第2話 現状把握

 俺……もとい、ユミエは、つい昨日まで高熱にうなされ寝込んでいたらしい。


 そんなわけで、目を覚ました俺は家族の権利として昼食の席にご一緒させて貰うことにした。


 やはり金持ちなのだろう、家族構成としては、両親と娘の俺、そして兄が一人いるだけの四人家族であるにも係わらず、テーブルの上にはどこのパーティー会場だとツッコミたくなるほどに豪華な食事が所狭しと並んでいる。


 どれもこれも美味そうだし、本来なら非常に楽しい食事の時間になるはずだったろう。


 そう、本来なら。


「…………」


「…………」


「…………」


 き、気まずい……。


 配置としては、テーブルの上座に父のカルロット・グランベルが座り、その右側に母のリフィア・グランベルが、左側には兄のニール・グランベルがそれぞれ座り、俺は兄の隣に腰かけている。


 広いテーブルの中、それなりに全員が近い位置で座っているというのに、会話一つない。


 いや、会話がないだけならマナーの話と捉えることも出来たんだが、とにかくプレッシャーがすごいの。無言の圧をひしひしと感じるの。なんでお前がここにいんの? 的なあれが。具体的には、兄と母から。


「……ユミエ、食べないのか?」


「へ? あ、いえ、その……」


「食べなければ成長出来ないぞ。ちゃんと食べなさい」


「あ、はい……」


 父なりの気遣いなんだろう。俺に声をかけてくれた。


 だが、そのせいで隣と斜向かいからの圧が強まった気がする。ひえっ。


「淑女たるもの、体型には常に気を付けなければいけません。年頃の娘にあまり食事を勧めるのもどうかと思いますよ」


「だとしても、食べなすぎるのも問題だろう。ただでさえ病み上がりなのだ、栄養を付けなければ」


「よほどユミエのことが心配なのですね。ニールが寝込んだ時は、顔も見せなかったというのに」


「あの時は王都にいたんだ……早馬で飛ばしても一週間の距離だ、仕方ないだろう」


「ふん、そうですね」


 会話が、やっと発生した会話が重すぎる!!


 喋ってる間、お互いに一度も相手の顔見なかったよ? 性格的に反りが合わないクラスメイトとだってこんな嫌味たっぷりの会話しないよ? 家族なんだからさ、もっと明るい話しようよ! 会話のネタにされた俺が気まずすぎるわ!!


「……うん?」


 一人内心で泣きそうになっていると、俺の前にある皿に横からフォークが伸びてきて、肉の塊を一つ掠め取っていった。


 犯人は、兄のニールだ。ちらりと横目に見ると、俺の視線に気付いたニールが鼻で笑いながらこれ見よがしに肉を頬張っている。


 ……まあ、ニールはまだ十二歳だから、嫌がらせのボキャブラリーも少ないんだろう。なんとも可愛らしい悪戯だな。


 あ、こら、野菜嫌いなのか知らんけど、俺の皿に移すんじゃない。野菜も食べないと大きくなれんぞ。


 でもまあ、少しくらいならいいか。


「ふふ……内緒ですよ?」


 せっかくなので、口元に人差し指を当て、しーっ、とジェスチャーで伝えながら微笑んでみる。


 恐らく世の男なら誰もが憧れるであろう、美少女との秘密の共有。

 苦手な食べ物の交換なんてショボい内容だけど、果たして兄妹でもときめくものなんだろうか?


「…………?」


 ダメだ、全然伝わってないわ。まだまだ君のようなお子様には、女の子の色気ってもんはわからんようだな。

 やれやれ、俺ならユミエちゃんみたいな子にこんなことされたら秒で堕ちるというのに。嘆かわしいことだよ。


「む……」


 俺の反応が思っていたのと違ったからか、ニールは少しばかり面白くなさそうに食事に戻っていく。


 さてさて、ニール君のことは一旦置いといて、この冷えきった家族関係、どうしてくれようか。

 今の俺にあるのは、ユミエちゃんが持つ生来の可愛らしさだけ。これを武器に状況を打破するなら、やはり一人ずつ籠絡して外堀を埋め、話し合いの場を設けて仲直りさせるのが一番だろう。


 では、誰から堕とすのがベストか?


 お母様はなし。どう考えてもラスボスだし、下手に近付くとまたひっぱたかれる。ユミエの記憶じゃ、部屋に閉じ込められて食事を抜かれるような事態もあったっぽいし、後回しにすべきだろう。

 外堀を埋めきった後、最後の仕上げとして挑むべき相手だ。


 となると、お父様かお兄様ってことになるんだが……お父様の方はさっきの様子を見るに、ユミエのことを多少なり気遣っている感じはあるし、比較的イージーに話を進められそうだ。

 ただ、一歩間違うと追い出されかねないってリスクがある。何せ家長だし。


 そして、兄のニール君。こちらは、俺のことを嫌ってはいるが子供っぽさがまだまだ拭えず、比較的単純で堕としやすそう。そして、失敗のリスクは精々少し虐められる程度。


「うん、まずはこっちかな」


 まずは子供同士、仲良くなるところから始めよう。


 お母様もニール君は大切にしてるっぽいし、子供が仲良く和気藹々としてるのを引き裂くのは抵抗も生まれるはずだ。


「ふふふふ……」


 覚悟しておくがいい、お兄様。


 この俺……ユミエちゃんの本気の"可愛い"を見せてやろう。

 そして……妹が好きで好きで仕方ない、スーパーシスコンお兄ちゃんに矯正してやる!!

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