第3話 お兄様籠絡計画

 食事を終えた俺は、お兄様たるニール君を籠絡すべく、早速彼の部屋を訪れた。


「何しに来たんだよ、帰れ!」


 そのまま部屋の外に突き飛ばされた。痛い。


「私、お兄様と一緒に遊びたいんです! 入れてください!」


「嫌だよ! なんでお前なんかと遊ばなきゃならないんだ!」


「お兄様の分の野菜、また食べてあげますから! あ、お肉もあげますよ、交換です!!」


「…………」


 それで心揺らすんかい。


「そ、それでもダメだ! お前みたいな出来損ないとは仲良くするなって、母様が……」


 むむむ、そう来たか。あとひと押しだったんだが。


 いやいや、相手がまだまだ子供なのは今のやり取りだけで十分分かったんだ、少し口車に乗せてしまえば、どうとでもなるだろう。


「大丈夫です、内緒にしますから。それに……食後のデザートも付けますよ?」


「よし、乗った」


 即答かよ、ちょろすぎんだろ。

 まあ、その方が俺としてはありがたいけどな。デザートと肉なんて、俺としては実質コストゼロだし。


「で、なにして遊ぶんだよ」


「そうですね……」


 ここで口にすべきは、俺自身よりもむしろニール君が楽しめる内容だ。いくら餌で釣ろうと、つまらん遊びばっかり強要されてればいずれ飽きるからな。


 この年頃の男の子であれば、どんな遊びを楽しんで貰えるか。

 ニール君はアウトドア派のようだから、かけっこやボール遊びと言えればベストだったんだが、残念ながらユミエちゃんの現在のスペックでは、年上の男の子と一緒に運動するのは無理だろう。


 気持ちよく勝てれば楽しいだろうが、張り合いが無さすぎればつまらないからな。


「私、実はお兄様の魔法が見てみたいんです。お願い出来ませんか?」


 考えた末、思い付いたのはそんな内容だった。


 何でも、ここグランベル家は魔法の名門だそうで、優秀な魔法使いを何人も輩出してきたらしい。


 そんな血筋によるものか、ニール君の魔法はとっても優秀。日々教師から基礎を習い、メキメキとその腕前を上達させている……と、聞いた。


 努力して腕を上げた技術を褒められるのは、誰だって悪い気はしないはず。


 煽てて持て囃して、上機嫌になって貰えれば、仲良くなるのも簡単になるんじゃないかな?


 何より、俺自身魔法をこの目で見てみたいしな。


「魔法、か……まあ、いいけど」


「ありがとうございます! 楽しみです!」


 なんか微妙に乗り気じゃない感じがするけど、了承して貰えたんだからよしとしよう。


 というわけで、所変わって屋敷の裏手にある訓練場。

 少し離れた位置に、木で出来た的がいくつも設置されたその場所で、ニール君は大きく深呼吸する。


 途端、まだ幼いその体から、目に見えない何かが溢れ出す。


「《ファイアボール》!!」


 ニール君が叫ぶと同時、溢れ出た何かが掌の先に集束し、発火。炎の塊となって放たれる。


 轟々と燃え盛る炎の弾丸が的に直撃し、焦げ痕を残しながら四散した。


「ふう……まあ、こんなもんかな」


 大きく息を吐きながら、ニール君は肩を回す。

 そうしている間も、俺はしばらく動けなかった。


「すごい……」


 アニメなんかで見るほど、とんでもない破壊を撒き散らしたわけじゃない。

 でも、人が自らの意思で、炎の塊を生み出し撃ち放った。


 その光景は、想像以上の衝撃となって俺の胸に刻み込まれる。


「お兄様、今のが魔法なんですね! すごいです、カッコいいです!!」


 語彙が死滅し、本当に十歳相応としか思えない稚拙な感想しか出てこない。どうにか、女の子っぽい口調を維持するのでやっとだ。


 でも本当、それくらい感動したんだよ。すげえや、これが魔法か!!


「そ、そんなにか……?」


「はい! もっと見せてください!」


 一生懸命せがることで、他にもいくつか魔法を披露して貰った。


 土を盛り上げ、簡易な防壁とする魔法。

 水を生み出し、相手を包み込む拘束の魔法。

 風を巻き起こし、物を持ち上げて運ぶ運搬の魔法。


 どれもこれも、めちゃくちゃ飛び抜けた効果はないけど、紛れもない奇跡の力。興奮が止まらない。


 うん、うちの兄はとっても優秀だな! これからは心の中であってもニール君ではなく、敬意を持ってお兄様と呼ぼう。


 両親は既にお父様お母様って呼称してるから、今更感あるけどな。


「あはは! ねえお兄様、これ、私にも出来ますか?」


 風の魔法で高い高いして貰いながら、俺はそんな風に尋ねる。


 いくら今は十歳とはいえ、少しはしゃぎすぎかな?

 というか、お兄様に楽しんで貰って仲良くなるつもりだったのに、俺ばっかり楽しんでどうするよ。アホか俺は。


「……ユミエは無理じゃないか? 魔力が生まれつきあまりないって言ってたし」


「ええ!?」


 地面に降ろして貰いながら、俺はショックのあまり崩れ落ちる。


 魔法の名門の生まれなら、俺も魔法の素質があるもんだと思ってたのに……そうか、お母様やお兄様の言ってた"出来損ない"って、そういう意味か。


「で、でも、あまりないってことは、全く使えないわけじゃないんですよね? 頑張れば、お兄様みたいなカッコいい魔法、使えるようになりますか?」


「そりゃあ、今の俺くらいにはなるだろうけどさ……どうしてそんなことするんだよ。素質ないって言ってるのに」


 子供だからか、情け容赦なくズバッと切り込んで来るお兄様。

 正直泣きたいけど、それでもやりたいと思う理由なんていくらでもある。


 取り敢えず、一番でかいのは……。


「だって……私には、それくらいしか、お兄様と話せることがありませんから……」


 最初は混濁していたユミエとしての記憶も、徐々に戻りつつある。けどこの子、悲しいくらい特技とか趣味と呼べるものがなかった。


 前世の俺も、やることと言ったら家にこもってゲームしたり、漫画読んだりとそんなのばっかり。お兄様に合わせられる話題が一つもない。


 それこそ、今お互いに興味を持って話せる内容なんて、魔法くらいだろう。


「私……せっかく家族になったんですから、お兄様とも、お母様やお父様とも仲良くなりたいです。喧嘩ばっかりじゃなくて、みんなで笑って、楽しく食事を摂りたいです」


 俺の中で燻る思いが、言葉となって溢れ落ちる。


 声に出す度に胸が苦しくなり、段々歯止めが利かなくなって──


「……もう、ひとりぼっちは嫌なんです」


 気付けば、そんな言葉が飛び出していた。


 どうしてそんなことを言ったのか、俺自身よく分からない。

 ユミエとしての過去、この家に連れてこられる前の生活に関係がありそうだけど、思い出そうとしても、記憶に蓋でもされているかのように何も出てこなかった。


「す、すみません、変なこと言って……あの、約束はちゃんと守りますので、また明日!」


「あっ……」


 困惑の表情を浮かべるお兄様を置き去りにして、俺は逃げるようにその場から走り出す。


 このまま話し続けたら、そのまま泣いてしまいそうだったから。


「……女の子なんだし、泣いてみせた方が良かったのかな……いやでも、さすがにそれは男としては恥ずかしいよ……」


 女の子なのに、男として恥ずかしいなんて思うのも、変な話だ。


 そう思いながら、俺は自分の部屋に駆け込むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る