第5話 お父様籠絡計画

「うーん、今日も俺可愛い!」


 鏡の前で、キラッ、とポーズをつけながら、俺は一人呟く。


 前世の記憶を思い出し、男としての自意識が芽生えてからおよそ一週間。俺は、ひたすらお兄様にアプローチを続けてきた。


 日々リサに頼んで肌ケアをして貰い、いくつもあるドレスから飽きられないようファッションを工夫し、覚えたばかりの魔法で髪のセットにすら手を出した。


 いや、俺の魔力がかなり少ないとはいえ、ヘアドライヤーの代わりくらいには出来るんだよね。

 お陰で今日も、ユミエちゃんの銀色の髪はサラッサラ。冗談抜きで輝いてる。


 最初は、男なのにここまで見てくれを気にかけるなんてどうなのよ、と思ってたけど、これがやってみると楽しいんだ。


 なんだろう、ゲームでお気に入りのキャラをコーディネートする感覚に近いのかな? 前世と違って最高にキュートな素材を手に入れたんだから、これを磨かないなんて人類の損失でしょ。


 思考がどんどんナルシストみたいになってるが、お陰でお兄様もすっかり俺に堕ちている手応えがある。


 最初は刺々しかった言葉尻も柔らかくなり、会いに行くと嬉しそうに笑顔を見せるようになってくれた。

 魔法を披露する時の得意げな顔も、その後に見せる笑顔も、年相応の無邪気さを感じて微笑ましい。


 それに、最近は俺の方からおねだりするまでもなく、お兄様の方から俺の頭を撫でたり、そっと抱き締めたりとスキンシップを取ってくれるようにもなった。


 今や、誰がどう見ても仲良し兄妹にしか見えないだろう。グランベル家総仲良し化計画は順調に進んでいる。


「そろそろ、次の段階に進むべきだな」


 お兄様を籠絡したからには、次に狙うべきはお父様だ。


 俺をこの家に連れてきた人なんだし、多少なりと気にかけてくれてるんだろう……とは思うんだが、その割には食事の時以外一切顔を見せないんだよな。


 いや、領主の仕事が忙しいのは分からんでもないよ? でもさ、俺あの人と挨拶すら交わした記憶がないんだよね。


 義母や兄に丸一年虐められていたのに、それを本気で止めようとする素振りもなくほぼ放置状態、本当に気にかけてるのか怪しいところだ。


 それに、お兄様と違って、このプリティキュートなユミエちゃんの魅了があんまり効いてる感じがしない。ちらりとすら俺の方を見てくれないのだ。


 今や、顔を合わせる度に「可愛いな」って笑顔を見せてくれるお兄様を少しは見習いたまえよ、お父様。


「とはいえ、手がないわけじゃない。ふふふ、"可愛い"の感情をもたらすのが、外見だけだと思うなよ?」


 そう、見た目なんて、その人個人の可愛さを表す一要素に過ぎない。大事なのは、普段見せる何気ない言動だ。


 だから、お兄様の前では"明るく健気で年相応に幼い妹キャラ"を演じていた。

 魔法で遊ぶのが楽しくて、あれはあれで半分くらい素だった気もするけど、とにかく演じていたのだ。


 では、お父様の前ではどんな娘を演じるのが理想なのか。


「仕事人間っぽいし……やっぱり、ここはちょっくら優秀な女の子って一面で押していくか?」


 人間、仲良くなるには共通の話題を持つのが一番だ。

 お兄様とは、魔法を共通の話題として持ち出したわけだが、お父様は趣味の一つもなく、日がな一日執務室に籠って仕事しかしてない。


 ああいうタイプは、一緒に仕事をして支えてやるのがお近づきになる近道だろう。


「とはいえ、こんな小さな子供にいきなり仕事なんて任せて貰えるわけないし……ふむ」


 いや、何も実際に仕事をする必要なんてないか。


 大事なのは、心の距離を近付けること。

 俺がお父様に、そしてお父様の好きなことに関心があるのだと示せればいい。


 その中で、出来るだけお父様と対等な会話が出来るように食い下がる。そして、一生懸命役に立とうとする健気で立派な娘を演じるのだ!!


「よし! そうと決まれば早速突撃だ!!」


 そう決心し、俺がまず向かったのはリサのところ。

 相手はこの家の家長で、領主だ。たとえ娘とはいえ、理由なく会いに行ける相手でもないし、まずはその言い訳作りからだ。


 というわけで……。


「えっ……お茶を運びたい、ですか?」


「はい!」


 お茶汲みの仕事を名目に、お父様の執務室に突入したいと思う。

 そうした事情を説明すると、リサは今にも泣きそうな顔になりながら了承してくれた。


 ……いや、なんでそんな顔してるんだ?


「頑張ってください。私も、出来る限り協力しますから」


「ありがとうございます!」


 元気よくお礼を言いながら、俺はリサと一緒に執務室へ。


 お父様に淹れたてのお茶をプレゼント……と思ったのだが、肝心のお父様が部屋にいなかった。あれぇ?


「お手洗いに行かれているのかもしれませんね……少しお待ちしましょう」


「はーい」


 部屋の中で、お父様の帰りを待つ。

 そんな中で、気になるのはやはり机の上に置かれた書類の山だ。


「リサ、これ全部お父様のお仕事なんですか?」


「はい、そうですよ」


「こんなにたくさん……大変なお仕事なんですね」


 想像の三倍くらい多いんだけど。これ、人間が一日でこなせる量なの?


 俺にも手伝えるだろうか、と書類の一つに軽く目を通してみるのだが……困ったことに、何のことやらさっぱり分からない。


 これ、思った以上に厄介なミッションになるかもしれないな……?


「……いや、諦めるのはまだ早いか。よし、決めた」


「お嬢様?」


「リサ、私も明日から勉強します。お父様のお仕事を手伝えるように」


 分からないなら、分かるようになればいいのだ。


 そして、仕事を手伝いながら、お父様と少しでも会話を重ねて、仲良くなる。


 お兄様同様、お父様を娘大好きな親バカパパに矯正してくれる!!


「む? お前たち、こんなところで何をしている」


「旦那様、これはその……」


「お父様! リサに頼んで、お父様にお茶をお持ちしました。お仕事、頑張ってください、応援しています!」


 お父様の下に駆け寄った俺は、精一杯の笑顔と共にエールを送る。


 必ずや、お父様が無視出来ないほどに優秀な娘になって、お父様に可愛がって貰うのだ!!

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