」


 って、俺は一体何の言い訳をしてるんだ!?

 どう考えても、お兄様の「無理するな」は運動に関してのことで、別に服について言ったわけじゃないだろ!!


 ほれみろ、お兄様もポカンとしてるし!!


「……そうか、なら、俺も頑張らないとな。ユミエにとって、強い兄様であり続けられるようにさ」


「わっ……お兄様、今は私、たくさん汗をかいてますから、触ると汚れちゃいますよ?」


 おもむろに私の頭を撫で始めたお兄様に、私は思わずそんな言葉を口にする。


 けれど、お兄様は「なんだそんなことか」とばかりに笑い飛ばした。


「別に気にしないよ、ユミエがたくさん頑張った証だろ? 俺は今のユミエも可愛いと思う」


「む、むぅ……」


 お兄様、俺と仲良くなってくれたのは嬉しいが、日を追うごとに言動が女たらしっぽくなってないか?


 いや、気持ちは分かるよ。

 普段とは違う運動着に、髪型だって動きやすいように後ろで束ねてポニーテールにした今の俺は、確かに可愛い。外に出る前、日課となった身嗜みチェックを鏡の前でした時も、「今日も俺可愛い!」ってなったし。それに、汗だくになるまで運動した直後の女の子には、また違った魅力を感じることも否定しない。


 でもさ、やっぱりこう、女の子としての俺が、今の自分を恥ずかしいって感じちゃうの。なんだろうねこれ。


 あーもう、今すぐお風呂入りたい!!


「そ、それより、お兄様は何しにここへ?」


 そんな内心を誤魔化すように、俺はお兄様へ問いかける。


 お兄様が疑問に思った通り、今いるこの場所はグランベル家の庭園の中でもかなり端の方。何の用もなく人が来る場所じゃないし、だからこそ俺も隠れて筋トレする場所に選んでいた。


 なら、お兄様こそ何か用があって来たはずだ。

 そんな俺の予想は、ちゃんと当たっていたらしい。お兄様は「そうだった」と手を叩いて本題に入った。


「お母様が、ユミエを探してたんだ、話があるって」


「お母様が? なんでしょう?」


「ユミエの礼儀作法も問題ないから、そろそろ社交界デビューさせようかって話してたぞ。だから多分、それについて話し合いたいんじゃないか?」


「…………!!」


 思わぬ内容に、俺の瞳がキランと輝く。

 社交界デビュー。つまり、ついに俺がこの家の外に出る日が来たということ。


 しかも、パーティーとなれば華やかなドレスやアクセサリーはほぼ必須だ。


 グランベル家の財力と立場を考えれば、それは当然オーダーメイドとなるわけで──俺自身を、俺の好きなようにコーディネートする一世一代のチャンス!!


「ふふ、ふふふ……!」


 これまで家族を籠絡すべく頑張って来たが、社交界はその総仕上げとなるだろう。


 なぜなら、社交の場であればそれだけ話題性というものがあるからな。

 "可愛い娘"というのは、誰しも自慢したくなるもの。そして、自慢話というのは無意識の内に尾ひれをつけ、実態以上に盛ってしまう。

 のだ。


 要するに、社交の場で自然と俺を自慢出来るような空気を作ることが出来れば、家族の中での俺の評価もうなぎ昇り間違いなし!


「お兄様、それっていつのことか分かりますか?」


「俺もハッキリ聞いたわけじゃないけど、三ヶ月後って言ってたかな? ユミエのお披露目ってことで、グランベル家でパーティーするんだってさ」


 ほほう、しかも場所はホームグラウンドと来たか。

 それなら、仕込みだって色々出来るだろうし、最高だな!


「こうしてはいられません、すぐに向かいます! あ、お兄様!」


「うん? なんだ?」


「私の社交デビュー、お兄様にも手伝って貰いたいのですが……構いませんか?」


 俺の可愛さを家族に、そして貴族社会に知らしめるための場であるのは確かだが、だからって俺一人の力で全部こなせるのなら苦労はない。


 手を取って、出来る限り可愛く見えるように頼み込むと、お兄様は二つ返事で了承してくれた。


「任せろ! ユミエのためならなんだってしてやるよ。どうすればいい?」


「そうですね、詳しい話はまた後で、ということになりますが、端的に言うと……」


 ドンと胸を叩いて請け負ってくれるお兄様へ、俺は満面の笑みで"お願い"の内容を口にした。


「私の魔法修業に、付き合ってください!」


「おう! ……って、え? なんで魔法?」

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