第6話 カルロット・グランベルの過ち
私の名は、カルロット・グランベル。グランベル伯爵家の当主だ。
魔法の名門として、古くから続く由緒正しき名家であり、私もまた、それを次代に繋ぐべく努力を重ねてきた。
……そのつもりだった。
「旦那様、お疲れですか?」
ふとした瞬間に溜め息を溢すと、それをたまたまお茶を運んできたメイドに見られてしまった。
名前は確か、リサだったか。ユミエの専属になっているはずなのだが、最近はどういうわけか、頻繁にここを訪れている。
「いや、問題ない。それより、ユミエの様子はどうなのだ?」
自分のことは一旦棚に置いて、私は娘についてリサに尋ねた。
とある事情から、私も知らぬ間に出来てしまった私の娘。
母親だった女が死に、一人スラムで彷徨っているという情報を得た私は、すぐさま保護を命じてしまった。
理由は、主に二つある。
妻のリフィアはなかなか子供が出来ない体質のようで、伯爵家を維持するには少々子供が少なすぎたこと。
そして何より……いくら不可抗力で生まれた子であろうと、自分の娘が苦しんでいると知って、放っておけなかったことだ。
だから、私はユミエを家に連れてくるよう命じてしまった。
その結果、まさかリフィアにあそこまで激怒され、距離を置かれてしまうことになるなどとは、思いもよらずに。
「お嬢様は、今日もお坊ちゃんと遊んでおられました。魔法についても一生懸命学ばれており……あの分なら、天才とまでは言わずとも、グランベル家の名に恥じない魔法使いに成長なされるのではないかと」
「そうか……それは、良かった」
リサの報告を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろす。
リフィアのこともそうだが、ユミエにも悪いことをしたという罪悪感がずっと付き纏っていた。
安易にこの家に連れてきたせいで、随分と居心地の悪い思いをさせてしまった。こんなことなら、領内にある評判の良い孤児院にでも預けた方がずっと良かっただろうと。
今からでも、そうするべきではないかとは思う。
だが、いくら社交界デビューも済ませていないとはいえ、私が自ら指示を下し、娘として連れてきたのだ。耳の良い者なら既にユミエの存在に勘付いているだろうし、下手に手放すと良からぬ者に政治的に悪用されかねないリスクがあった。
妻や息子の感情、ユミエの身の安全、当主としての責任。
色んなものに板挟みになり……それを言い訳に、何もしてやることが出来なかった。
だが、何もせずとも、自然と問題が解決していくのであれば、それに越したことは──
「それもこれも、お嬢様の努力の賜物です」
そんな甘えた思考に鞭打つかのように、リサがピシャリと言い放つ。
驚いて顔を上げた私に、リサは非難がましい視線を向けた。
「お嬢様は今、このグランベル家の一員として認めて貰おうと、必死に努力なさっています。何度ぶたれても、怒鳴られても、無視されようともめげずに、毎朝毎朝奥様に元気良く挨拶をするお嬢様の姿を、旦那様は一度でも目にしたことはありますか? お坊ちゃんに好かれる妹になりたいと、日々身嗜みに気を配り、お坊ちゃんが好きなものをメイド達に聞いて回り、一緒に遊ぶために必死に魔法の練習を重ねておられることを、旦那様は知っておられますか?」
「…………」
リサの言うことに、私は何も反論出来なかった。
私はリフィアと喧嘩して以来、長らくこの部屋に籠り、逃避するように仕事に明け暮れる日々を送っていたのだから。
だが……その後に続いたリサの言葉には、無反応ではいられなかった。
「旦那様にも、ちゃんと娘として見て貰いたいと……旦那様の役に少しでも立ちたいと言って、夜遅くまでグランベル領の歴史や経営学を学んでおられることを、知っておられますか?」
「な……! 私は、ユミエを娘と思えばこそ、この家に連れてきたのだぞ!?」
つい叫んでしまった私だが、リサの鋭い眼差しは変わらない。
強い苛立ちを感じさせるその目は、ハッキリ言って自らの主人に向けるものではない。今すぐクビにされても文句が言えない所業だ。
それでも、こうして話しているのは……それだけ、彼女がユミエを取り巻く現状を憂いている証拠だろう。
「旦那様がユミエ様にしたのは、この家に連れてきたというだけです。確かに、客観的に見ればユミエ様の生活を支えているのは旦那様ですし、親の責務は果たしていると言えるでしょう。ですが……それだけならば、親でなくとも出来ます。それこそ、私でも」
親がするべき役割はそれだけではないと、リサは語る。
何か言い返したかったが……何を言っても言い訳にしかならないと気付き、私は口を噤む。
「どうか、もっとお嬢様と……いえ、お嬢様だけではありません。奥様とも、お坊ちゃんとも、ちゃんと向き合ってください。お嬢様がいくら必死に努力しようと、最後は旦那様自身が動かなければ、バラバラになった家族は元には戻らないのです」
「…………」
リサの懇願に、私はどう答えたものか迷う。
父親としてすべきことと言われても、私自身、幼い頃から親の関心もないまま一人で成長してきた自覚があるだけに、どうすればいいのか分からないのだ。
ユミエが来る前、ニールの時はどうしていただろうかと思い返し、私はようやく気づく。
ああ……そんな私の欠陥を埋めてくれていたのが、妻のリフィアだったのだと。
「お父様、おられますか? 入ってもいいですか?」
私がようやく、本当の意味で自らの過ちに気が付いた時、扉の向こうからユミエの声が聞こえて来た。
入っていいぞ、と伝えると、ユミエは礼儀正しくピンとした姿勢のまま部屋に入ってくる。
……付け焼き刃な感はあるが、この歳まで貴族教育など一切受けて来なかったことを思えば、十分上出来と言えるだろう。
「どうした?」
一言、それを褒めてやれれば良かったのかもしれない。だが、私の口をついて出てきたのは、そんな素っ気ない問い掛けだった。
「実は、お願いがあって来ました」
だからだろうか。
いつにも増して真剣な表情で、ユミエは思わぬ言葉を口にした。
「私を、この家から追い出してください」
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