第4話 ニール・グランベルの想い

 俺の名前は、ニール・グランベル。グランベル伯爵家の長男で、貴族には珍しい一人っ子だった。


 貴族には跡継ぎ問題とかがあるから、少なくとも三人くらいは子供を産むのが普通らしくて、俺の父様や母様も、次の子供を早く授かれるといいなってよく話してた。


 もし産まれたら、俺にも弟か妹が出来る。

 結構歳が離れちゃうから、俺も面倒を見る機会が多くなるだろうし、兄ちゃんとしてしっかり守ってやらないとな!


 そんな風に、まだ出来てもいない弟妹のことを考えながら日々を過ごしていたある時、突然あいつが現れた。


「今日から、この子がお前の妹になる。仲良くしてやれよ」


 俺と二つ違いの、銀色の女の子。

 屋敷に来たばかりのあいつは枯れ枝みたいに細くて汚くて、こんなのが妹だなんて言われても、全然納得出来なかったのを覚えてる。


 それは、母様も同じだった。


「なんであんな子を連れてきたの!?」


「それは……あの子の母親が死んだと人伝に聞いてな。放っておけなかったんだ」


「だとしても、どうして一言も相談してくれなかったの!? あなたに婚外子がいるだなんて、聞いたこともなかったわよ!!」


「それは……すまん」


「っ……もう、いいわよ!!」


 その日以来、父様と母様は喧嘩ばかりするようになった。あんなに仲が良かったのに。


 だから、思ったんだ。あいつが来たから、二人が喧嘩する。あいつさえいなければ、って。


 そんな気持ちで、あいつに何度も嫌がらせした。

 わざと突き飛ばしたり、物を隠したり、嫌いな食べ物押し付けたり。


 いくら身なりを綺麗にしても、あいつは家に来てからずっと無口で、不気味な人形みたいだったから、あんまり罪悪感も抱かなかった。熱を出して寝込んだって聞いた時も、そのまま起きて来なければいいとさえ思った。


 でも……熱が下がって、もう一度俺の前に現れたあいつは、寝込む前とはまるで別人みたいになってたんだ。


「お兄様、おはようございます!」


 ずっと俯いたまま歩いてたのに、今はしっかり前を見て、明るく笑うようになった。


 いつも俺や母様のご機嫌を伺う幽霊みたいだったのに、こうやって元気に挨拶までしてる。


 ……母様には、無視されるか、うるさいって怒鳴られるばかりなのに、それでもめげないのは凄いと思う。俺には無理だ。


「お兄様、今日はどんな魔法を見せてくれるんですか?」


「ああ、そうだな……じゃあ、こういうのはどう?」


 そんなこいつ……ユミエは、最近では俺に付き纏い、魔法を見せてくれとせがむようになった。


 あんなに嫌がらせしてたのに、そんなことはもう覚えてないとばかりに笑顔を見せ、キラキラとした瞳で俺の魔法を目にしては、すごいすごいと囃し立てる。


 今も、俺が水の魔法でちょっとした雨を再現して、太陽の光で虹を作ってやったら、これでもかってくらい大袈裟に喜んでいた。


 ……こんな風に、俺の魔法を誰かに褒めて貰ったり、喜んで貰えるなんていつぶりかなって、ふと思う。


 俺も、初めて魔法を習ったばかりの頃は、こんな風にいつも父様や母様が褒めてくれていた。


 今まで出来なかったことが出来るようになる度に、ほんの少しでも上達する度に、俺に笑いかけてくれていた。


 二人が喧嘩するようになってから、そんなこともすっかりなくなって……俺自身、魔法への興味なんて完全に失せていたのに。


 まさか、こうなった原因のユミエのために、また真面目に魔法を勉強するようになるなんて、思ってもみなかったよ。


「この魔法なら、私も出来ると思います! 見ていてください!」


 むむむっと、ユミエが魔力の操作を始める。


 決して、才能に溢れてるわけじゃない。

 魔力は少ないし、その操作だってまだまだ下手だ。でも、拙いなりに一生懸命頑張っているユミエを見ていると、つい応援したくなってしまう。


「……よしっ、出来た!! あ、出来ましたよ、お兄様! ほら!!」


 俺とは比べ物にならないくらい、雑で小さな虹の魔法。それを、まるで大戦果であるかのように誇らしげに掲げる姿を見て、俺はつい噴き出してしまった。


 ──魔法を習い始めたばかりの俺と、そっくりだなと思って。


「あ、なんで笑うんですか!」


「いや、ごめん。なんか、最近のユミエって犬みたいだよなって思って」


 何をされてもめげずに、飼い主に懐いて、ちょろちょろと付き纏っては遊びたいとせがんで来る。

 知り合いの貴族子弟が飼っているペットの犬を思い出し、俺はついそんな感想を抱いた。


「犬ですか? うーん……」


 それを聞いて、ユミエは少し考える素振りを見せる。

 どうしたのかと思っていると、ユミエは不意に俺に近付き……腕に抱き付きながら、そっと頭を寄せてきた。


「私が犬なら……頑張った分、ご褒美に撫でて欲しいです」


 甘えるように、縋るように、上目遣いでおねだりされ、不覚にもドキリとした。


 今まであまり意識して来なかったけど、こいつ、こんなに可愛かったんだな……。


「ああ……いいよ、別にそれくらい」


 内心の動揺を誤魔化すように、俺はユミエの頭を撫でた。


 サラサラと、滑らかな髪の感触が掌に伝わる。

 ふわりと良い匂いが漂うのに合わせて、ユミエの表情が気持ち良さそうに綻んだ。


「…………」


 自分の中に芽生えたその感情が何なのか、俺にはよく分からない。


 ただ、この天使のような笑顔をずっと見つめていたいと……そんな風に思った。


「お兄様、そろそろ授業の時間ではないですか?」


 ユミエの声でハッとなった俺は、自分がいつまでも延々とユミエの頭を撫で続けていたことに気付いて驚いた。


 お、俺……一体どれだけの時間、ユミエとこうしてたんだ……!?


「そ、そうだな、そろそろ行かないと」


 幸いというか、ユミエは特に気にした様子もない。


 俺の授業を言い訳に慌てて離れたけど、心の中にはもっと撫でていたかったという名残惜しさが渦巻いてる。


 それを振り切るように、俺はユミエに手を振った。


「それじゃあな! また明日!」


「はい、また明日」


 母様には内緒の、俺とユミエと二人で過ごす秘密の時間。

 これを通して分かったのは、ユミエが思っていた以上に明るくて、甘えん坊な子だったってこと。


 もう、同じ屋敷で暮らして一年になるのに、俺はそんなことも知らなかった。


「ずっと、虐めてたからな……ユミエのこと……」


 俺達家族と仲良くしたいと、ひとりぼっちは嫌だと語っていたユミエの顔を思い出すと、痛いくらいに胸が締め付けられる。


 ユミエを、これ以上悲しませたくない。

 さっき頭を撫でていた時みたいな可愛い笑顔を、ずっと浮かべていて欲しい。


 そのために。


「俺も、頑張ろう」


 ユミエが勇気を出して、俺に本音を打ち明けてくれたみたいに。俺も母様と話してみよう。


 もう、ユミエを虐めないでくれって。

 父様とちゃんと話して、仲直りして欲しいって。


 そんな決意を胸に、俺は屋敷の中へ駆け込んでいった。

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